■FC岐阜戦後に残した以心伝心のコメント究極の以心伝心、と表現してもいいのかもしれない。ほぼ同時に天を仰ぎ、悔しさを胸に刻んだからこそ、湘南ベルマーレの18歳コンビはお互いの心を見透かしたかのようなコメントを残している。「あれは決めてほしか…
■FC岐阜戦後に残した以心伝心のコメント
究極の以心伝心、と表現してもいいのかもしれない。ほぼ同時に天を仰ぎ、悔しさを胸に刻んだからこそ、湘南ベルマーレの18歳コンビはお互いの心を見透かしたかのようなコメントを残している。
「あれは決めてほしかった。よし、来た、と思ったんですけど」
湘南ベルマーレユースから昇格したルーキー、石原広教がポツリと呟く。同じ1999年の早生まれながら、昨年5月に石原よりもひと足早くプロ契約を結んでいる齊藤未月も思わず苦笑いを浮かべた。
「あれが一番のチャンスだったのかもしれない」
くしくも2人が「あれ」と口をそろえたシーンは、ホームのShonan BMWスタジアム平塚にFC岐阜を迎えた15日のJ2第8節の、1‐2とリードを許した後半32分に訪れた。
敵陣の左サイドからペナルティーエリア付近にまで侵入した石原が、タイミングを見計らってスルーパスを繰り出す。あうんの呼吸で抜け出した齊藤の姿に、スタジアムにいた誰もが同点ゴールを確信した。
しかし、放たれたシュートは判断よく飛び出してきた相手GKビクトルに弾き返されてしまう。齊藤のリーグ戦初ゴール、そして石原のデビュー2戦目での初アシストが幻と消えた瞬間だった。
「ああいう場面で楽しめるようにならないと。以前よりは小さくなっているかもしれないけど、それでもゴールを決めなきゃいけない、決めなきゃいけない、という気持ちがまだちょっと強いのかな。ああいう場面で自分が面白いと思えるようなプレーができたときに、得点につながると思いました」
ゴールを強く意識しすぎたあまりに体がやや硬くなり、シュートを放つ刹那の視野が狭くなり、ビクトルをかわそうと考える余裕がなかったと齊藤は反省する。そして、再び石原が思いをシンクロさせる。
「アイツは『点を取ろう』といつも考えているはずなので。おそらく次の試合で決めてくれると思うので、それに期待します」
(FC岐阜戦後、石原広教がツイート)
■幼稚園時代から幕を開けた切磋琢磨する関係
東京オリンピック世代でもある2人の出会いは、幼稚園の年長にまでさかのぼる。ベルマーレのホームタウンのひとつ、神奈川県藤沢市で活動するサッカー少年団、藤沢FCで偶然にもチームメイトになった。
切磋琢磨するライバル関係にターニングポイントが訪れたのは、小学校4年生の10月だった。ゴールキーパーとしてベルマーレジュニアに合格した石原へ、当然のように齊藤がメラメラと対抗心を燃やす。
「実を言うとヒロカズ(石原)につられて、自分もベルマーレに入ろうと思ったんです」
5年生に進級する春に、齊藤もセレクションを突破。再びチームメイトになってからジュニアユース、ユース、国体の神奈川県選抜、そしてU‐16をはじめとする年代別の日本代表でいつも一緒になった。
最初に頭角を現したのは石原だった。身長が伸びなかったこともあり、フィールドプレーヤーとしてジュニアユースに再挑戦して合格すると、2年生のころにはただ一人、3年生のチームに引きあげられた。
ユースへの昇格を間近に控えた3年生の後半になると、今度は齊藤が猛烈な巻き返しに転じる。そのときに受けた衝撃を、石原はいまでも忘れていない。
「急に体が大きくなって、サッカーも上手くなってきたんです。ミツキ(齊藤)は昔からストイックだし、陰ですごく努力を重ねているんだなと」
少年男子の部で優勝した2014年秋の長崎国体で齊藤はレギュラーを務め、石原は途中出場が多かった。ともに高校2年生でU‐16日本代表に選出されたが、日の丸を背負ったのは齊藤が2ヶ月早かった。
そして、プロ契約も齊藤が先だった。プロに専念するため、通っていた高校を定時制に変えて、新たな道を歩んでいく盟友の背中に必ず追いつこうと石原は誓いを立てる。
