2017年創部「NARA-Xアスリーツ」が思い描く企業とアスリートの関係 今年11月、長距離や駅伝を中心に活動してきた八千代工業陸上競技部が今年度限りでの休部を発表した。同じく3月には、全日本実業団対抗駅伝を2度制した名門・日清食品グループ…
2017年創部「NARA-Xアスリーツ」が思い描く企業とアスリートの関係
今年11月、長距離や駅伝を中心に活動してきた八千代工業陸上競技部が今年度限りでの休部を発表した。同じく3月には、全日本実業団対抗駅伝を2度制した名門・日清食品グループ陸上競技部、瀬古利彦らを輩出名門・ヱスビー食品の流れを汲む横浜DeNAランニングクラブ(個人選手の支援は継続)が活動を休止。コロナ禍により経営に苦しむ各企業にとって、採算を度外視した実業団チームの維持は負担になりつつある。
一方で青山学院大学陸上競技部・原晋監督が中心になり、市民ランナーや実業団から戦力外通告を受けた選手を集めて結成された「絆ランニング倶楽部」など、実業団の大会への参加を目指す「クラブチーム」も増えている。転換期にある陸上界の中で、「クラブ型実業団チーム」という新たな形をとり、画期的な方法で活動を続けるクラブがある。彼らが思い描く企業とアスリートの新たな関係に迫った。(文=梅本 タツヤ)
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「日本初『クラブ型実業団』女子マラソンチーム」を掲げる「NARA-X(ナラックス)アスリーツ」(以下、NARA-X)は2017年創部、奈良県に本拠地を置き実業団登録をしているクラブチームだ。彼らが従来の実業団の形態と異なるのは、チームがスポンサー企業を募り、その企業で所属選手がフルタイム勤務を行っている点だ。
そもそも従来の実業団は、選手が単一の企業に所属しており、その企業名を背負って競技会などに出場する。ほぼ競技に専念できる会社もあれば、半日社業に取り組んで、午後から練習をする会社もあるが、総じてチームを持つ企業の「アスリート社員」として属している。
一方、「NARA-X」は奈良県内のスポンサー企業で社員として働くが、所属先企業はバラバラで、仕事内容も千差万別。その企業で働く「社会人」として、平日はフルタイム勤務をこなしながら、仕事後や休日にクラブの活動として練習や試合参加などを行う。「クラブチーム」の形態をとり「実業団」として活動しているのが「クラブ型実業団」の実態だ。
「それまで奈良県には実業団チームがなく、また実業団を1社で支えられる上場企業も少ないのが正直なところでした。そこで従来の実業団の運営に、Jリーグなどの運営方法を当てはめました」
クラブの創設メンバーのひとりであり、現在は監督兼運営会社の代表を務める大歳研悟氏は、クラブの成り立ちをそう語る。
同志社大学陸上競技部出身で、学生時代から「奈良に陸上の実業団チームを作りたい」という思いを持っていた大歳氏は、卒業後に入社した一般企業を途中退社後、実業団のマネジメントに有用になると、行政書士の資格を取得。士業の傍ら母校の駅伝コーチを続けながら、奈良の学生レベルの指導者たちとの繋がりを増やしていった。
そこで改めて思い知ったのが、奈良県陸上界のレベル低下への危機感と実業団チーム存続のハードルの高さだった。一念発起して地元の指導者らと「NARA-X」を設立。奈良でも活動を持続できる形態を模索した結果、クラブ型実業団という形態にいきついた。現在所属する2人の女子選手は地元の薬品企業で働いており、来年加入予定の新卒選手は県内の保険会社で勤務する予定だ。
「クラブ型実業団」形態の2つのメリットとは
この形態をとるメリットは2つある。
1つは「地域とのつながり」。2015年の調査で全国2位となった高い県外就業率は、奈良県内の企業が持つ課題の一つだ。雇用に悩みを抱える企業にとって「NARA-X」の選手たちを受け入れて雇用することは、単純な広告効果に留まらない大きなメリットとなる。また地元のイベントに積極的にするなど、Jリーグを参考にした地域密着活動により、徐々にスポンサー企業も増加。クラブが事業の一つとして担う地域情報サイト運営もその例だ。男子選手や監督自身が掲載店舗へ赴いて取材を行うことで、クラブと地域の関係づくりを行っている。
