「THE ANSWER the Best Stories of 2021」 フィギュアスケート選手の生理問題 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが…

「THE ANSWER the Best Stories of 2021」 フィギュアスケート選手の生理問題

 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コンテンツを厳選。「THE ANSWER the Best Stories of 2021」と題し、改めて掲載する。今回は連載「THE ANSWER スペシャリスト論」から、フィギュアスケートの元五輪代表・鈴木明子さんが1月に語った「フィギュアスケート選手の生理問題」。

 女性アスリートにとって切り離せない生理とフィギュア選手はどう向き合い、対応しているのか。これまで語られることが少なく、隠れていた問題。白の衣装には予備を用意したこと、シーズン中は生理が止まったこと。次世代の競技者の体を守るため、鈴木さんが自身の経験と「選手時代、私は間違っていた」という後悔を打ち明けた。(取材・構成=長島 恭子)

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 女性は誰もが一度は月経について考えさせられることがあるのではないでしょうか。

 常に体と向き合うアスリートも例外ではありません。フィギュア界に限らず、新体操やバレリーナなど、体の声に耳を傾ける暇なく鍛練を重ねる彼女たちの肉体が悲鳴を上げていることは長年、世の中の話題として提起されてきませんでした。

 幼少期、思春期から大人として成長するまで日々練習に打ち込むなか、成長に伴う体の声と変化に気がつかずに、ある日突然、摂食障害や月経不順に悩んでしまう。しかし、毎日のトレーニングメニューをこなすのが精いっぱいになるなど、周囲の空気や知識のなさから「悩む」まで行き着かないのが現状です。

 よくチームスポーツでは、選手同士で日常的に生理用品の貸し借りをしていた、という話も聞きます。でも、フィギュアスケートは個人のスポーツ。他の選手と情報交換をすることもなかったし、女性のコーチとも特に生理について話をすることもありませんでした。

 女性のコーチならではの気遣いを感じたのは、大学卒業後に邦和スケートクラブに所属したときです。新しいプログラムの衣装について打ち合わせをしている際、「このプログラムなら絶対に白の衣装がいいよね。でも、試合日に生理があたる場合もあるから、考えないとね」という話を初めてされました。シニアの大きな試合になると、会場にテレビや報道のカメラが入ることもありますし、実際、タイツに経血が染み出すケースもある。これは私に限らず、衣装が淡い色になった場合、必ず予備として、濃い色の衣装も用意していました。

 私が初潮を迎えたのは、15歳のときです。まったくよくない話ですが、全然、嬉しくなかったことを覚えています。

 初潮を迎えると体が変わることは、周りの選手を見ていたのでわかっていました。太り始めたり、体の動きが悪くなったり、跳べていたジャンプが跳べなくなったり。今までとは違う感覚になり、伸び悩んだり、ケガをよくしたりする選手もいた。ですから、お赤飯を炊いて祝う出来事なのに、「あぁ、来ちゃった。私も難しくなるんだ、これから……」という気持ちでいっぱいでした。

 幸い、生理が来るようになってからも、大きな体型の変化はありませんでした。私はもともと食が細く、練習で追い込むとすぐ疲れてしまうタイプだったんですね。それが、初潮を迎えてからは、「もっと食べたい!」という感覚が芽生え、むしろ人並みにしっかり食べられるようになり、バテなくなった。体重も、身長が伸びた分、増えるぐらいで、「わ、太った!」とか「丸みをおびたな」ということにはなりませんでした。

 もちろん、毎日、食事を作ってくれた母も気を付けてくれていたし、自分も食べすぎないよう、どこかでストッパーをかけていました。当時、すでに「競技者として上に行きたい」と考えてもいたので、やっぱり「太るかもしれない」という恐怖心を抱えていたのだと思います。

 ただ、15歳からずっと、生理は不規則でした。いつ生理になるかわからなかったので、競技をするうえでも本当に大変でしたね。だからといって、婦人科でみてもらうことまではしなかったし、大学に入るまではずっと自然に任せていました。

「私は競技生活の間ずっと、シーズン中、生理が止まっていました」

 ところが大学入学と同じ頃、摂食障害に。その後の2年間、生理が止まってしまいます。

 摂食障害になって初めて、治療のため、レディースクリニックを受診。骨密度や血液などあらゆる検査を受け、先生と話をし、女性にとって月経が止まることがどんなに危険かということも知りました。

