連載「元世界王者のボクシング解体新書」:力みや間がない井上のパンチは非常に危険 ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回は「日…

連載「元世界王者のボクシング解体新書」:力みや間がない井上のパンチは非常に危険

 ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える連載「元世界王者のボクシング解体新書」。今回は「日本ボクシング史上最高傑作」と呼ばれる井上尚弥(大橋)に注目。12月14日のアラン・ディパエン(タイ)戦の展望と、強さの理由を解説する。

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 12月14日、両国国技館でボクシングWBAスーパー&IBF世界バンタム級タイトルマッチが行われ、王者の井上尚弥(大橋)がWBA同級10位&IBF同級5位アラン・ディパエン(タイ)と対戦する。

 井上は2019年11月にノニト・ドネア(フィリピン)と対戦して以来、約2年ぶりに国内のリングに立つ。凱旋試合だけあって注目度も非常に高い。発売したチケットも抽選になり、すでに完売した。

 現在、井上は全階級合わせてもトップ5に入る実力者で世界的な知名度を誇っている。海外でも広く知られるようになり、ボクシング界のレジェンドであるマイク・タイソン氏に「彼はとんでもない奴だ。彼はマニー・パッキャオ以上だ」と言わしめている。

 これまでのプロ戦績は21戦全勝(18KO)。攻防のバランスも良く、バンタム級とは思えないパンチ力で数々の相手をマットに沈めてきた。パンチを当てるタイミングやコンビネーションのバリエーションなど、技術レベルも一流だ。

 特に反応できないタイミングでパンチを打つため、相手としたら気づいたら倒れている感覚に陥るだろう。ボクシングでは、必ずしも強いパンチだからといって倒れるわけではない。気づかない、来ると予想してなかったパンチこそ効果的だ。

 井上のパンチは力みや間がないため、相手からしたら非常に危険なパンチだ。

 勢いもあり、正直負ける姿が想像できない。ここ最近の試合でも2020年10月にジェイソン・モロニー(オーストラリア)、2021年6月にマイケル・ダスマリナス(フィリピン)と対戦し、各団体の1位の指名挑戦者を相手に圧勝している。

 現在はバンタム級の4団体統一を目指しており、王者クラスでないと相手にならないほどだ。

 今回の試合の対戦相手候補として、バンタム級トップクラスの元王者ルーシー・ウォーレン(米国)やゲーリー・アントニオ・ラッセル(米国)、WBO同級5位のニコライ・ポタポフ(ロシア)などの上位ランカーに打診したが、すべて断られたようだ。

 その中で唯一、井上との対戦を承諾したのがアラン・ディパエン、世界的には無名の相手だ。戦績は12勝(11KO)2敗、2019年に日本人ボクサーの荒川竜平と対戦し、2ラウンドTKO勝利している。これまで世界的な選手との対戦経験がなく、大方の予想は井上の圧勝だろう。筆者もその予想ではあるが、油断は禁物だ。

油断は禁物も…気になる対抗王者の戦いと今後の動向

 最近ではライト級の4団体統一王者だったテオフィモ・ロペス(米国)が、世界的には無名だったジョージ・カンボソス・ジュニア(オーストラリア)に敗れるという大番狂わせがあった。無敵を誇ったマイク・タイソン氏もかつて、圧倒的有利と見なされていた試合で敗れたこともある。

 特に挑戦者たちは、勝てば一気に人生が変わるため普段の120%増しで臨んでくる。世界的に知名度がある井上に勝てば、一気に注目される存在となるため、ディパエンも死ぬ気で向かってくるだろう。

 井上が負ける姿は想像できないが、ムエタイの経験があるタフな挑戦者を倒すのに苦戦する可能性はある。懸念はあるものの、井上が「どこに気をつけるというより、自分自身に気をつけないといけない」と話しているように、本来の実力を発揮できれば勝てる試合だろう。

 一方で、12月11日(日本時間12日)には、井上の対抗王者である2人の対戦にも注目したい。

 WBCバンタム級王者のノニト・ドネアは、WBC同級暫定王者のレイマート・ガバリョ(フィリピン)と対戦する。また、WBOバンタム級王者のジョンリル・カシメロ(フィリピン)も、同級1位ポール・バトラー(英国)と対戦する。同階級のライバル王者たちが同じタイミングで戦うため、結果によっては、どちらかとの統一戦が実現するかもしれない。

 ボクシングの場合、プロモーターが違うと試合実現に向けた交渉が困難になるが、王者同士のビッグファイトともなれば事情も変わってくる。

 井上は自身の最終ゴールを35歳に設定している。状況によって変わるかもしれないが、今が身体的にも一番ピークの時期なのは確かだ。今後も世界のトップで戦い抜くためには、今回の試合で勝利するのはもちろん、勝ち方も重要になるだろう。

 ボクシング関係者と話すと、必ず話題に上がるほどの選手だ。日本ボクシング史上最高傑作と言われた井上がどこまで行けるのか、注目したい。(木村 悠 / Yu Kimura)