「ミツキ本人には直接言っていないけど、かなり悔しかった。別に親友やライバルという意識はなくて、ごく自然の間柄というか、そばにいるのが当たり前という感じになっていたので」
■ホーム初陣で石原が犯した痛恨の選択ミス
高校卒業とともに、石原もプロ契約を結ぶ。出会いから14年目。ついにベルマーレでもチームメイトとなった。迎えた今月9日。初めてベンチ入りを果たした石原は、左ワイドとして初先発の大役をも担う。
雨が降る駒沢陸上競技場。東京ヴェルディとの上位対決で、必死にプレーしていた後半21分。最初の交代のカードが切られ、齊藤がピッチに入ってきた。7試合目にして実現した初共演に、石原はふと思った。
「あれっ、一緒じゃん、みたいな感じで。やっと来たぞ、と」
もちろん、弱肉強食のプロの世界で、センチメンタルな感情を抱いている余裕などない。11分後に石原がベンチへ下がり、11分間で終わったピッチ上のランデブーは、6日後のFC岐阜戦で33分間に延びた。
齊藤がダブルシャドーの一角で先発フル出場。最初の交代のカードとして、後半12分に石原が左ワイドに投入された。20分後に冒頭のシーンが訪れたわけだが、ドラマはまだ終わらない。
残り5分。システム変更とともに左サイドバックに回っていた石原が、正真正銘のアシストを決める。スペースが広がっていた左サイドを全力で駆けあがり、鮮やかなクロスからFWジネイの同点弾を導いた。
直後には両手でガッツポーズを作った石原だが、試合後の表情はなかなか晴れない。口調も沈んでいる。一時は2‐2と追いついたベルマーレは、後半36分にPKを決められて再びリードを許していた。
縦パスを入れるべき場面で横パスを、それも味方からずれた位置に送ったのは石原だった。すかさずカウンターを食らい、ペナルティーエリア内でDF奈良輪雄太が犯したハンドの責任をすべて背負い込んでいた。
「多分、一生(記憶に)残ると思います。ホームでのデビュー戦で、一番やってはいけないプレーを選択してしまった。あの時間帯であの場面ならば、このチームのベストの選択肢として前に出さなきゃいけないのに。プロの世界では、ああいうミスを相手は絶対に見逃してくれない」
■曹貴裁監督が送る厳しくも温かい視線
今シーズン3度目の先発フル出場を果たした齊藤も、自身のパフォーマンスには満足していなかった。ボールを奪う。すかさず前へ運ぶ。ただ、シュートの場面で著しく正確性を欠いた。
たとえば前半13分。ボールを長くもつ傾向がある、と事前のスカウティングで伝えられていたFC岐阜のDF福村貴幸が隙を見せるや、怒涛のアプローチで一気に距離を潰す。
あっという間にボールを強奪。力強いドリブルを見せた齊藤に沸いたスタンドから次の瞬間、ため息が漏れる。1対1になったGKビクトルの動きを見ながら放ったシュートは、枠をとらえることはなかった。
「相手の16番の選手(福村)がボールをもったときには、強く行こうと狙っていました。最後のところが課題なんですけど、昨シーズンはああいうシーン自体がなかったことを思えば…自分のよさを継続しつつ、もっともっと全体の質を高めていかないといけないですね」
務めて前を向こうとするホープへ、ベルマーレの曹貴裁監督は試合後に「下手くそ」と檄を飛ばしている。もちろん本心ではない。石原を含めた2人へ、まるで成長を願う父親のような視線を送る。
「ミツキのボールを奪う力はすごい。J1でも上のほうに入るけど、ゴールに近づくほどサッカー選手じゃなくなっていくよね。それでも、ミツキのような選手は、いまの日本サッカー界全体でも少ない。変に落ち着いてほしくないな、というのがありますよね。
ヒロカズも自分でボールをもっているときのプレーは雑だけど、スペースがあったら鬼のように飛び出していく。それがヒロカズのよさだけど、(ミスをした後の)メンタリティーを逆に考えたら、あの場面でアシストするのはたいしたものだと思います」
若いから起用されるのではない。練習でよければ、たとえ10代でもピッチに送り出す。指揮官の信頼を背に受ける幼馴染みは、再び思いをシンクロさせた。「これはゴールではなく、スタートラインです」と。