12月14日、WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥(大橋ジム)が、両国国技館でアラン・ディパエン(タイ)と防衛戦を行なう。12勝(11KO)2敗という戦績の30歳のディエパンは、世界的には無名の選手。それでも、井上が日本のリ…

 12月14日、WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥(大橋ジム)が、両国国技館でアラン・ディパエン(タイ)と防衛戦を行なう。12勝(11KO)2敗という戦績の30歳のディエパンは、世界的には無名の選手。それでも、井上が日本のリングに上がるのは2019年11月のノニト・ドネア(フィリピン)戦以来だけに、どんな戦いをするか楽しみだ。

"モンスター"の今回の防衛戦は米メディアの目にどう映っているのか。今後、バンタム級戦線はどう動き、井上のパウンド・フォー・パウンド・ランキング(PFPランキング)でのさらなる浮上は可能なのか。アメリカでもっとも権威ある専門誌、『リングマガジン』のダグラス・フィッシャー編集長に意見を求めた。



14日の防衛戦に向けて調整する井上

【井上はKO勝利を義務づけられている】

 最初に断っておきますが、他の多くのボクシングファンと同じように、私も井上の対戦相手であるディパエンのことを詳しく知っているわけではありません。それでも井上がリングに立つのであれば、その試合が楽しみですし、注目もします。

 井上と3階級制覇王者・田中恒成(畑中ジム)のスパーリングの映像も喜んで見ましたし、彼のミット打ちの動画ですら楽しかった。そんなふうに感じることは滅多にないのですが、ごくまれに、サンドバックを打つのを見るだけで興奮できるようなダイナミックなボクサーが現れるのです。

 最近では、アメリカでスター街道をひた走り、リッキー・ハットン(イギリス)をKOした頃のマニー・パッキャオ(フィリピン)がそんな選手でした。当時、パッキャオのスパーリングを見るだけでワクワクしたものです。また、ホルヘ・リナレス(帝拳ジム)のハイレベルの攻防もいまだに忘れられません。

 そんな選手たちと同じようなレベルにいる井上が、今回のディパエンのようにワールドクラスと思われていない選手と対戦した場合は、見る者の満足度という点でKO勝利が義務づけられます。その点が見どころですが、井上なら見事にKOしてみせるでしょう。現在の井上が、格下の選手を相手にずるずるとラウンドを重ねるとは思えません。ワシが滑空して獲物を捕らえるように、ディパエンをあっという間に仕留めてしまうのではないでしょうか。

【望むのはドネアとの再戦や強敵との試合】

 井上のようにリング・ジェネラルシップ、ボクシングIQ、テクニック、身体能力をすべて兼備した選手は希少です。そして、今の彼はキャリアの全盛期にいると私は考えています。一般的に、軽量級の選手は重量級ほど息が長くなく、20代でピークが終わることが多い。だから井上には、今のうちにできる限り多くリングに立ってほしいし、私たちもその戦いを見逃してはならないのです。

 私は井上を極めて高く買っているので、先ほども話した通りどんな試合でも楽しみですが、やはり『リングマガジン』の階級ランキングでランクインしているような選手と戦ってほしいとは思っています。

 今後については、2022年は1年に3戦をこなす以前のようなスケジュールに戻ってほしいですね。できればジョンリエル・カシメロ(フィリピン)との統一戦か、カシメロがバンタム級を離れることになるのであれば、ノニト・ドネア(フィリピン)とのリマッチをぜひとも実現させてほしいです。

 ドネアとの第1戦は、今思い返しても本当にすばらしい戦いでした。単なるファイト・オブ・ジ・イヤー(年間最高試合)ではなく、バンタム級の歴史に刻まれ、語り継がれるような激闘だったと思います。

 あの試合は敗者の評価も高めてしまう珍しい試合になりました。ドネアは殿堂入りも確実の偉大な選手であり、そんなベテランの名声が敗戦後に高まったのは特筆すべきことです。ドネアが井上を追い詰めた名勝負の再現を見たくないファンはいないはず。もちろん私も大歓迎です。

 井上は『リングマガジン』のパウンド・フォー・パウンド・ランキングでも、トップに手が届く位置にいます。現在、スーパーミドル級を統一したばかりのサウル・"カネロ"・アルバレス(メキシコ)が1位。井上は一時2位につけていましたが、世界ヘビー級タイトルを勝ち取ったオレクサンデル・ウシク (ウクライナ)が2位、ショーン・ポーター(アメリカ)にKO勝ちしたテレンス・クロフォード(アメリカ)が3位に浮上したため、現在は4位です。

 同ランキングで順位を上げるためには、いわゆる"アイ・テスト(表層上の能力評価)"だけではなく、強敵と定期的に戦うことが条件になってきます。"アイ・テスト"のみの査定なら、私は井上を1位に据えるかもしれませんが、実際にはレジュメ(戦歴)が重要になります。

 対戦相手の質が落ちたことで、クロフォードも2位から4位に落ちた時期がありました。今回、井上も同じようにランクダウンしましたが、強豪を倒し続ければ再上昇は十分に可能です。バンタム級周辺でエリート選手を相手に3勝ほどすれば、日本人史上初の1位に浮上し、歴史を作ることも可能かもしれません。そんな日が来ることを楽しみにしながら、私はこれからも井上のキャリアを見守り続けようと思っています。