「THE ANSWER the Best Stories of 2021」、秋本真吾が語るSNSの誹謗中傷問題 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信した…

「THE ANSWER the Best Stories of 2021」、秋本真吾が語るSNSの誹謗中傷問題

 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コンテンツを厳選。「THE ANSWER the Best Stories of 2021」と題し、改めて掲載する。今回は陸上のスプリントコーチ・秋本真吾さんが連載「秋本真吾の本音note」で実体験から語った、「アスリートとSNSの誹謗中傷」について。

 サッカー日本代表選手、プロ野球選手など多くのトップアスリートに“理論に基づいた確かな走り”を提供する秋本さん。現役時代は400メートルハードルの選手としてオリンピック強化指定選手にも選出、特殊種目200メートルハードルのアジア最高記録などの実績を残し、引退後はスプリントコーチとして活躍している。しかし、かつてSNSでは誹謗中傷に悩まされ、殺害予告を受けたこともあった。自身の経験から現役選手に助言を届ける。(聞き手=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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――今回は近年、誹謗中傷などの問題も起こっている「アスリートとSNS」の関係について考えていきたいと思います。まず、スポーツ界では当たり前のように選手が個人のツイッター、インスタグラムを持ち、発信する時代になりましたね。

「その流れは感じます。なかでも、スポーツ選手がSNSを使う目的は2つあると思っています。1つ目は選手同士またはファンとのコミュニケーションを図ったり、純粋に自分の発信をしたりするもの。世間の動向を見るためという意味合いもあります。それは裏アカウントを使えばいいと思いますが、本アカウントでやるというのは選手、世間とつながる目的が大きい。2つ目はフォロー0人で『自分はこんなアスリートです』と、ただ自分の思想を発信するもの。後者は少なく、基本的に前者だと思います。そして、批判の声がキツくなりやすい可能性があるのが前者の人たちと感じています」

――秋本さんはSNSを活用した発信は早くからやっていたそうですね。

「現役時代、大学院に進学した2005年に自分でホームページを作ったんです。自分の活動を写真に撮ってブログっぽく見せて、仲間内でコミュニケーションを取る場として活用していました。陸上選手の中ではそういう動きはわりと早い方で、自分の近いコミュニティでは結構見られていました。ただ、見る人は身内が多かったですし『叩く』『批判する』という文化がまだない時代。箱根駅伝を走るようなランナーだったら違ったかもしれませんが、自分は超有名人ということもなく、それほど知られていなかったので、わりと平和に使っていました」

――ただ、引退してスプリントコーチに転身した後、ツイッターで誹謗中傷を受けた経験があるそうですね。どのような経緯だったんですか?

「スプリントコーチを始め、スポーツ選手に走り方を教えることによって少しずつメディアに取り上げていただける機会が増え、それと同時にアンチが増え始めたんです。フォローされるとツイッターから通知が来るのですが、アイコンの画像なし、フォロー1、フォロワー0、それでアカウント名に自分への中傷する言葉を書いたアカウントに毎日フォローされるようになり、その数も増えて行きました。

 同じ人がアカウントを作ってやっていたと思いますが、1日50件くらいになりました。そういう形でどんどん誹謗中傷が届くようになり、メンタル的にキツくなってしまいました。夜寝る前にツイートを非公開にして寝て起きて解除したり、中傷してくるアカウントを毎回毎回ブロックしたり、対策はしていたのですが、それが止まらなくなり、どうしようかと悩みました」

――実際に、どんなメッセージを受けていたのでしょうか。

「今、ツイッターを見れば分かります。(確認後)360以上ありました……(笑)。内容は『死んどけ』『頭を使え、死ね』『自分の中で生きてろ』『相変わらずどこまでも頭が悪い』『お前ほどの自己中心は世の中にいない』『今日からまた殺してやろう』『諦めろ』『給料に見合った指導してんのか』『お前は指導といって現場で参加するだけ』『俺がお前を指導してやろう』とか、殺害予告もあります。ヤバイですね、これ」

「気にしない」は難しい現実、競技で培った心の強さとは「全然違う」

――届いたメッセージを見ると生々しく、とても恐ろしいですが、自分では誹謗中傷を受けるきっかけに心当たりはなかったんですか?

