「THE ANSWER the Best Stories of 2021」、伊藤華英さんが語る「選手への中傷問題」 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信…

「THE ANSWER the Best Stories of 2021」、伊藤華英さんが語る「選手への中傷問題」

 東京五輪の開催で盛り上がった2021年のスポーツ界。「THE ANSWER」は多くのアスリートや関係者らを取材し、記事を配信したが、その中から特に反響を集めた人気コンテンツを厳選。「THE ANSWER the Best Stories of 2021」と題し、改めて掲載する。今回は2008年北京、2012年ロンドンと五輪2大会に出場した競泳の伊藤華英さんだ。

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる多様な“見方”を随時発信した。

 今回は8月に掲載した「アスリートへのSNS上の中傷問題」。大会では卓球の水谷隼、体操の橋本大輝、村上茉愛、サーフィンの五十嵐カノアらがSNSで誹謗中傷を受けたことを告白し、話題となった。引退後は大学院でスポーツ心理学を学び、元トップ選手である立場からスポーツ界の新たな課題について伊藤さんが思うこととは――。(構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 今大会、アスリートに対するSNS上で中傷されるという問題が起こりました。選手たちは自らその競技を選択し、多くの時間を費やし、プレッシャーの中で戦う。日々の生活もすべて競技に捧げる人であることを忘れてほしくありません。

 そういう人たちがこの舞台に立っていると感じ、「もし、自分の立場だったら……」と置き換え、思いやりを持てる世の中だったらいいなと感じます。もちろん、逆の立場に立ってもし五輪にまったく縁がない存在だったら意見が多く出てしまうかもしれない。スポーツより今の生活を何とかしてほしい気持ちになるのも当然です。自分の生活が何よりも大切なので。

 ただ、五輪の舞台で輝いているように見える選手たちのそれはほんの一瞬のこと。見えないところでずっと練習やトレーニングを重ねてきて、やっと花開いた人たち。はけ口にする前に、その時間をちょっとでも想像してみてほしいと思います。

 背景にはやはりSNSの普及も大きい。SNSが流行って10年以上経ち、これまでさまざまな課題がありましたが、スポーツ界も避けて通れない状況。いつ、誰でも自分の考えを発信できる時代になり、リテラシーの問題は社会全体で考えていく必要があると思います。

 どちちが良い悪いではなく、こういう問題が起きていることを中傷する側もされる側も、何も関わっていない人も考えるべきと感じます。新しい時代の課題。こういうツールがあったから生まれたことなので、「なんでこんなことが起きるんだろう」と思うより、時代の変化に対応し、社会全体で時代に適したルールを作る必要があります。

 今回、アスリート側については心の問題がフォーカスされました。トップアスリートはさまざまな声をもらいますが、対処できない場合もあります。金メダル2つを獲得した競泳のアダム・ピーティ選手(英国)は休養を発表し、リオ五輪の体操個人4冠シモーネ・バイルズ選手(米国)は大会途中で棄権しました。

 共通するのはメンタルヘルスの問題です。アスリートだからといって鋼の心を持っているわけではありません。ファンがいるから頑張れるのですが、だからといってファンだから何を言ってもいいのか、パーソナルスペースに入り込んでいいのか。彼らの競技人生に影響を与えることがあるかもしれないと理解し、SNSへの投稿に気をつけてほしいと思います。

 五輪ではどの選手もベストを尽くし、正々堂々と戦った結果、勝者と敗者が生まれます。結果自体ではなく、そこまでに向かう姿勢にスポーツの魅力は存在しています。アスリートとファンが互いにリスペクトし合う姿勢が、日本でも強く求められます。

アスリートを守るためにすべきは2つ「メンタルサポートの充実を」

 SNSの中傷からアスリートを守るためにすべきことは2つあると思います。1つ目はアスリートのメンタルサポートの充実です。今、日本で認定されるのは日本スポーツ心理学会で資格を持った人に限られていますが、そういう専門のスタッフが介入していくこと。

 最も理想的なことは各競技に常駐することです。選手からしても1か月に1度講習に来る程度でもありがたいのですが、それでは信頼関係がなかなか築けない。どういう人か分からなければ、本当に困った時に話せない。コーチと同じようにチームに帯同することなのかもしれません。

 そもそも、メンタルトレーナーとはどういう仕事なのか。本当に多くの領域がありますが、一つは心のセルフコントロールをできるようにスキルアップしていくこと。トレーニング方法が多く存在し、何か不安に直面した時に「まずはこの場所から離れよう」と判断したり、「自分はちゃんと準備してきたから大丈夫」と自分に言葉をかけたり。意識しないとできないことであり、それも一つのスキルです。

 例えば、今大会のサーフィン、マラソンのように競技日程が変わったとする。でも、技術のトレーニングと同じように、しっかりとメンタルトレーニングが、本番で何かあった時に「自分は大丈夫なんだ」という裏付けになる。ちょっと落ち込んだ時に自分を持ち直せるレジリエンス(回復力)を獲得できるようにトレーニングするなど、メンタル面からパフォーマンスを上げていくのが彼らの仕事です。

 しかし、今はフィジカルトレーナーがそれを担っている部分もあります。コーチに話せないことを聞いてあげて、不安を解消する。現実として、メンタルトレーナーの役割と価値が確立されていません。定期的にサポートをしている競技は多くありますが、給与も人それぞれ異なり、どの程度の頻度で担当するか契約も難しい。五輪に行ってもメンタルトレーナーはIDが配布されないという壁もあります。

 ソフトボール代表は珍しくメンタルトレーナーが帯同している競技です。選手と一緒に長期合宿も参加し、この5年間ずっと支えてきましたが、大会中に選手たちと会場外でのコミュニケーションだったと聞きます。そういう点から差が生まれる時代だと思います。

 もう一つは、各競技団体がアスリートからの声を吸い上げ、しかるべき機関に、例えば、五輪競技ならJOCに文書として提出すること。今、スポーツ界の課題として取り上げられている性的画像問題も日本陸連が発信したことから大きな動きにつながったわけです。そして、JOCや多くのスポーツ団体が取りまとめてスポーツ界全体として動くことが最も大切です。

「こういうアカウントはブロックしてください」という個々の指導は限界があり、根本解決にはなりにくい。性的画像問題も逮捕者が出て、件数がかなり減ったと聞きます。これはいけないことだと世の中に毅然と示していく。アスリートは言われても仕方ない、言論の自由だという意見があっても、スポーツ界全体で取り組む姿勢が必要です。

 最後に。改めて、これは競技生命にかかわり、選手がスポーツ界で活躍できなくなる可能性を秘めた問題です。もし、こうした声に直面している選手がいるなら、どうか一人で悩まないでほしい。決して、あなたが悪いわけじゃない。頑張ったことに誇りをもって前を向いてほしいと思います。そして、スポーツ界として受け止めて、みんなで解決し、アスリートを救っていかなければいけません。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)