キャッチボールのパートナーを務めた坂口翔颯(かすが/國學院大1年)は、今まで受けたことのない球筋に驚きを隠せずにいた。「いや、もう、すごすぎて......。伸びがすごくて、だいたい『このへんかな』と予想してグラブを構えるんですけど、それよ…

 キャッチボールのパートナーを務めた坂口翔颯(かすが/國學院大1年)は、今まで受けたことのない球筋に驚きを隠せずにいた。

「いや、もう、すごすぎて......。伸びがすごくて、だいたい『このへんかな』と予想してグラブを構えるんですけど、それより上にギューンと伸びてきて、何回も頭を越えそうになりました。しかも、コースがブレずに自分の正面にくるうえ、すごい伸びだったので。とにかく『すごい』の一言でした」



二刀流としてプロ入りを目指す日体大・矢澤宏太

 身長173センチ、体重70キロの細身の左腕がしなやかに腕を振り下ろす。50メートルほどの中距離投にもかかわらず、ボールは噴射されたロケットのように加速して坂口のグラブを叩く。

 ちょうどその場に通りがかった國學院大の鳥山泰孝監督が、興奮した様子で坂口にこう漏らした。

「これまで山岡(泰輔/オリックス)とかいろんな選手のキャッチボールを見てきたけど、矢澤が一番だな」

 左腕の名前は矢澤宏太。日本体育大の3年生である。矢澤は12月3日から5日まで実施された大学日本代表候補の強化合宿に招集された。

【DH制採用の首都大学リーグで「4番・投手」として出場】

 強化合宿に呼ばれた44名は、投手なら紅白戦2イニングずつ、野手なら紅白戦で6〜7打席与えられ、それぞれの技量をアピールする。ただし、矢澤だけは例外だった。投手として2イニング登板した上で、外野手としても4打席に立った。矢澤は投手としても野手としても大学トップクラスの「二刀流」なのだ。

 矢澤は二刀流について尋ねられるたび、こう語っている。

「保険をかけるつもりならやらないほうがいいと思いますが、ピッチャーでも野手でも勝負しているつもりです」

 日本体育大が所属する首都大学野球連盟はDH制を採用しているが、矢澤は今秋のリーグ戦で「4番・投手」として出場する試合もあった。

 ただし、現時点では「野手・矢澤」を支持するスカウトのほうが多いようだ。今回の合宿中に光電センサーで計測した50メートル走で、招集選手1位の5秒80を計測した快足。シートノックで格の違いを見せつけた、低く伸びるスローイング。小柄ながら爆発力のある打撃。ここまで高い次元で走攻守を併せ持つアマチュア選手など、そういるものではない。

 ましてや、現在の矢澤は「普段は投手の練習が8〜9割、空いた時間にバッティング練習をするだけ」(日本体育大・古城隆利監督)と、投手中心の練習メニューを組んでいる。野手に専念したら、とてつもなく伸びる可能性がある。

 それでも、「野手に専念すべき」という声が上がらないのは、「投手・矢澤」が着実に進化し続けているからだろう。

【代表合宿で「三振を狙いにいきました」と3者連続三振】

 合宿の紅白戦では、「三振を狙いにいきました」という立ち上がりに鷲田亮太(横浜商科大3年)、中村貴浩(九州産業大3年)、吉田賢吾(桐蔭横浜大3年)から目論見どおり3連続三振を奪った。2イニング目も三者凡退。颯爽と一塁側ベンチ前まで戻った矢澤は、守備から戻る一人ひとりと笑顔でグータッチを交わした。矢澤は合宿中、意図的に他大学の選手たちと交流を図っていたという。

「大学トップの選手が集まるなかで、いろんな選手に話しかけている姿を見て、一人ひとりの向上心を感じました。自分もそれを忘れちゃいけないなとあらためて感じました」

 この日は最速147キロをマークしたストレートに加え、縦横2種類のスライダーとチェンジアップも冴え渡った。課題だった制球力も向上している。在学する日本体育大には、投手の個性に応じて能力を伸ばしてくれる辻孟彦コーチという心強い存在もいる。

 このまま右肩上がりに成長し続けるのではないか----。今の投手としての矢澤を見ていると、そんな希望がふくらんでいく。

 代表の大久保哲也監督は、「真っすぐが強いうえにスライダーは非常にキレがある。ピッチャーとしても十分にいけると感じました」と高く評価した。

 今回の招集は来年7月開催予定のハーレムベースボールウィークに向けたもので、最終選考は来年6月。代表選手発表はまだまだ先ながら、現時点では矢澤が代表の目玉選手になりそうだ。

 今年のユーキャン新語・流行語大賞に「リアル二刀流」が選ばれた。投打とも来年のドラフト上位候補クラスの力がある矢澤は、「ネクスト・リアル二刀流」として大きな注目を集めることになるはずだ。合宿終了後、リモート会見で大谷翔平(エンゼルス)について問われた矢澤はこう答えている。

「自分と比べていいのかなというくらいのレベルの差があるので。まずは自分のピッチングも野手としてもドラフト1位のレベルにしていくことを目指します」

 いずれは投手、野手のいずれかに絞る日がくるかもしれない。それでも、多くの人を悩ませ、議論させるだけの能力を矢澤宏太は手に入れようとしている。