12月は世界チャンピオンである井上尚弥、村田諒太、井岡一翔のビッグマッチがそろい踏みとなるはずだった。ところが、政府が打ち出したオミクロン株の水際対策によって、村田vs.ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)、井岡vs.ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)という楽しみな2試合が中止になってしまった。選手はもちろん、全国のボクシングファンの落胆は大きい。

幸い、井上の挑戦者、アラン・ディパエン(タイ)はすでに来日していたため、この試合だけは予定通り14日に両国国技館で開催される。ぜひ、モンスターには最高のパフォ―マンスで鬱憤を晴らしてほしい。

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■ムエタイ出身の不気味な挑戦者

井上にとって、今回の試合はノニト・ドネア(フィリピン)戦以来、2年ぶりとなる国内での防衛戦。IBF、WBAスーパーの2本のベルトをかけてリングに上がる。今後も主戦場はアメリカとなるため、モンスターの勇姿を目の当たりにできる貴重なチャンスとなる。

挑戦者のディパエンの戦績は12勝(11KO)2敗、ランキングはIBF5位、WBA10位。本国ではケンナコーン・GPPルアカイムックのリングネームで戦っている。ムエタイから転向したボクサーで、ムエタイでは50勝10敗の成績を残している。デビューした2019年には、なんと年間11試合を行っているが、これも“ムエタイ流”といえるだろう。

11のKO勝ちのフィニッシュブローは、ほとんどが右のストレート。デビューから5戦目には後楽園ホールに登場したが、荒川竜平選手を2ラウンドで倒したパンチも右ストレートだった。本人も「右の拳の重さには自信がある」とコメントしている。首相撲などムエタイのトレーニングで鍛えた体の強さもある。

来日後は、宿泊先のホテルをワンフロア貸し切りにして調整していることが報じられており、練習場所として提供された大橋ジムには一度も顔を見せないという。

■来春のビッグマッチに向けたチューンアップ

挑戦者は「自分にとってまたとないチャンス。チャンピオンになったら、人生が一変する」と意気込み、来日前には約200ラウンドのスパーリングを消化してきた。この一戦にかけるモチベーションは高い。しかし、残念ながら、モンスターとの実力差は歴然だ。戦ってきた相手が違いすぎる。

井上自身も、「試合感覚をつかむため」というように、来春のビッグマッチに向けたチューンアップと考えるのが妥当だろう。波乱があるとすれば、ディパエンの捨て身の先制攻撃だが、それが当たる確率は極めて低い。個人的に注目するパンチは、田中恒成とのスパーリングで見せた左アッパーのダブル。成長を続ける姿を期待する。

日本では1ラウンドKOに対して「早すぎる」「もっと見たかった」という反応もよく聞くが、アメリカでは1ラウンドKOこそアート(芸術)と称賛を送る人が多い。マイク・タイソンがあれほどの人気を集めたのも、試合開始直後にバッタバッタと大男たちをなぎ倒したからだった。

世界戦の最短記録は、2017年に当時のWBO世界バンタム級チャンピオン、ゾラニ・テテ(南アフリカ)がシボニソ・ゴニャを倒した「1ラウンド11秒」。パンチが当たるまでは5秒だった。さすがに11秒は短すぎるが、手加減せずに素晴らしいアートを見せてほしい。右ストレート、左フック、左ボディと、どのパンチでもKOできるはずだ。

■ドネアが快勝でアピール、カシメロは脱落か

11日(現地時間)には、井上のライバル、ジョンリル・カシメロ(フィリピン)が指名挑戦者のポール・バトラー(イギリス)と防衛戦を行うはずだった。ところが、カシメロは体調不良を理由に前日計量に姿を現さなかった。WBOは10日以内に診断書を出すことを要求、できない場合は王座を剥奪するとしている。

もともとファイトマネーが安いと不満を漏らしていた経緯から、体重が作れなかったのではないか、との憶測も飛んでいる。もし、それが事実であれば、カシメロは世界バンタム級戦線から完全に脱落することになる。なお、当日の興行は、ジョセフ・アグベコ(ガーナ)を急遽代役に立てて暫定王座決定戦として行われると発表されたが、バトラー側が「暫定王座」では戦わないとして、結局、これもキャンセルになってしまった。

アメリカでは、もうひとりのライバルであるドネアが暫定チャンピオンのレイマート・ガバリョ(フィリピン)とのWBC団体内統一戦に快勝。井上とのリマッチを強烈にアピールした。

ドネア以外では、ルーシー・ウォーレンやゲーリー・アントニオ・ラッセル(ともに米国)の名前が井上の対戦相手として浮上してきた。また、スーパーバンタム級に上がった場合は、WBA、IBFのベルトを持つムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)への挑戦が有力だ。2022年のモンスターの動向にも注目したい。

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著者プロフィール

牧野森太郎●フリーライター

ライフスタイル誌、アウトドア誌の編集長を経て、執筆活動を続ける。キャンピングカーでアメリカの国立公園を訪ねるのがライフワーク。著書に「アメリカ国立公園 絶景・大自然の旅」「森の聖人 ソローとミューアの言葉 自分自身を生きるには」(ともに産業編集センター)がある。デルタ航空機内誌「sky」に掲載された「カリフォルニア・ロングトレイル」が、2020年「カリフォルニア・メディア・アンバサダー大賞 スポーツ部門」の最優秀賞を受賞。