箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、帝京大学・中野孝行監督が語る本番に向けた仕上げ方 毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか―…
箱根駅伝「ダークホース校の指導論」、帝京大学・中野孝行監督が語る本番に向けた仕上げ方
毎年1月2日と3日に行われる正月の風物詩、箱根駅伝の開催が近づいている。今年度の大学駅伝は例年以上に混戦模様。各校はいかにして“戦国時代”を生き抜くのか――。「THE ANSWER」では、強豪校に挑む「ダークホース校」の監督に注目。前回の箱根駅伝で総合8位、帝京大学を率いる中野孝行監督に勝負の2日間に向けた指導のポイントを聞いた。(取材・文=佐藤 俊)
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帝京大学駅伝競走部で指揮を執る中野孝行監督は、今年で就任16年目を迎えた。4年連続で箱根駅伝のシード権を獲得するなど、チームは非常に高いレベルで戦えていることが見て取れる。「育成の帝京」とも言われるが、指導のポイントはどういうところに置いているのだろうか。
――よく「育成の帝京」と言われますが、この評価については?
「私は、育成とは違うかなと思っています。縁があってうちに来た選手、強い選手も弱い選手も箱根駅伝に向けて戦える選手になるために力を伸ばしているだけなので、それは育成ではなく、指導なんですよ」
――箱根という目的に向けて指導する上で、何か特別なことは考えていますか?
「うちは最初の頃、ベースを作ることを大事にしていたので、あまり記録会とか試合に出さなかったんです。ベースがないのに、ポンと記録が出ただけでは意味がないので、練習をしっかり積んでいくことを重視しました。
陸上にはタメが必要なんですよ。蓋でグっと抑えてタメを作ると、取った時にパーンと上に弾けていくじゃないですか。普段から蓋を開けていると伸びしろは小さくなる。ただ単に自信をつけさせるための記録会やレースには出したくないんです。今、自分がどのくらいの位置にいるのか、今このくらいのタイムで走れるというのを客観的に見るために記録会は使うものだと思うんです。今はシューズのおかげでポンと走ってタイムが出てしまうことが多いですが、それは本当の実力なのかということですよね。大会や選手権は勝負になりますけど、本当の記録は勝った後についてくるものだと思います」
――練習に取り組む上で、どういうことを意識していますか?
「うちはタイムよりもレースを想定し、レースで100%の力を発揮することを意識して練習しています。例えば、ゆっくりのジョグでもダラダラ走るのではなく、『いつでもラストスパートをかけられる状態でやりなさい』と言います。学生は、楽な練習のことを『抜き練』とか言うけど、『そんな練習ないぞ』ってきつく言いますね(苦笑)」
敢えてペースを落とし、常にレースを想定して練習
帝京大学の練習は、常に実戦を想定している。例えば400メートルのインターバルのスピードは、高校生でも走れるペースに設定。敢えて、ペースを落としているのは、レースをイメージしているからだ。400メートルのインターバルのスピードで、ハーフを走れるかと言われると、ほぼ不可能だ。絶対的なスピードを上げることに苦心するよりもある程度のスピードを維持し、落とさないで走り切る力をつけた方がレースでは活きる。
――タイムは、それほど重視しないという考えですか?
「私は、必ずしも5000メートルを13分台で走る練習をしなければいけない理由はないと思っています。スタートして最初の5キロ、10キロは後ろにいるかもしれないけど、ゴールしたら前にいて、日本記録に迫っている。日本人の気質としては、そういうレースの方が得意だと思うんです。そのためにインターバルでは休まない。連続して走ると苦しいけど、レースを想定すると、この方が確実に力になりますね」
――レースの結果を見ると極端にブレーキになることが少ないですね。昨年の箱根駅伝も1、2区以外はコンスタントに結果を出していました。
「それは私が1人でやったのではなく、帝京大のサポートのおかげです。大学にはスポーツ医科学センターがあって、栄養面、フィジカル面でのサポートはもちろん、リサーチもしてくれるんです。グラウンドに来て、選手がどんな練習をして苦しんでいるのか、どんな練習が楽なのかなどを見てくれています」
――そこまでカバーしていかないと箱根では勝てない。
「箱根駅伝は、以前は1区間、ブレーキがあっても他でなんとか取り返すことができたんですけど、今はたった一つのミスが命取りになるし、レースに大きな影響を及ぼします。ですから準備が大事。レース前はかなり慎重になりますね。失敗させられないので、レース直前はレールを敷いてしまいます。学生は本番に向けてテンションが上がるので、ついやり過ぎてしまうんですよ。だから、『頑張りどころを間違えるなよ』って学生たちに言い聞かせています」
――箱根前は、練習量をかなりセーブするのですか?
「レースは、いかにフレッシュな状態で臨めるかだと思うんです。そのために練習量を減らすのはいいけど、質を落としたり、動きを変えてはいけないですね。これまでジョグで90分走っていたのを40分にするのはいいけど、質を落として接地や動きまで変える必要はないんですよ」
ジョグについても、ただ距離を稼ぐためだけにするのでは意味がないと説く。なんのためのジョグなのか。一つひとつの練習において、考えることを中野監督は、学生に求めている。そういう集合体でなければ、箱根で強豪校相手に厳しい戦いを演じ、シード権を獲得できる10位以内に生き残ることはできないからだ。
■中野孝行(帝京大学駅伝競走部監督)
1963年生まれ、北海道出身。白糠高校卒業後、国士舘大学へ進学し箱根駅伝に4回出場。卒業後は実業団の雪印乳業に進み、選手として活躍した。引退後は三田工業女子陸上競技部コーチ、特別支援学校の教員、NEC陸上競技部コーチを経て、2005年から帝京大学駅伝競走部監督に就任。2008年から15年連続でチームを箱根駅伝に導いている。(佐藤 俊 / Shun Sato)
佐藤 俊
1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、大学駅伝などの陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『学ぶ人 宮本恒靖』(文藝春秋)、『越境フットボーラー』(角川書店)、『箱根奪取』(集英社)など著書多数。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。