連載「元世界王者のボクシング解体新書」: 筆者も経験した「勝算はありますか?」への率直な思い ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える新連載。3回目となる今回は、12月の…

連載「元世界王者のボクシング解体新書」: 筆者も経験した「勝算はありますか?」への率直な思い

 ボクシングの元WBC世界ライトフライ級チャンピオンである木村悠氏が、ボクサー視点から競技の魅力や奥深さを伝える新連載。3回目となる今回は、12月の開催が正式決定した村田諒太とゲンナジー・ゴロフキンの一戦について、ビッグマッチに臨む選手の心理状態や、村田が下馬評を覆す可能性について元世界王者の視点から分析した。

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 日本ボクシング史上最大のビッグマッチとして注目される、WBA&IBF世界ミドル級王座統一戦。WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(35歳/帝拳)と、IBF同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(39歳/カザフスタン)による試合が12月29日に行われることが決まった。

 ゴロフキンは村田が対戦した中で一番のビッグネームだ。戦績は43戦41勝(36KO)1敗1分の戦績を誇り、一撃で試合を終わらせる強打が武器だ。これまでWBA、WBC、IBFの3つのベルトを獲得し、防衛記録は19回を誇る。対する村田は、ロンドン五輪で金メダルを獲得しプロデビュー。18戦16勝(13KO)2敗の戦績で、WBA世界ミドル級タイトルを2度獲得している。戦績や過去の実績を鑑み、勝敗予想ではゴロフキンが優勢だ。

 12日に行われた会見後の囲み取材時に、「勝算はありますか?」と記者から問われた村田は、「勝算があるかって言われると、『勝てねぇだろ』って言われている気持ちになるわけですよ。勝てないという気持ちでリングに上がらない。じゃあ勝つのかって言われた時に、それは神様しか知らない。ただ、勝てないというマインドはないということです」と答えている。

 筆者も同じような経験がある。2015年に初の世界挑戦が決まった時だ。

 当時、私は日本タイトルを3度防衛していたが、海外ではまったくと言っていいほど無名だった。対戦相手はメキシコのペドロ・ゲバラ。2度の防衛に成功しており、元3階級王者の八重樫東氏をKOで下している強敵だった。試合時に発表されたオッズでは、「11:1」という勝率で圧倒的に不利な状況であった。

 試合が決まった当初に記者の方から「勝算はありますか?」と質問され、村田と同じような気持ちになった。リングの上では過去の実績はあてにならない。特に世界戦の舞台では、挑戦者は過去最高のベストに仕上げてくる。名のある王者を倒せば人生が180度変わるからだ。試合へのモチベーションは王者以上に高く、実力以上の力を発揮できる。ゆえに王者が少しでも油断すれば、いつでも形勢が変わるのが世界戦だ。

 今回の一戦は、村田にとって待ち焦がれた試合だ。世界王者になること以上にモチベーションは高いはずだ。2年ぶりの試合となる村田が、120%の実力を出せば十分に勝てるチャンスはあるだろう。

いかに近距離での打ち合いに持ち込めるかが鍵

 村田の持ち味は近い距離でのパンチ力だ。海外でも活躍しているトレーナーは、「ミドル級ではトップクラスのパワーを持つ」と絶賛していた。特に右ストレートは抜群の破壊力を持つ。これまでダウン経験がなく、タフさがウリのゴロフキンであっても、いいパンチが入ればダウンする可能性は十分にある。

 また両者の体格を比べると、ゴロフキンが身長179センチ(リーチ178センチ)に対し、村田は身長183センチ(リーチ184センチ)で、村田が4センチほど大きい。そのため近距離でのぶつかり合いでは有利になる。フィジカルがトップクラスの村田なら、ゴロフキンのパワーに対抗できるだろう。

 両者の戦う距離を比べると、ゴロフキンは長距離から中間距離が強く、村田は接近戦が強い。そのため、いかに近距離での打ち合いに持ち込めるかが鍵となる。

 今回、日本で試合ができるホームアドバンテージもある。これまで村田は2敗しているが、1敗はダウンを奪い勝っていると言われた試合でアッサン・エンダムに敗戦している。もう1試合はアメリカの舞台で、ロブ・ブラントに敗戦している。ともに再戦で勝利しているが、特にブラントとの第2戦は印象的だった。背水の陣で臨んだ村田が、2回に猛烈なラッシュでKOし、ベルトを取り返したのだ。

 会場となった大阪府立体育会館も大いに盛り上がり、ファンの期待に応えた試合だった。地元で試合ができるのは選手にとって心強い。調整もしやすく、何より大勢のファンに応援されるとリングの上で覚悟ができる。これまで五輪で金メダルを獲得し、難しいと言われたミドル級で世界王者になった村田諒太。日本ボクシング史に名を残すような試合を期待したい。(木村 悠 / Yu Kimura)