大阪出身で、所属2年目になる平田由佳は「奈良の市民ランナーの方と一緒に練習もするので、仲良くなりました。(働いている企業の)社長をはじめ、職場の方にも応援してもらっているし、やりがいを感じます」と地域に根差した活動に手応えを感じている。
もう1つは「生涯スポーツ」として競技に向き合えるという側面だ。陸上の女性アスリートが「結婚・出産」といったライフイベントにより競技から退く例は、枚挙に暇がない。駅伝チームを持つ実業団であればなおさらで、厳しいチーム内競争や契約との狭間で悩む女性アスリートは少なくない。しかし「NARA-X」は、クラブ型であるため熾烈な競争や「結婚・出産」による引退勧告などはなく、本人が望むなら生涯クラブに所属することが可能だ。またチーム外にフルタイムでの仕事を持っているため、引退後のセカンドキャリアも確保されている。
もちろんメリットばかりではない。フルタイム勤務を行うことは、練習時間が限られる上に、身体的負担も大きい。2017年の「NARA-X」立ち上げ時から所属する大井千鶴は「(加入当初は)なかなか生活リズムに馴染めず辛かった。一社員として残業もある中で、学生時代と比べると圧倒的に練習時間を取れない。一方でスポンサーに応援されているクラブの一員として結果を出さないといけないプレッシャーもあった」と当時を振り返る。
純粋な競技環境としては不利なことしかないように見えるが、苦しい生活の中でも、様々な気づきが彼女を成長させていった。
「まずアスリートというより社会人として成長できた。お金をもらうことの責任感や、会社の理解の上で競技ができていることを知ることがモチベーションに繋がりました」
競技面でも変化があった。がむしゃらに量と時間をかけるだけだった学生時代と比べて、一つ一つの練習の質にこだわるようになり、リカバリーの重要性にも気づいた。
「実業団の選手には練習量では敵いません。だから自分の体の状態をしっかり見極めて、無理をしない。調子が悪ければスパッと練習を切り上げる。あとは睡眠や食事に徹底的にこだわる」
そういった工夫が、フルマラソンの自己ベスト更新や今年の大阪国際女子マラソン20位など、徐々に結果にも表れるようになってきた。
「社会人を経験し、いろんな角度から競技を見ることで、オンオフの切り替え方だったり、モチベーションの持ち方だったりに活かせる」と大歳監督が話すように、従来の実業団選手とは違ったアプローチでの、競技レベル向上に挑んでいる。
始まったばかりの夢「いつか奈良のクラブから五輪選手を」
所属するのは女子マラソン選手がメインだが、広報兼任の男子選手に、市民ランナーをサテライト選手として加えて出場した今年の関西実業団対抗駅伝(龍神駅伝)では、クラブチームとして最上位の7位になるなど、活動の幅を広げている。また地元の子供たちへの陸上教室を頻繁に開催。地域密着型クラブとして、着実に歩みを進めている。
「まずは奈良の子供たちに憧れられる存在になりたい。いつか奈良のクラブから五輪選手を出したい」(大歳代表)
「(女子選手の)新しいキャリアのモデルになりたいです。おばあちゃんになっても走っていたい」(大井)
実業団の休部・廃部が相次ぐ陸上界は、今、岐路に立たされている。その中で「NARA-X」が取り組む「クラブ型実業団チーム」としての活動は非常に示唆に富んでいるように見える。今後、彼らに似たような形態のクラブは、全国に確実に増えていくだろう。
「地域密着」と「生涯スポーツとしての環境づくり」。まだまだ競技レベルでの実績は乏しいが、2つの軸を武器に、陸上界のアウトサイダーといえる彼らの夢は始まったばかりだ。(梅本 タツヤ / Tatsuya Umemoto)