 幸いにも治療がうまくいき、競技生活に復帰したら、生理のことは再び頭から抜け落ちてしまった。生理は始まったものの、周期は安定しないままでした。

 そしてもう一つ。私は競技生活を送っていた間ずっと、シーズン中、生理が止まっていました。

 フィギュアスケートは、主要な大会が9月頃から始まり、3月の世界選手権でシーズンが終了します。毎年、8月の合宿から追い込みをかけるのですが、その時期になるとパタンと生理が止まり、シーズン終了の翌月からまた、生理が始まる。毎年、この繰り返しでした。

 私はもともと体脂肪が多いほうではなかったうえ、きつい練習が続くと体脂肪がどんどん落ちていき、みるみる体が絞られました。すると、ある瞬間から生理が止まる。このときにいつも、「あ、自分はちゃんと追い込めているな」と安心していたんです。

 逆に、生理が止まらないと「まだまだ追い込みが足りないんだ」「体が絞れていないとコーチに思われてしまう」とますます追い込んだ。しかも、シーズン終了の翌月にはちゃんと生理がきていたので、体重・体脂肪の減少だけが原因ではないのは明らかなのに、です。

 いま振り返ると、生理が止まったのは、精神的な影響がとても大きかったのではないかと思います。当時の私にとって生理が来るのは、選手として「よくないこと」だったし、「生理は悪」。今思うと、ものすごく怖いし、ゆがんだ認識だとわかりますが、この考えが頭に刷り込まれていたので、まったくおかしいと感じていませんでした。

 本来、スポーツは「体にいいこと」かもしれません。でも、アスリートでやっていくとなると、毎日が無理ばっかりです。体も心も、追い込んで、追い込んで、時には人としての限界をも超えてしまう。だからこそ選手たちは、自分に優しくすることも大事にしてほしいと思います。

 例えば、生理が止まったら、そこに疑問を持つことも一つです。「あれ?」と思うことがあったら、今、自分の体や心に何か違うことが起きているのかな、という疑問がどんどん湧き出てほしい。

 一方、どんなに辛くても、生理が止まっても、やっぱりオリンピックが近づいてきたら、そんなことを気にしていられない。自分の体がどうであれ、今、ベストを尽くすしかないって思う気持ちもよくわかる。私自身も29歳まで選手を続けていなかったら絶対に、女性として、人としての生き方を、ここまで俯瞰的に、客観的に見ることができなかったと思います。

 だからこそ、「自己管理をしっかりしろ」なんて選手にだけ背負わせるのはいうのは酷だと言いたい。大事なのは本人だけでなく、指導者やスタッフ、そして家族を含め、皆が正しい知識を認識し、共有すること。これができれば「それはおかしいよね」と誰かが声を上げることができます。

 体つきが丸みをおびてくること、生理を迎えること。こういった人の成長は本来、生まれた瞬間から一つひとつが喜ばしいものです。アスリートも選手であるまえに、人間ですから、「成長したらダメ」と思い込むなんて、おかしなことですよね。

「選手時代、私は間違っていた」と伝えていくことが今の大切な役目

 女性アスリートが、一人の女性として生きるために正しい知識を身に付ける。この重要性が、今、ようやく言われるようになりました。有難いことに、私自身もメディアや講演会を通して体や心に起きたことをお話しする機会をたくさん頂きました。私は自分の経験が役に立つのならいくらでも役立ててほしいし、これからも、伝えていきたいと考えています。

 ありのままを話しすぎて、ときには「よく、ここまで言ったね」と驚かれることもあります。でも、私が競技時代に経験した月経や心身のトラブルを恥じてしまい、蓋をしてしまったらどうなるのか。

「鈴木さんだって、シーズンに入ったら生理が止まっていたんだよ。それぐらい追い込んだからオリンピックに行けたんだよ」と後進に伝えられてしまったら? きっと、この先も選手たちが本当に苦しいとき、SOSを出せないと思うんです。月経不順も摂食障害も、原因を紐解いていけば、同じところにたどり着くはずです。

「選手時代、私は間違っていた」。それを、しっかり伝えていくことは、今の私の大切な役目だと思っています。

■鈴木明子 / THE ANSWERスペシャリスト

 1985年3月28日、愛知県生まれ。6歳からスケートを始め、2000年に15歳で初出場した全日本選手権で4位に入り、脚光を浴びる。東北福祉大入学後に摂食障害を患い、03-04年シーズンは休養。翌シーズンに復帰後は09年全日本選手権2位となり、24歳で初の表彰台。翌年、初出場となったバンクーバー五輪で8位入賞した。以降、12年世界選手権3位、13年全日本選手権優勝などの実績を残し、14年ソチ五輪で2大会連続8位入賞。同年の世界選手権を最後に29歳で引退した。現在はプロフィギュアスケーターとして活躍する傍ら、講演活動に力を入れている。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。