サッカーは庶民のスポーツとして発展してきた。だから、サッカージャーナリスト・後藤健生も、移動には公共交通機関を使う。た…

 サッカーは庶民のスポーツとして発展してきた。だから、サッカージャーナリスト・後藤健生も、移動には公共交通機関を使う。ただし、時と場合によっては、タクシーに乗ることもある。車内という小さな空間も、世界を知る窓となるのだ。

■地図を差し出したバレンシアの運転手

 僕はバレンシアに行ったのはこれが初めてで、しかも、たった今、列車で到着したばかりだというのに……。まあ、ラテン系の人たちは地図が苦手という人が多いようです。「何広場の猫が居眠りをしている角を右に曲がって……」というように地理を記憶しているのです。

 仕方がない、ホテルは旧市街のすぐそばだったはず。地図で調べて場所を確認し。初めて着いたばかりのバレンシアでナビを始めたのです。

「次の角を左ね」。「ダメだ。次は一方通行だよ」。「じゃ、3つ目の角は曲がれる?」といった会話を繰り返しながら、僕はようやくホテルまで辿り着いたというわけです。

 2001年4月にアルゼンチンに行った時、サンロレンソの試合を見に行ったら、スタジアム前にはビジャと呼ばれるスラム街が広がっていたので「帰りはどうしよう?」とビビっていたら、たまたま試合を見に来ていたタクシーが通りかかったので、それに乗って脱出した話は前にも「蹴球放浪記」でご紹介しました(第9回「乗車拒否の理由」の巻)。

 その翌々日にウラカン対ヒムナシアの試合を見に行った時も周囲は薄暗い場所だったのでちょっと身の危険を感じ、やはりすぐにタクシーを捕まえました。ウラカンでは、Jリーグの初期に横浜フリューゲルスで活躍して人気のあったフェルナンド・モネールが背番号3を付けて、相変わらず元気いっぱいにプレーしていました。

■世界各地で違うドライバー事情

 この時は、「ミクロセントロ」と呼ばれるブエノスアイレスの都心中の都心、コルドバ通りとレコンキスタ通りの角付近の古いホテルに泊まっていました。ブエノスアイレスの人なら、誰でも知っている繁華街です。「コルドバとレコンキスタの角」と言えば、一発で通じるはずでした。

 ところが、運転手は「分からない」というのです。

「オラなぁ、3日前に山から出てきたばかりなんじゃよ……」と運転手。「山」とはつまり、アンデス山脈のどこかのことですね。

 よく、そんな人がタクシーの運転手をしているものです。

 しかし、バレンシアの時とは違って、こちらはブエノスアイレス中心部の地理はよく分かっているので、この時は難なくナビをしてホテルまで帰ってきました。

 そういえば、ロンドンのタクシー運転手には厳しいテストがあるので道路を熟知していると言われていましたね。たしかにそうかもしれません。

 しかし、イングランドでも田舎町に行くと地理の分からない運転手はたくさんいます。だいたい、どこの国でも運転手には移民が多いものです。イングランドだったらパキスタン人、ニューヨークだったらエチオピア人といった具合ですから、道が分からなくても仕方ないのかもしれません。

「道を知らないタクシー運転手の憂鬱。客はもっと憂鬱」という話題でした。

 その点、日本では安心……。もちろん、例外もいたわけですが。

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