「オープン球話」連載第90回 第89回を読む>>【土橋勝征が大好きだった野村克也】――前回に引き続き、野村克也監督時代の…

「オープン球話」連載第90回 第89回を読む>>
【土橋勝征が大好きだった野村克也】
――前回に引き続き、野村克也監督時代のV戦士のひとり、土橋勝征さんについて伺っていきます。前回は「野村監督も高く評価していた」という話題が出ました。
八重樫 野村さんが監督に就任した当時から、熱心に"野村野球"に取り組んでいましたからね。監督就任直後の"野村ミーティング"でも、熱心にペンを動かしていた姿を覚えています。野村さん自体も決して明るいタイプの人じゃなかったから、同じようなタイプの土橋のことも性格的に好きだったんじゃないかな。

ヤクルトの
「いぶし銀」のセカンドとして活躍した土橋
――人間的に好感を持っていたのかもしれないですね。
八重樫 野村さんって、ものすごく観察力があるんです。口にしなくても、選手たちの動きを黙ってじっと目で追っている。だから「アイツ、手を抜いてるな」とか、「コイツは隠れたところでひたむきに努力しているな」とか、心の中で評価しているんですよ。でも、土橋は普段から黙々と練習するタイプで、熱心に「ID野球」を学ぼうとしていたし、性格的にも似ていたから高く評価していたんだと思いますね。
――多くの選手たちが「野村さんに叱られた」と口にする一方で、「土橋は叱られなかった」と聞いたことがあります。また、野村さんの著書の中でも、土橋さんを評して「野村門下の優等生」と書かれていたこともありました。
八重樫 確かに土橋が怒られているのは見たことがないです。広沢(克己)とか、池山(隆寛)に対しては厳しかったし、「アイツらクリーンアップなのに魅力がないな」とよくボヤいていたけど、土橋に対してはそういうことは聞かなかったですね。あと、前回も話したけど、守備でダブルプレーを取った時の土橋を評価して、「アイツはゲッツーでも逃げないよな」と言っていました。プレー面も好きなタイプの選手だったんでしょう。
――そういう選手がいると、他の選手にもいい影響を与えそうですね。
八重樫 野村さんは一時期、古田(敦也)に対して「チャラチャラしている」とか「謙虚さがなくなった」と酷評したことがあるんです。僕もよく野村さんから、「ハチ、お前からも古田に言っておけ」と言われていた。でも、それも一時期だけで、後に野村さんは古田をきちんと評価するようになりました。それは古田の努力を認めたからです。土橋のように黙々と練習し、試合でもさらに懸命にプレーするようになったんですよ。そういう部分は、多少は土橋の影響もあるんじゃないのかな?
【何もかも正反対だった土橋と飯田哲也】
――さて、前回のラストでは「同期の飯田哲也とは正反対だ」とおっしゃっていました。そのあたりを詳しく教えてください。
八重樫 土橋も飯田も、ともにドラフトの同期入団で、しかも2人とも千葉出身の高卒ルーキーでしたよね。
――お2人とも1986(昭和61)年のドラフトで、土橋さんが2位、飯田さんが4位指名されています。土橋さんは印旛高校、飯田さんは拓大紅陵高校出身で、高校3年夏の千葉県大会では決勝戦で対戦。飯田さんが所属する拓大紅陵が春夏連覇で甲子園に出場していますね。
八重樫 おそらく、高校時代からしのぎを削っていた仲だと思うけど、それぞれの性格は正反対です。土橋は内面を表に出さずに淡々とプレーして、黙々と練習するタイプ。一方の飯田は明るい性格で、どちらかというと天性の素質でプレーするタイプですからね。
――おっしゃる通り、おそらくファンの間でも、「天才型」の飯田さんと、「努力型」の土橋さんというイメージはあると思います。
八重樫 そのイメージ通りですよ。飯田は天性の運動神経でプレーしていましたから、体が動くうちはいいけど、年齢を重ねて故障が増えた時に急に成績が下降するタイプだと思うんです。実際に現役晩年になってから、いろいろ僕のところにも指導を求めてくるようになりました。若い頃はほとんど聞く耳を持っていなかったけど(苦笑)。
――土橋さんについては、「早出練習のさらに前から練習をしている」ということでしたね。
八重樫 土橋はそういうタイプでしたね。プロだからそれぞれの考え方、やり方はあってもいいけど、個人的には土橋タイプのほうが長くプレーできるし、安定した成績も残せるとは思いますけどね。
【チームに不可欠な「超二流」として存在感を発揮】
――最終的に土橋さんはプロ生活20年、通算1121安打、打率.266という成績でした。タイトルを獲ったわけでもないし、名球会入りしたわけでもないけれど、長く現役生活を送り、ヤクルト黄金時代には欠かせない"いぶし銀"な存在でした。あらためて、八重樫さんは土橋さんのことをどのように振り返りますか?
八重樫 野村さんが土橋のことを高く評価していたのは、戦力として頼りになるということはもちろんだけど、彼の野球に取り組む姿勢を他の選手、とくに若手選手にも見せたかったというのが大きいと思うんです。
――他の選手への好影響という部分も考慮に入れていたということですね。
八重樫 実際に、野村さんは「超一流になるのはごく限られた者だけだけど、超二流になら頑張ればなれるんだ」ということはよく言っていました。まさに土橋のようなタイプが超二流でしたよね。時には一流以上の活躍でチームに貢献することもできる。野村さんも、「超一流は黙っていても活躍する。でも、超二流は鍛えがい、教えがいがある」ということを言っていましたよ。それは後の宮本慎也にも受け継がれていると思いますね。
――現在は二軍で若手の指導に当たっています。かつての土橋さんのような「超二流の名脇役」の誕生を心待ちにしたいですね。
八重樫 入団当時の土橋はまったく笑わない男でした。あそこまで暗い男は見たことがないほどでした(笑)。でも、最近は厳しいだけの指導ではなく、あの土橋でさえもニコッと笑いながら指導しているところを見たことがあります。それは球団からの指示なのか、本人の考えなのかはわからないけど、時代に合わせた指導を採り入れているんだと思います。
――かつて水谷新太郎コーチに徹底的に鍛えられて土橋さんがレギュラーに定着していったように、今度は土橋さんに鍛えられた長岡秀樹選手、武岡龍世選手といった期待の若手が伸びていくといいですね。
八重樫 指導者となっても、現役時代のように黙々と努力するタイプだから、きっといい選手を育ててくれると思いますよ。そして、後には一軍の指導者として、神宮球場でその姿を見たいものですね。
(第91回につづく>>)