あくまで結果論ではあるが、振り返ってみれば、優勝へのシナリオを描くようなドローと勝ち上がりだった。今大会が全日本選手権5…
あくまで結果論ではあるが、振り返ってみれば、優勝へのシナリオを描くようなドローと勝ち上がりだった。今大会が全日本選手権5度目の出場となる清水悠太が、第1シードに位置付けられたのは2年連続の2度目。だが優勝候補と目された昨年は、準々決勝でストレートの敗戦を喫していた。
混合ダブルスでは、既に2つのタイトルを手にしている。だが彼が欲しいのは、やはり、シングルスのそれだ。今大会の決勝戦の日は、ツアー出場のためフランスへと飛び立つ日に重なっている。その強行スケジュールを押してでも、手にしたい肩書き——それが“全日本王者”だった。【実際の映像】全日本選手権 男子準決勝
「いろいろと思うことはあって……」
試合後に、いくぶん感傷的の色を声に乗せて述懐したのは、3回戦の羽澤慎治戦だった。羽澤と清水は、ジュニア時代には同じ拠点で練習し、ともに世界へと挑んできた仲。ただ、18歳でプロを選んだ清水と異なり、羽澤はプロ転向を前提に慶応大学進学を選んだ。
「負けたら、大学に行った方が良かったと周囲から言われるだろうな」
羽澤との対戦前には、そんな不安もよぎったという。
同時にだからこそ、「気合いが入った」とも清水は言った。163センチの小柄な身体を目いっぱい躍動させ、左腕を振り抜き鋭い弧を描くショットを放つ。相手の返球が浅くなると見るや、ネットに
飛びつきボレーも決めた。獲物を狙うネコ科の動物を思わせる動きで、多彩な攻撃バリエーションを清水は披露。言葉数は少ない彼だが、コート上のプレーは雄弁だ。
準決勝で対した山崎純平もまた、清水にとって「相当に気合が入った」相手である。それは、優勝候補の最右翼として挑んだ一年前に、苦杯をなめさせられた選手だから。 リベンジの誓いを胸に宿し、
なおかつ「朝ごはんも普通に食べられた」という精神状態で山崎戦を迎えた清水に、揺らぎはない。攻撃テニスを貫いて、2年ぶりとなる頂上決戦の舞台へと駆け上がった。
清水と反対側のドローを這い上がったのは、28歳の今井慎太郎。早稲田大学卒業後にプロに転向し、コツコツと階段を上って決勝のステージにたどり着いた、遅咲きの本格派だ。大学卒業後にプロとしてツアーを回りはじめた当初、今井は「先にプロになった選手たちとの差を感じた」と素直に吐露する。選んだ道の正しさに、疑いを抱いた日もあっただろう。
ただそれらも踏まえて今は、「自信を持って、プロになって良かったと言える」と声を張る。
「大学で仲間たちと切磋琢磨し、それこそ血反吐をはきながら培った試合に懸ける思いは、プロでも生きている。そこは、大学に行って良かったと思えること」
その正しさの一つの証左が、直近のスウェーデンの大会での優勝だろう。頂点に至る道程では、清水を接戦の末に破ってもいる。エリート街道を歩んだ清水は、今井にとって、全力でぶつかりに行ける相手だった。
その今井と決勝で再戦する清水の頭に、一か月前の敗戦は、鮮明に焼き付いている。ただ今大会の清水は、過去の敗戦や重圧を、モチベーションに昇華する術を得ていた。
前回の対戦では、今井の弱点であるバックハンドを攻めたが、そのためプレーパターンが膠着し、相手に対処された苦い記憶がある。そこで今回は、相手の読みの裏をかき、あえてフォアサイドを突いた。
結果的にこの策は、今井の困惑を誘うと同時に、清水の持ち味を引き出した。サウスポーの清水が相手のフォアサイドを狙う時、自身のフォアハンドで逆クロスを放つ局面が多くなる。そしてこのショットこそが、清水の好調のバロメータ。少しでも相手のショットが甘くなれば、迷いなく回り込んで左腕を振り抜いていく。勝利をもぎ取った一打も、相手のラケットを弾くフォアの強打。その時、大会を通じ内に秘めてきた闘志を、清水は叫び声と共に解き放った。
悲願のタイトルを得た日の夜、清水は当初の予定通り、フランス行きの飛行機へと飛び乗った。全日本の頂点をジャンプ台とし、世界で上を目指す戦いが始まる。
(内田暁)
※写真は2016年「全米オープン」での清水悠太
(Photo by Elsa/Getty Images)