箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、帝京大学・中野孝行監督が語るスカウティングの重要性 毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか…

箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、帝京大学・中野孝行監督が語るスカウティングの重要性

 毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか――。「THE ANSWER」では、強豪校に挑む「ダークホース校」の監督に注目。前回の箱根駅伝で総合8位、帝京大学を率いる中野孝行監督に、伝統校ではないからこそのスカウティングの難しさや、高校生ランナーを見る際に重視する点などについて聞いた。(取材・文=佐藤 俊)

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 大学のチームは、4年間で大きく変わる。その間、常に強いチームを維持するためには、強豪校ならではの練習やルール、ムードが必要になるが、一番大事なのはスカウティングだろう。良い選手が入ってきて、全体の力を引き上げていくことでチームの出力は高まり、総力がついてくる。

 帝京大学の中野孝行監督も「そこが生命線」と語る。

――スカウティングでは、高校生の何を重視しますか?

「当然ですが、タイムがいい選手。その基準が一番分かりやすい。でも、私が個人的にいいなぁって思うのは、飢えている選手ですね。もっと走りたいけどやれない、そういう環境がない、指導者がいないとか……アシストしてあげれば大きく飛躍しそうな選手を獲得しています。そういう選手の場合は、どちらかというと一匹狼的な感じが多いですね。あとは、何か事情があって、自分自身を100%出せていない選手。なぜ、そういう選手を獲得するのかというと、私自身がそういう選手だったからです」

 中野監督は白糠高校時代、2、3年は指導者がいないなか、1人で練習をしていた。その時、全道高校駅伝に出場できず、悔しい思いをした。もっと走りたいのに競技場もなく、アスファルトの上を走っていた。そういう環境での陸上生活が中野監督の飢えを生み、陸上に対して貪欲になっていった。だから、飢えは決してマイナスにならないという。

――中野監督が帝京大に来た16年前と今とでは、高校生の気質はかなり変わりましたか。

「だいぶ変わりましたね。今の時代は、インターネットでいろんな情報が簡単に手に入るようになった。練習内容や取り組み方とかいろんなものを見ているけど、実際、それを取り入れて何かをやっているのかというと、そういう感じでもない。情報過多になっていて、高校生はまだ取捨選択できていないんじゃないかなと思いますね」

――今の高校生が大学に求めているものは、どういうものなのでしょうか。

「今は、どうしたら強くなれるか、ですね。上級生や競技環境、練習内容、寮の雰囲気とか、最近は事前に練習に参加して体験する子が増えました。ただ、入学すれば誰でも強くなれるわけではありません。そのためには、自分のゴールの視点をどこに設定しているかが重要だと思います。苦労せずに強くなれたらいいけど、私は苦労しないと勝てないと思っています。そこで強くなれるかどうかの差は、苦労を苦労とせず、当然のことだと捉えられるかどうかでしょう。苦労は避ける道でも回り道でもない。強くなるには必要なことだと捉えられるかがすごく大事ですね」

自分の意志で進路を決めていない選手は「大学に入って苦しむ」

 スカウティングは、激烈な競争になる。タイムを持ち、将来性のある高校生のところには箱根の伝統校や強豪校の監督やスカウティング担当が殺到する。ただ、選手が最終判断を下す理由は、それぞれ異なる。憧れの先輩がいる、指導を受けたい監督がいる、この大学で走りたいという気持ちが固まっている場合は、翻意させるのは難しい。

 だが、横一線に並んだ時、ネームバリューがない大学は、特別な理由がないまま、獲得競争から脱落していくケースが多い。

――高校生は進路を指導者や環境ではなく、大学の名前で決める選手も多いと聞きます。

「そういうのはスカウティングをやっているとしょっちゅうですよ。もちろん競争で単純に負けてしまうこともあります。高校の監督は帝京大に行かせたいけど、家族が違う大学を推して、そっちに流れるケースもあります。それも一つの選択肢ですが、縁がなかったと諦めるしかなく、来てくれた学生は目一杯面倒を見ます」

――スカウティングで面談した際、殺し文句はあるのでしょうか。

「来たら、鍛えてやるよって言います(笑)。あとは、もう最後は自分で決めなさいということですね。自分の決断は、間違いじゃない。でも、自分の意志ではなく、家族や先生に言われて(大学に)行くと私が見ている限り、大学に入って苦しんでいる選手が多いですね」

――帝京大には、近年、強豪高校から質の高い選手が入学してきていますね。

「ありがたいことですよね。連続して箱根に出るようになって、だいぶ認知されてきたのかなと思います。そのせいか、入学してくる選手の質が年々良くなっています。センスがある選手が入ってきているので、私も従来の練習メニューではなく、少しずつ変えていくことが必要かなと。前はやらせないと走れない選手が多かったですけど、今はある程度突っつけば一定の高いレベルまで上がる選手が多くなりました」

 スカウティングで終わりではなく、指導して選手の力を伸ばす勝負でも負けない。大砲と称される飛び抜けた選手はいないが、その分全員が着実に走る。そうして、いつの間にか上位に顔を出している。派手さはないが「地道に粘り強く」が帝京大の良さであり、箱根を生き残るコツなのかもしれない。

■中野孝行(帝京大学駅伝競走部監督)

 1963年生まれ、北海道出身。白糠高校卒業後、国士舘大学へ進学し箱根駅伝に4回出場。卒業後は実業団の雪印乳業に進み、選手として活躍した。引退後は三田工業女子陸上競技部コーチ、特別支援学校の教員、NEC陸上競技部コーチを経て、2005年から帝京大学駅伝競走部監督に就任。2008年から15年連続でチームを箱根駅伝に導いている。(佐藤 俊 / Shun Sato)

佐藤 俊
1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、大学駅伝などの陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『学ぶ人 宮本恒靖』(文藝春秋)、『越境フットボーラー』(角川書店)、『箱根奪取』(集英社)など著書多数。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。