「まずはチームが最下位に終わってしまい、非常に悔しいシーズンでした」 横浜DeNAベイスターズの牧秀悟は、開口一番そう言…
「まずはチームが最下位に終わってしまい、非常に悔しいシーズンでした」
横浜DeNAベイスターズの牧秀悟は、開口一番そう言った。
なるほど、やはりこれが牧のスタンスなのだと納得した。

ルーキーながら打率.314、22本塁打の好成績を残したDeNA・牧秀悟
【苛立つ姿を見せないワケ】
この話を聞く直前の契約更改では年俸を大幅にアップさせ、また前日には新人特別賞を受賞していた。「今季を振り返って?」という質問に、まずは自分のことよりもチームのことについて言葉が出る。長年、DeNAを撮り続けているオフィシャルカメラマンの益田佑一氏の言葉を思い出す。
「ベンチで一番声が出ているのが牧選手ですし、凡打したあとでもすぐにメモをとって、味方の応援をしている。自分のことで精一杯のルーキーができることじゃない。牧選手は自分のことよりもチームで勝ちたいという意識を強く感じられるプレーヤー。ベンチでは苛立っている様子を見せたことはありませんし、それが彼の野球観なんだと思います」
牧にこのスタンスについて尋ねると、学生時代からだと言う。
「学生時代にキャプテンをしたり、主力でプレーさせてもらったりして、チームの中心となる選手が苛立ったりしたら雰囲気が悪くなるのはわかっていました。だからプロになってもそこは絶対に変えることなく、ベンチではやっていこうって」
もちろん凡打をして悔しくないわけじゃない。
「あまり人がいるときには(悔しい感情は)出さずに、寮やホテルに帰って『うわ〜っ』みたいな感じです」
そう言って笑う牧は、グラウンド内で見せる表情とは異なる、23歳の青年だ。
【運も味方につけて定位置獲得】
さて、牧の今季の成績についてはもう言うまでもない。リーグ3位となる打率.314、ルーキー史上初のサイクル安打、二塁打のリーグ新人最多記録(35本)をマークするなど枚挙に暇がない。ちょうど1年前は、入団会見を終え最後のキャンパスライフを送っていたわけだが、はたしてこんな未来を予想できただろうか。
「まったく、できませんでした。去年のいま頃は野球をテレビで見ていたひとりでしたが、まさかここまでこられるなんて......。自分でも想像できないほどの成績を残すことができました」
今季の牧は、その実力もさることながら、"運"をも引き寄せたといっても過言ではない。
春季キャンプ時、牧はセカンドの序列でいえば大和や柴田竜拓に次ぐ存在だったが、外国人選手の来日の遅れもありファーストで起用されることになる。
「チームにとってはピンチだったと思いますが、個人としてはチャンスというか、出場機会が増えると思っていました」
正一塁手であるソトが来日すれば、弾き出される可能性は高い。牧はオープン戦でチーム2位となる打率.273の数字を残すと開幕スタメンを勝ちとり、さらにソトらが合流した4月13日までに打率.385と打ちまくり、早くもチームにとって欠かせない選手へと成長していた。
「あの時が一番必死だったかもしれません」
感慨深い表情で牧はそう言った。
だが代償はあった。4月後半から徐々に調子を落とし、苦しい時間がつづくようになる。
「慣れない遠征もあって、疲労がたまったり......また、いらない感情が出てしまったりしました」
いらない感情とは何だろうか?
「それまでは打っても成績とか気にしてなかったんですけど、徐々に意識というか、『今日打てなかったらマズい』とか、『明日は打たなきゃ』っていう感じになってしまったんです」
打率は徐々に下降し、5月後半に打率は2割6分台まで落ち込んだ。さらに追い打ちをかけたのは交流戦の最終戦で腰を痛めてしまったことだ。ゴロを処理しランニングスローをした瞬間、腰に違和感を覚えた。
「今までにない感覚でした。そのまま隠してプレーをしてしまって......。頭によぎったのはファームに行くことで、それが自分では一番嫌なことでした」
もちろんトレーナーに相談したが、当然ゲームに出続けたい気持ちが強かった。掴んだチャンスは絶対に手放したくはない。誰もが大なり小なり故障を抱えながら戦っているし、チームもケアを勧めるが、最終的にいけるかいけないかを判断するのは選手である。その後、スタメンを外されることもあり、牧にとって我慢の時間が過ぎていく。長いシーズンを戦うことの難しさを知った。
【後半戦ヒット量産のワケ】
だが、またもや"運"が牧に微笑んだ。オリンピックブレイクによりペナントが3週間休止すると、ここで牧は休養をとることができ、体をケアすることができた。
「今年は本当、大事な場面で"運"が味方してくれたと思います」
またこのオリンピックブレイクは、後半戦の大爆発のきっかけにもなった。インサイドのストレートに手を焼いていた牧に、坪井智哉打撃コーチは「真っすぐを弾き返せないと変化球も打てないぞ」と、いかにストレートを捉えるかを指導した。
