ドン底にいた大分トリニータを片野坂知宏監督が率いて6年。その冒険譚は、新装なった国立競技場で最終章を迎えた。 すでに今…
ドン底にいた大分トリニータを片野坂知宏監督が率いて6年。その冒険譚は、新装なった国立競技場で最終章を迎えた。
すでに今季限りでの退任が発表されている指揮官が、最後の試合を振り返る。
「悔しい敗戦で終わったことは残念だが、浦和というすばらしいチームと新国立競技場でやれたのは喜ばしいこと。新しいトリニータの歴史を刻むことができたのはよかった」
これがクラブ史上初の決勝進出となった大分に対し、相手は3大会ぶり8度目(Jリーグ創設以前も含む)の優勝を狙う浦和レッズという、対照的な顔合わせたとなった今季の天皇杯決勝。大分は試合開始早々の6分に先制点を許すも、その後は徐々にボールを保持して敵陣に攻め入る時間を増やし、特に後半は優勢に試合を進めていた。
その間、カウンターからのピンチもあったが、辛うじて浦和の追加点を防ぐと、後半ロスタイム突入目前の90分、FKの流れから最後はDFペレイラが頭で押し込み、土壇場で同点に追いつく粘りも見せた。
結果的に、大分は1-2で敗れた。同点ゴール直後の90+3分、浦和・DF槙野智章の奇跡的なヘディングシュートに屈した結果である。

同点ゴールを決めたペレイラとハイタッチする片野坂監督。大分トリニータも土壇場で意地を見せたが...
大分は今季、J1では18位に終わり、来季のJ2降格が決定。天皇杯にしてもクラブ史上初の偉業を成し遂げたとはいえ、「やっぱり悔しい。時間が経つにつれて、そこは感じている」と片野坂監督。準優勝という誇らしい成績も、言い換えれば、出場全90チームのなかで最も悔しい敗戦を味わったとも言えるのかもしれない。
にもかかわらず、表彰式で銀メダルを受けとった大分の選手やスタッフの多くは、傍らでカップを頭上高く掲げる浦和の選手たちに拍手を送っていた。敗戦のショックを考えれば、誰にもできることではないだろう。
きれいごとがすぎるのかもしれないが、やることはやった、という満足感がそうさせたのかもしれない。
この6年の冒険の旅が、時に困難をともないながらも常にワクワクしたものに感じられたのは、やはり片野坂監督によるところが大きいのだろう。
2008年にはJ1でクラブ史上最高成績である4位となり、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)では初タイトルを獲得した大分も、その後は低迷が続き、2016年にはついにJ3へ降格。かつてのタイトルホルダーは、ドン底まで転がり落ちていた。
しかし、それこそが現在に至る新章の始まりだった。
落ちるところまで落ちた大分だったが、2016年、片野坂監督が新指揮官に就くや、1年目で早くもJ3を制してJ2復帰。続くJ2の関門も2年でクリアし、就任からわずか3年でJ1へと返り咲いた。
結果だけではない。才気あふれる監督に導かれた大分は、J3からJ1へとステップアップする過程において、自らが志向するスタイルをも確立していった。
つまりは、「ポゼッション」や「ポジショナル」など表現こそ変われど、一貫してボールを保持してパスをつなぎ、主体的にゲームを進めるスタイルである。
今季までのJ1在籍3シーズンの順位が、9、11、18位とジリ貧だったにもかかわらず、大分にネガティブな印象がないのは、確固たるスタイルを貫いていたからに他ならない。
何しろ一昨季のJ1再デビュー戦からして、残したインパクトは強烈だった。
開幕戦でいきなり鹿島アントラーズを、それも敵地で2-1と粉砕。優勝候補をスコア以上の内容で圧倒した試合は、大分強し、を印象づけるに十分なものだった。
また昨季第28節で、優勝に王手をかけた川崎フロンターレに足踏みさせた試合も印象深い。勝てば優勝と意気上がる横綱に対し、相手のお株を奪うようなパスワークでゴールをこじ開け、ついには1-0で寄り切っている。
今季最後の試合となった天皇杯決勝にしても、確かに「早い時間に失点してしまったのは悔やまれる」(片野坂監督)が、その後の反撃は鮮やかだった。
システムの修正を図った大分は、ピッチの幅を存分に使ってボールを動かし、何度となく浦和ゴールを脅かした。慌ててボールに食いつく浦和の選手をいなすように、次々とパスをつなぐ様は痛快だった。
とはいえ、好感の持てる戦いぶりは、裏を返せば、個人の能力をグループや組織で補うことの限界を示していたとも言える。
決定機にはつながらない。多くの時間が大分優勢に見えた後半も、公式記録によれば、シュート数は浦和の6本に対し、大分は3本。うまくボールを動かしてはいても、ほとんど決定機は作れていない。片野坂監督が語る。
「戦い方や戦術はいろいろチャンレンジをしたが、結局はミラーゲームやマンツーマンでマッチアップされたりして、(選手個々の)強度や質で上回られてしまう。そこが足りないから降格したし、今日もタイトルを獲れなかった」
皮肉なことに、いいサッカーをすればするほど、毎年のように主力選手が引き抜かれ、それでも名前や肩書きに関係なく、目指すサッカーに適性の高い選手をそろえて対抗はしてきたが、さすがにDFからFWまで主力をまとめて失っては、手当てが間に合わなかった。天皇杯決勝は、そんな今季を象徴するかのような試合となった。
浦和に冷や汗をかかせた同点ゴールは、今季苦しみ続けた大分が最後に見せた、せめてもの反攻だったのかもしれない。J2降格が決まっているクラブにかける言葉として適切かどうかはともかく、大健闘と言っていい結果だろう。
だが、そんな試合のあとで印象的だったのは、片野坂監督が土壇場で同点に追いついたことを一応は喜びつつも、言葉の端々にパワープレーでしか追いつけなかったこと、すなわち、自分たちが理想として取り組んできたスタイルで追いついたわけではないことへの悔しさを、むしろ強くにじませていたことである。
「セットプレーの流れから(同点ゴールを)つかみとって、追いつくまではいったが......」
「そういう(システムの)修正でボールを動かすことはできたが、(ゴールは)こじ開けられず、最後はパワープレーで......」
結果オーライをよしとはしない。最後の試合を終えてもなお、片野坂監督が示し続けた姿勢に、大分復活の理由を見た気がした。