「まったくないです。ある日、突然始まって、それがちょっとずつ増えて行った感じです」

――SNSの誹謗中傷に耐え兼ね、自殺につながる例もあります。その際に「そんなもの相手にしなければいいのに」「名前も顔も出さない人の意見は無視しろ」という声が上がります。しかし、当事者としては難しいですよね。

「もちろん、他人から見れば『気にしなければいいのに……』と思いますが、それは無理な人にとっては無理だと思うんです。心の強さの問題もありますし、そういう人は心の処理が追い付かなくなってしまいます。僕もそこは結構しんどかったです。『ああ、そう思われているのかな』と心のどこかで思ってしまうので。でも、あまり参考にならないかもしれないですが、僕自身はつらいこと、苦しいことがあっても、すぐ忘れてしまうタイプなんです。寝て起きたらリセットされてしまっています。

 以前、この連載で引退後に月収15万円で働かされ、体も心も壊れた時がありましたが、それはどれだけ忘れてもまた同じことが来ることがしんどかったのですが、今は楽しいし、夢中になれることが毎日あるので、つらいことがあっても切り替えられます。僕が誹謗中傷を受けるようになったのはそういう生活を抜け出し、スプリントコーチ業を始めた後からでした。ダイレクトにアンチの声を食らう経験をしたので、今はなんとも思いません。僕みたいになんとも思わないような脳みそだったらいいのですが、それは人それぞれなので」

――秋本さんは「心の強さの問題」と言いましたが、アスリートは競技で苦しく、つらい経験をしながら困難を乗り越え、体も強い。一般人より、ずっと心が強いイメージを持ちがちですが、それは競技における「心の強さ」の質とは全く違うものでしょうか?

「全然違うと思います。自分のプレーに対して言われることは、自分が一番分かっていることでもあるので良いんです。でも、容姿とか、どうにもできないことは違う批判で、人格否定です。特に僕は『批判』と『批難』の差をちゃんと理解し、受け止めた方が良いと思っています。例えば、僕が陸上選手でレース後半に『勝てない』と思ってラストを緩めたとします。それを『あれはない。応援してくれる人に失礼』と言われたら、それは批判です。大切なことは改善点があるかどうかです。

 そこで諦めずに走って負けたら、また応援しようという気持ちになる人はなってくれます。一方で『お前、足遅いんだから陸上辞めろよ』と単にやじるだけなら、それは批難です。改善点を述べているわけではないので。野球、サッカーはより分かりやすいと思います。『なぜ、あそこで追わなかったのか』『そうしたら、何か起きたかもしれないだろ』と言うなら、改善点が出ている。だから、批判。『あれに追いつかなかったらサッカー選手として終わっている』と言うなら、批難です」

――誰がどんな文脈でぶつけている言葉なのかをしっかりと見極めることが大事ということですね。

「選手それぞれ、思い当たる節を突かれるのは痛いのは痛いです。でも、そういう人をどれだけ持っているかも大切です。ただ、信頼している監督、コーチに言われるのと、名前も顔も分からないネットの人間に言われるのは突き刺さるレベルが全然違います。その分け方をちゃんとできているかどうかが大事だと思います。僕もツイートをすると、マウントを取ってくる人がいます。意見を述べるのは構わないのですが、自分の価値観を押し付けるマウントの取り方は無意味です。なので、そういう人に関しては一切リアクションしないということは決めて徹底しています」

――マウントを取りたい人はスポーツとファンという構図に限らず、私たちの日常生活でも珍しいことではありません。

「その通りで、周りの声を受け流すことが難しい人というのは、それも全部受け入れてしまうんでしょうね。『お前ブスのくせに』とか競技と全く関係ないようなコメントが女子選手に投げかけられているのを見ることもありますが、『私って可愛くないのかな』とどこかで真に受けてしまう。でも、それはただの批難なので。全員が全員に好かれるということは100%あり得ない。そこを理解して割り切って乗り越えないとキツイと思います」

――例えば、東京五輪を目指しているようなトップアスリートは数万から数十万のフォロワーを抱えている人も珍しくなく、彼らは決してそうした声を表にすることはありませんが、裏では心無い声がぶつけられていることは想像できます。

