連載「元世界王者のボクシング解体新書」:ディパエン戦で効果的だった井上のジャブ ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回は14…

連載「元世界王者のボクシング解体新書」:ディパエン戦で効果的だった井上のジャブ

 ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回は14日に行われた井上尚弥(大橋)とアラン・ディパエン(タイ)の世界戦を分析し、王者の強さを解説している。

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 14日、東京両国国技館でWBAスーパー&IBF世界バンタム級タイトルマッチが行われ、統一王者の井上尚弥が挑戦者のWBA10位&IBF5位アラン・ディパエンと対戦した。試合では井上がディパエンを8ラウンドTKOで下し、WBA&IBFのタイトル防衛に成功した。

 井上の試合が始まると、会場が一斉に静まり返った。一撃必殺の井上の試合では、いつ試合が終わってもおかしくない。その一瞬を見逃さないために、客席の空気も張り詰める。

 観客の期待も高く、井上が見栄えの良いパンチを放つだけで、会場からどよめきが起こるほどだった。挑戦者のディパエンは驚異の打たれ強さを見せ、井上のパンチを浴びても耐え忍んでいた。

 試合では井上のジャブが効果的だった。井上の左は見えにくく、ジャブでもかなりの威力がある。相手としたら厄介なパンチだ。モーションがないので、反応すらできずにもらってしまう場面もあった。

 通常はパンチを打とうとすると、蹴り足や肩の動きなどの予備動作が出てしまう。相手はそれを見て反応するが、井上の場合、打つ気配がないため反応できない。また、ディフェンス能力も優れているため、今回の試合でもほとんどクリーンヒットをもらわなかった。

 反射神経が良いので、相手が打とうとするとフットワークでかわし、同じ場所にいない。パンチが当たらないため、相手としたら焦りも出てくるだろう。それに加えて、ズバ抜けたパンチ力を持っている選手だ。井上の放つパンチは他の選手と音が違う。一発でもまともに入れば、もう立ち上がることはできない重さがある。

 強いパンチと速いパンチを強弱つけて打ち込んでくるので、すべてを警戒しなければならない。井上とスパーリングを経験した選手に話を聞いたことがあるが、「スパーリングをしに行くのが毎回憂鬱になる」と話すほどだった。

 相手の打ち終わりにパンチを合わせるカウンターも、井上の得意なパンチだ。不用意にパンチを打つと、それに対して、予想だにしないパンチを打ち返してくる。見えないパンチは効くので、それをもらったらひとたまりもないだろう。

 今回の相手は、ディフェンス重視の戦い方だった。もっとリスクを冒して攻めていれば、早いラウンドで井上のカウンターの餌食になっていただろう。

ボクシングの階級差は大きいが、井上なら十分に戦える

 試合後のインタビューで、井上は「戦前の予想、期待を遥かに下回る試合をしてしまい、大変申し訳ありませんでした」と話していたが、倒さなければならない、KOを期待された状態で試合をするのは、かなりのプレッシャーがかかる。

 特にボクシングでは、倒そうと放ったパンチではなく、無意識で放ったパンチで倒れるケースが多い。倒そうと思えば思うほど力んでしまい、攻撃も単調になりやすい。

 そんな状況でも、8ラウンドで仕留めるのはさすが井上だろう。

 試合後の会見で「スーパーバンタム級での戦いも視野に入れて、いろいろとこれから話し合っていきたいと思います」と、階級変更の可能性についても言及した。所属する大橋ジムの大橋秀行会長も「今後についてはドネアが最有力になっているが、あとはカシメロがWBOからどういう措置になるか。もし、こじれて試合が実現できないようだと、スーパーバンタム級に上げることも考えている」と話している。

 井上はバンタム級でも10キロ近く減量しているようなので、階級を上げても十分に戦えるだろう。しかし、相手の体格や耐久力も上がるので、これまでのような戦い方ができるか分からない。

 あの、マニー・パッキャオ(フィリピン)やフロイド・メイウェザー(米国)でさえ、複数階級を制覇するたびにKO率は落ちていった。それだけボクシングでの階級差というのは大きい。スーパーバンタム級での体づくりや肉体改造は必須になってくるだろう。

 願わくは、バンタム級で4団体統一の偉業を成し遂げてからスーパーバンタム級、フェザー級と制覇していってほしい。2022年も井上のさらなる躍進に期待したい。(木村 悠 / Yu Kimura)