一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第14回はボクシング・井上尚弥 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」を…

一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第14回はボクシング・井上尚弥

 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第14回は、ボクシングのWBAスーパー&IBF世界バンタム級統一王者・井上尚弥(大橋)が登場する。2月にチャリティーイベント「LEGEND」(東京・代々木第一体育館)に出場。9分間のパフォーマンスには、ボクシングをあまり知らない人にも知ってほしい凄みがあった。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 まだワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)を戦っていた2019年。井上はスパーリングで大事にしていることの一つにこんな話をしていた。

「基本的にスパーは次の対戦相手をイメージしてやってないんですよ。スパーはスパーでいろいろな選手が来る。いろいろなタイプの選手に自分が対応できるかどうか。その延長線上に、試合の対戦相手にも対応できるかどうかというのがある。それが引き出しになるじゃないですか。スパーでいろいろな選手に対応しておけば、試合でも絶対に対応できるんですよ。あとは、映像で確認した相手のイメージに合わせていく」

 プロボクシングでは、ほとんどの試合が初対戦。対峙しないとわからないことが多く、序盤の探り合いで情報収集しながら攻防を繰り広げていく。「初めての相手でも絶対に何かしらの引き出しが出せるんですよね。(スパーで)対応力がつくので」。普通の選手なら引き出しは両手で数えられるくらいだろうが、井上は拳を交えた練習パートナーの数だけあるということになる。驚異的だ。

 今まで何人とスパーをしたかわかりますか。そんな質問には「何人? えーっ、わかんないっすよ(笑)」とおどけていた。数十人は優に超える。数百人か、あるいはアマチュア時代も含めれば……。リングで何でもできる。その極意を知り、恐ろしさを覚えた。

 そんな極意を最大限発揮したリングがある。今年2月のチャリティーイベント「LEGEND」。3分×3回のスパー形式で対峙したのは、同じバンタム級を主戦場に移した元WBC世界フライ級王者・比嘉大吾だった。近い将来、試合で戦う可能性もあった好カード。会場にエキシビションの空気はない。2548人の来場者、報道陣も目を奪われるほど濃密な9分間だった。

 井上はハンドスピードで圧倒すると、左フック、アッパー、左右のボディーなど多彩さを披露。微妙に角度を変えたジャブも強い。さらに、あえてノーガードになってパンチを回避した。ロープに背をつけたまま両手を広げ、打ってこいとジェスチャー。ディフェンス力も見せつけながら打ち返し、歓声自粛の会場に鈍い音を響かせた。途中で左構え(サウスポー)にもスイッチ。最終3回はヘッドギアを外し、打撃戦を展開した。

「自分の距離だけでなく、比嘉選手の距離でもやろうかなと。打ち合いも、ディフェンスも、距離を取りながらでも、いろんな戦いを見せられたら」。比嘉は昨年末に試合を終え、休養から再始動したばかり。準備期間が短かったとはいえ、井上が「日本史上最高傑作のボクサー」という宣伝文句に違わない実力を証明した。

普段から惚れ惚れする井上のスパー、今夜はどんな姿を見せるのか

「ボクシングを見てもらって、また頑張る気持ちを与えたい」という気概で臨んだコロナ禍のイベント。減量なしでバンタム級の53.5キロより約9キロ重かったため、試合ほどのスピードではない。それでもプロとして一仕事を終え、大粒の汗を滴らせた表情に満足感を漂わせていた。

「真剣度は100%。会場に足を運んでくださる方がいる。責任感もあるし、満足して帰ってもらいたい。今日はその方々に向けて発信するスパーだった。正直、今回は僕にメリットがないんですよ。『比嘉選手がどれだけやれるか』という見方をされる。僕はレベルの差を見せなきゃいけないだけですし、互角だと自分の評価は保てない」

 井上のスパーは普段から惚れ惚れする。大橋ジムへ見学に行くと、ラウンドごとに違う動きをしてリング上を支配する。ボコボコに打ちに行く時、左ジャブだけで相手をコントロールする時、足を使う時。ディフェンスでもガードを固めてあえて相手に打たせたり、ノーガードでパンチを避けたりする。

 何の練習なのか明確で、全ての技術が超一流。試合用よりグラブが大きく、ヘッドギアをつけていても、2、3階級上のパートナーが次々と倒れていくのは日常茶飯事だ。どのジムに行ってもなかなかお目にかかれない“パフォーマンス”がそこにはある。

 比嘉戦のVIP席チケットは1枚10万円だった。ノニト・ドネア(フィリピン)と激闘を繰り広げた19年11月のWBSS決勝(さいたまスーパーアリーナ)、1988年3月のマイク・タイソン―トニー・タッブス(東京ドーム)のリングサイド席と同じ値段。エキシビション、しかもスパーにもかかわらず、過去の世界戦並みだ。強気な値段設定に思うかもしれないが、個人的にはそれくらいか、それ以上の価値だと思っている。

 今夜は、アラン・ディパエン(タイ)との防衛戦(東京・両国国技館)。768日ぶりの国内公式戦だ。相手はIBF5位、WBA10位で12勝(11KO)2敗のため、下馬評では井上の圧倒的優勢とされている。最高15万円のチケットは即完。どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、どうやって料理するのか、楽しみでならない。井上は13日の前日会見でこう宣言した。

「素晴らしい試合をお見せする。期待、想像を超える勝ち方をしたい。楽しみにしていてください。絶対に見てよかったなと思ってもらえる試合をしたい」

 ボクシングファンにとって、モンスターのレベルがどれほどのものか周知の事実。ただ、それ以外の人々には凄さが伝わりきっていないのではないか。PPVの購入はまだ間に合う。パウンド・フォー・パウンドで上位に居続ける偉業。今、日本人が夢のまた夢の世界にいることを多くの人に知ってほしい。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)