一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第10回は陸上・寺田明日香 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタ…

一人の記者が届ける「THE ANSWER」の新連載、第10回は陸上・寺田明日香

 2021年も多くのスポーツが行われ、「THE ANSWER」では今年13競技を取材した一人の記者が1年間を振り返る連載「Catch The Moment」をスタートさせた。現場で見たこと、感じたこと、当時は記事にならなかった裏話まで、12月1日から毎日コラム形式でお届け。第10回は、陸上女子100メートル障害の日本記録保持者・寺田明日香(ジャパンクリエイト)が登場する。4月に日本記録を0秒01更新し、感情が爆発。東京五輪へ挑む姿は、一人娘に努力の尊さを見せていた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 0秒01で何ができるだろう。「あ」と言う、パチンと指を鳴らす。これくらいだろうか。高橋名人の1秒間16連射でも1発当たり0秒0625。そんな一瞬を縮めるのに606日かかった。

 4月29日の織田記念国際(広島)。31歳の寺田は、雨の上がったばかりのレーンをトップで駆け抜けた。表示された速報値は、自身の日本記録と同じ12秒97。天を仰ぎ、悔しそうに苦笑いを浮かべた。「もうちょっとだったのに」

 破れない0秒01の壁。しかし、フィニッシュから27秒後、確定タイムは12秒96(追い風1.6メートル)に修正された。「ぎゃ~!!」。大の字で跳びはね、笑顔で感情を爆発させた。

 2019年9月1日に19年ぶりの日本新記録を出してから606日。11本目のレースで壁をぶち破った。たった0秒01の更新で一気に沸騰した感情。どれだけの努力があり、想いが込められていたのか。その刹那は美しく、カッコよくもあった。

 日本選手権3連覇など第一線で活躍したのち、怪我などを理由に23歳で一度は競技を引退した。14年に結婚し、長女・果緒ちゃんを出産。2年後に7人制ラグビーへ挑戦すると、19年に陸上競技へと復帰した。

「原動力は娘です」と胸を張って言える。小学1年の一人娘。0秒01を縮めた努力の裏には「夢に向かう姿」を覚えておいてほしいという願いがあった。

「まだ小1ですが、娘に母親の頑張っている姿を見せることで、将来的に『ママ、あの時頑張ってたな』『自分の夢に向かってやっていくってこういうことなんだな』と少しでも思ってもらいたいです」

 子どもに「成功」を求めているわけではない。将来、好きなことを見つけ、多くの人に出会う。その過程を大事にしながら成長してほしい。だからこそ、自身の後ろ姿や言葉を全身全霊で伝えてきた。

0秒01更新で喜びを爆発させた数秒後、娘を探し「早くおいで!」

 東京五輪の夢を追う中、日本記録を塗り替えたレース。寺田は喜びを爆発させたほんの数秒後、両手をおでこにかざし、スタンドにいる6歳の愛娘を探した。「おいで! 早くおいで!」。下から煽るように腕を振った。タイムが表示された電光掲示板と記念撮影。娘はママの胸に飛び込み、嬉し涙を流した。ボードの前で写真を撮るのは、母娘の約束だった。

「嬉しいって言われた時に私もウルっと来ました。嬉しくて泣くというのが彼女の中にある。しかも、自分が走って記録を出したことに対して嬉しくて泣くというのは、母親として彼女の大きな成長を感じます。それを私ができたことも嬉しかった」

 母娘愛を溢れさせるハードラーに「子どもの魅力」を聞いたことがある。記者は同い年の独身。世のお父さん、お母さんには当たり前のことかもしれないが、未熟な自分にとって説得力のある言葉だった。

「逆に子どもに対してどう思ってますか? うるせえなって思ってます?(笑)私も人間なのでイラッとすることもあるし、感情的になってしまうこともあります。でも、子どもが近くにいると『自分の知らなかった自分』が見えてきません? イライラしても、その時点で自分じゃない自分が出ているんですよね。

 子どもに何かを伝える時も『あっ、私ってこういう言い方するんだ』とか。その子がこの言葉でどう感じるか、それを考えている自分がそもそも“自分じゃない自分”になっている。新しい面に気づかせてくれるし、私にない新しい発想も持っている。一緒に成長できる存在として凄く大きいと思います」

 0秒01縮めた33日後、寺田は12秒87で再び日本記録を更新した。6月末の日本選手権は大会史上最長ブランクとなる11年ぶりの優勝。東京五輪は日本勢21年ぶりの準決勝進出を果たした。レース直前、自信に溢れたカメラ目線の笑みもカッコいい。大目標だった決勝進出は叶わなかったが、準決勝直後は充実した表情で涙を浮かべた。

 4か月が経った12月9日、都内で「日本陸連 アスレティックス・アワード 2021」に出席。次世代に向けて夢を持つことの大切さを語った。

「一つのことに夢中になって取り組むことで見えてくる世界がたくさんあります。自分の目標をつくって進んでいく中で、いろんな方々に出会う。自分の夢がいろんな方々の夢にもなる。一緒に夢に向かって、あーだこーだ言ってやっていけることの楽しさだったり、幸せだったり、そういうことを感じられるのがスポーツの良さだと思っています」

 夢を叶えるために何万時間もかけた母親の姿。その尊さは愛娘にも伝わったはずだ。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)