前半6分、先制トライをあげた早大1年の佐藤健次

 早大と日本ラグビーの発展に尽力した日比野弘さんが天国に旅立って9日が経った。伝統のラグビー早慶戦。早大の大田尾竜彦監督は試合前、故人に思いを馳せた。

「やはり、勝たないといけないと強く思っていました」

 前日の雨がうそのように、やはり晴れた23日。黄金色のイチョウ並木そばの秩父宮ラグビー場には、コロナ禍による人数制限いっぱいの1万人余が詰めかけた。早大のゲームテーマは『チャレンジャー』だった。

 大田尾監督は試合に向けた決意の寄せ書きの模造紙の真ん中にこう、墨字でしたためた。

 『挑戦』

 3週間前、帝京大に苦杯を喫した。選手に不安や迷いが生じがちになる。大事なのは、自分たちの戦術を信じ、チームメイトを信じ、自分を信じることである。立て直しの一戦だからこそ、慶大に挑みかかる気概にこだわった。

 試合の入りはよかった。早大の速攻展開がさえた。FW(フォワード)も、BK(バックス)も、慶大自慢のタックルをはずし、よく前に出た。ボールをはやく大きく動かした。今季2度目の先発のSO(スタンドオフ)伊藤大祐が積極的に仕掛けていく。スペースがあれば自ら突破し、なければ、効果的なキック、鋭いパスでラインを押し上げた。

 CTB(センター)長田智希主将も鋭利なランで縦に突く。試合後、長田は「いいアタックができたと思います」と言葉に充実感を漂わせた。

「帝京大戦では自分たちの強みがなかなか出せなかった。でも、今日は、アングルチェンジを含め、慶応大学のディフェンスの圧力に対して、切りにいくプレーができました。そこには自信があります」

 加えて、収穫を挙げれば、1年生コンビのNO.8(ナンバー8)佐藤健次、SH(スクラムハーフ)宮尾昌典の成長だろう。とくに佐藤。177センチ、98キロながら、ボディコントロールがよく、相手のタックルの芯をはずしながら、再三、突破した。前半6分。ラックの右で、SH宮尾からパスをもらうと、からだを反転させながら左中間に飛び込んだ。

 試合後の記者会見。プレーヤー・オブ・ザ・マッチに輝いた佐藤は白いマスク下の顔を緩めながら、こう声を弾ませた。

「早慶戦という舞台で、きのうから自分も緊張していて......。でも、自分のなかで、"強く、賢く"というのを個人テーマにおいていました。(最初のトライは)練習どおり、いいコースに走り込むことができました」

 18歳は、神奈川・桐蔭学園3年では主将を務め、2年連続高校日本一に貢献した。好きな言葉が「自信は努力から」。将来は「日本代表のフッカー」と目標設定は明確で、高校時代からノートに練習や試合の収穫、課題点を記してきた。

「春に比べると顔がすっきりしたが」とベテラン記者から聞かれると、照れながら説明した。

「自分の強さに足りないところに気づいて、ウェイトトレーニングだったり、練習後のパワーアップだったりに取り組んできたので少しからだに変化が出たのかなと思います」

 それにしても、である。早大は後半、別チームのようになった。後半開始から、長田主将が「コンディションを考慮して」(大田尾監督)ベンチに下がったことで、ゲーム運びがちぐはぐとなった。加えて、前半の大量リードで出足が鈍ったことも、慶大が戦法を変えてきたこともあろう。学生ラグビーはわからない。防戦一方となり、4トライを奪われた。

 結局、早大は40-33で逃げきった。対抗戦の早慶戦の通算成績を71勝20敗7分けとし、1敗(5勝)を守った。対抗戦優勝へ望みをつないだ。

 大田尾監督は「ゲームプランを状況によって変化させることが必要だと思う」と反省した。

「前半はいい流れだった。後半、相手もちょっと(戦い方を)変えてきたら、自分たちも対応していかないといけない。まだまだ対応力がなくて......。勉強が足りないのかなと思います」

 もっとも、課題は明確となった。スクラムとディフェンス、とくにラインアウトからのモールディフェンスである。対抗戦最終戦の早明戦(12月5日)。明大はそこを突いてくるにきまっている。

 会見の終盤。スポーツ紙のラグビー担当記者が聞いた。もし日比野さんがご覧になっていたら何と言いますかね、と。監督は少し考え、エンジ色のマスクの下で小さく笑った。

「日比野先生が見ていらしたら、何でしょうね、"モール、何とかならないのか"という感じじゃないですか」

 記者からも笑いが起きた。日比野さんなら、きっとこうも言うだろう。もっと意思統一させたらどうだ、と。

 たとえば、ラインアウト、相手と競るなら競る、ディフェンスに備えるなら備える。ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)、1人目がもっと激しく当たる、早くサポートする、倒れたらすぐ立ち上がる。走る。

 そしてスクラムだ。フロントローはより結束し、後ろ5人(ロックとフランカー、NO.8)の押しを信じて我慢する。

 実は大田尾監督は佐賀工高時代、当時早大監督だった日比野さんの誘いを受けて早大への進学を決めた。日比野さんから言われた言葉が、「当たり前のことを当たり前にやる」ということだった。大田尾監督は言葉に力を込めた。

「その教えは、学生には常に伝えています。"まずは、些細なことでもちゃんとやろう"って。今日出た課題をつぶして、明治戦に向けていい準備をしていきたい」

 大学王座奪還に向け、挑戦が続く。日比野さんら故人の"荒ぶる魂"は、早大ラグビー部に脈々と受け継がれているのである。