「だからこそ、さっきの話に戻りますが、『批判』か『批難』かをよく見極めてほしいです。まず、批難はどうでもいい。『私のこと好きなんだな』くらいに思ってほしいです。でも、本当にこれ以上は頑張れないくらい、もがきまくっても結果が出なかったとして、言う人は言います。『もっと土台を作った方がいい』とか『もっと技術改善した方がいい』とか。それはその人の想いでもあります。心配している、気にしている、興味あるということ。それは頭の片隅に置くくらいでいいので、すべてを真に受けないでほしい。個人的にそう思えたきっかけがあります」

驚いた本田圭佑の言葉「自分がいない場所で名前が挙がるっていいこと」

――どんなきっかけだったのでしょうか?

「あるサッカー選手が僕のネガティブなことを言っていると聞きました。それは結構、傷つきました。仮に僕がその選手のコーチングをして、速くならない、変化もない、それならどんなネガティブなこと言われても仕方ないとは思います。ただ、なんの面識もないのに、それを言うってさすがにショックでしたね。そんな話を僕が走りの指導をしている宇賀神友弥さんと槙野智章さん(ともに浦和レッズ)に話した時のリアクションに驚いたんです。宇賀神さんは『あっきー、いいね!』って……」

――「いいね!」ですか?

「『それって、有名になってきた証拠じゃん』と。槙野さんも同じで『そうだよ。知られているってことじゃん。今まで(スプリントコーチは)全然いなかったのに完全に知名度が完全に上がっているじゃん、いいことだよ』と。それを聞いた時に『この人たちは本当すごいな』と思いました。僕は数人に言われるようなレベルですが、彼らは何千人、何万人から批判を受けるかもしれない世界。本当にトップで戦っている人は違うんだなと思いました。昨年、カンボジア代表の指導で一緒に仕事をした本田圭佑さん(ボタフォゴ)にも『自分がいない場所で名前が挙がるっていいことですね』と言われました。ああ、もうそもそも発想が違うんだなと思って、そういうことでくよくよするのはやめようと思いました」

――彼らが言うと、とても説得力のある言葉ですね。

「僕が面識のないサッカー選手に陰で言われていたことって、僕がどんな人か知らない選手たちからするとなかなか説得力あるなと思うんです。『秋本は指導力なくてダメなんだ』ときっと思うし、それってすごく嫌なことだと結構引きずってました。でも、長年関わってきた僕のコーチングを知っている選手からかけてもらった言葉を聞いて、もうそんなことどうでもいいと思えてきました。僕のコーチングを受けてみて全然ダメだと思ったら何を言われても仕方ないです。僕のことを散々言ってネガティブなイメージを持っている人でも、僕と直接会って話したり、コーチングを見たり、受けてみたらそのネガティブなイメージを逆転できる自信があります。今はそう思えるようになりました」

――その周囲との声との向き合い方は誹謗中傷を受けるアスリートにとっても生きる部分があるように思います。

「格闘家の朝倉未来選手がYouTubeで自分のアンチに会ってみたという企画をやっていますが、陰からだったり、顔を出さずにだったりでボロクソに言っている人も実際に面と向かったら同じことを言う人ってほとんどいないんですよね。直接話したら言いたいことが急に言えなくなるんですよね。僕は結局、アンチの数より応援してくれている人の数が絶対に多いと思っています。全うに生きて、マジメに今やっている競技に向き合っているなら、それは間違いないと思います」

■秋本真吾

 1982年生まれ、福島県大熊町出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルを専門とし、五輪強化指定選手に選出。当時の200メートルハードルアジア最高記録を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人の子どもたちを指導。また、延べ500人以上のトップアスリート、チームも指導し、これまでに指導した選手に内川聖一(前・福岡ソフトバンクホークス)、荻野貴司(千葉ロッテマリーンズ)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和レッドダイヤモンズ)、神野大地(プロ陸上選手)ら。チームではオリックスバファローズ、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。20年4月からオンラインサロン「CHEETAH(チーター)」を開始し、自身のコーチング理論やトレーニング内容を発信。多くの現役選手、指導者らが参加している。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)