牧のバッティングの要になっている右軸足の体重の乗せ方、残し方。さらにインサイドアウトでしっかりボールを振り抜く感覚。元々は選球眼のいい打者である。牧は、外のボールを広角に打つ意識を残したままマイナーチェンジに挑んだ。
「すると後半戦はインコースの真っすぐをファウルだったり、前に飛ばしてヒットにすることができるようになったんです。自分としては引き出しを増やすことができました」
後半戦、完全復調した牧の快進撃が始まる。
「好調の要因をよく聞かれるのですが、やはり一軍に帯同させてもらって、相手ピッチャーに慣れていったのが大きいと思うんです。同じピッチャー相手に、同じやられ方をしないように」
この適応力の高さこそ、牧がこれだけの結果を残した最大の要因である。試合中はもちろん、試合以外の時間であってもゲームアナリストである靏岡賢二郎らに対戦投手の傾向を教えてもらった。
「たとえば、このピッチャーは意外とゾーン残りがあるから、がっつかずに真っすぐ一本に絞るとか、いろいろとアドバイスをもらいました。あとは打席内での雰囲気とか、いろいろなボール待ちを、試しながらやってきたというところですね」
開幕前、牧は「プロは一打席で一球打てる球がくるかこないか。集中して仕留めたい」と語っていたが、甘い球どころか厳しいコースであっても弾き返し、ヒットを量産していった。
【4番はほかよりもやりやすい】
そんな牧の真価をさらに発揮させるタイミングとなったのが、10月6日の阪神戦で負傷のタイラー・オースティンに代わり、4番に抜擢されたことだ。球団としては61年ぶりとなるルーキーの4番。試合前の練習中、三浦大輔監督は牧に近づいていき声をかけた。
「4番でいくから。もう代えることはないから、いつもどおりやってくれ」
この言葉で牧の心に火が点いたのは言うまでもない。4番に入ったのはシーズン終わりまでのわずか15試合であったが、それでも打率.514、OPS1.297という驚異的な数字を残し、それが数々のプロ野球記録更新や10月・11月の月間MVP獲得につながった。
現代野球において4番はとかく議論の的になるが、牧はプレッシャーをものともせず打棒を振るった。
「慣れというのもあると思うんです」
学生時代はもちろん、大学日本代表でも4番を打ってきたからこそ鍛えられたメンタル。4番は好きな打順だ。
「ほかの打順よりも気持ちの入れ方や準備の仕方という部分で、なんとなくですけど、やりやすい感じはあります。ただ実際のところ前に佐野(恵太)さんがいて、うしろに宮﨑(敏郎)さんがいるので、4番の仕事をするというよりも先輩たちに甘えながら自分のバッティングをすることができたという感じですよね」
キャプテンの佐野からは「どんな状況であっても自分のバッティングは変えないほうがいい」という金言をもらい実践することができた。
今季、DeNAは牧のほかに3人の3割打者を輩出した。牧は彼らの姿にプロフェッショナルを感じたという。
「たとえ4の0で終わっても引きずることなく、その後2日連続してマルチ安打を打つところに『これがプロなんだ』とすごさを感じました」
まわりの環境もまた牧にいい影響を与えたのだろう。
ベンチからの応援もしかり、グラウンド外でも牧はチームにとって欠かせない存在だ。若手筆頭として、試合の前の声出しでスベってしまっても、くじけずに声を出しムードを高めた。チームメイトからよくいじられて笑顔の輪の中心にいる姿を目撃するのだが、いじるのといじられるのはどちらが好きなのだろうか?
「うーん。どちらかといえば、いじられるほうですかね」
そう言うと牧は笑ったが、人が喜んでいる姿を見るのが好きなのだという。すっかりチームに溶け込み、牧の存在はこの1年で計り知れないものになった。
【来年は絶対にやり返す】
個人的にはこれ以上ないシーズンだったが、やはり牧の一番の関心はチームの勝利にしかない。
「やりやすい環境でしたし、入団前以上に、このチームで優勝したいという気持ちが強くなったのは間違いありません」
横浜スタジアム最終戦、ヤクルトに目の前で胴上げをされてしまったあの光景が、今でも脳裏に焼きついている。
「本当に悔しかったです。ヤクルトは昨年最下位から優勝しました。だから自分たちもそれができる可能性はあるし、来年は絶対にやり返してやろうって」
巻き返しの来季、"2年目のジンクス"という言葉がつきまとうが、三浦監督や首脳陣に話を聞くかぎり、不安はないように思えるのだが......。
「いや、正直めちゃくちゃ不安ですよ」
牧は苦笑しながら言った。
「1年目が出来すぎだったので大丈夫かなという思いはあるんですけど......ただ、すべてを見直し、初心を忘れなければ大丈夫だと思っています。まずは自分のことよりもチームのためというスタンスを忘れずに頑張っていきたいです」
それでこそ、牧秀悟である。目標はチームの勝利に一番貢献できる打点王である。"ベテランルーキー"と呼ばれた牧は、大きな爪痕を残し、勝負となる2年目へと向かう。