日本フェンシング協会 会長武井壮インタビュー 前編 2021年6月に日本フェンシング協会会長に就任した武井壮。その直後の…

日本フェンシング協会 会長
武井壮インタビュー 前編

 2021年6月に日本フェンシング協会会長に就任した武井壮。その直後の東京五輪で男子エペ団体が金メダルを獲得するなど注目を集めたが、今後、フェンシングをメジャー競技にしていくためにどんなビジョンを描いているのか。タレントとして活躍するだけでなく、選手や指導者としてもスポーツに対する見識が広い武井会長が、日本フェンシング界に必要な「3つのシステム」を挙げた。



今年6月に日本フェンシング協会の会長に就任した武井壮

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――武井さんが会長に就任されて間もなく開催された東京五輪で、男子エペ団体が日本フェンシング史上初の金メダルを獲得。追い風が強く吹きましたが、競技に対する注目度に変化はありましたか?

武井 確かにオリンピックで金メダルを獲ったこともあって、競技や選手たちの名前も広く認知してもらえたと感じています。ただ、「フェンシングにはどんな楽しみがあるのか」「実際にやってみたい」というところまで興味を持ってくれる人の数は、東京五輪の前後であまり変わっていないように感じます。

――就任からこれまで、協会会長としての仕事を振り返っていかがですか?

武井 就任前にイメージしていたものとは少し違いますね。フェンシングの新たな一歩にフォーカスして活動をしたいと思っていたのですが、就任当初は組織運営の形を整えることに終始していました。難しさを感じていますが、僕の仕事は「その先」にあると思っています。

――具体的に、「その先」にある仕事の内容を教えてください。

武井 僕はフェンシングというマイナースポーツをより広く理解してもらうために、3つのシステムが必要だと考えています。「原体験を作るシステム」、「フェンシングパークのシステム」、「コーチング・スクワッドのシステム」で、その3つが機能していくための一歩を僕が会長の間に整備できたらと考えています。

――まず、「原体験を作る」とはどういうことでしょうか。

武井 前提としてフェンシングは、気軽に「やってみてください」とは言えない、参入障壁が高い競技です。日本にはフェンシング場が数えるほどしかなく、実際にやるには長距離の移動や、費用が必要になることが多い。道具に関しても剣、マスク、ユニフォームなどを揃えないといけないですし、施設側も採点システム、審判、ピスト(フェンシングの試合場)を用意しないといけません。

 そういった場所や道具がなくても多くの人が楽しめる、「フェンシングの手前」のレクリエーションを作ることが競技の普及には不可欠です。「手前」というのは、例えば野球ならばカラーボールとプラスチックバットでやる野球や、キャッチボールもそう。本格的に野球をやるきっかけになる、「原体験」となる遊びが山ほどあります。

 そういった原体験があると、一流選手のプレーのすごさがひと目で理解できるようになる。野球は自分で投げたり打ったりする経験がある人が多いからこそ、"二刀流"でプレーする大谷翔平選手が投げる球の速さ、打球が「規格外だ」とすぐにわかる。フェンシングにも同様の遊びの場や道具が必要なんです。

――フェンシングの原体験を作る遊びを広めるために考えていることは?

武井 競技で実際に使う剣より短い「剣のような」おもちゃを開発し、フェンシングに近いルールで遊んでもらえるようになることです。さらに全国大会を開いたりして、フェンシングのマーケットを広げたいと考えています。

 アイディアは十分に固まってきていますが、現段階でマーケットがないのに、製品を作って売ることはリスクしかありません。企業とレベニューシェア(リスクと利益を共有する契約形態)できないと成立しないので、今はプロダクトを作ってくれるパートナーを探しています。プロダクト開発は時間がかかりますし、日の目を見るのは僕の次の会長の時代かもしれないですが、少なくともその前段階まで話を進めたいですね。

――続いて「フェンシングパーク」についてですが、現在、福岡市で「フェンシングパーク福岡」という施設を開設するための準備(来年4月が目標)を進めているようですね。

武井 フェンシングパーク福岡は、無料でフェンシングを学べてプレーできる施設になる予定です。もちろん道具も最初は必要ない。さらに、協会に所属する日本選手権の歴代優勝者や、日本代表レベルのコーチからの指導も無料で受けられるようにする。この「無料」というのが一番のキモだと考えています。

 どんなスポーツでもスクールなどに通う場合は月謝がかかりますが、フェンシングが他のスポーツと同じくらい月々にお金がかかるとしたら、フェンシングを選んでもらえることは少ないと思います。だからフェンシングを「ちょっとやってみたいな」と興味を持つ人たちに、「あそこは無料でできるから行ってみよう」と思ってもらえる場所を提供する。そんなフェンシングパークを全国に作っていきたいと思っていて、福岡がその第一弾になります。

――第一弾として選んだ福岡市は、競技が盛んな街なのでしょうか。

武井 福岡はむしろ盛んではないほうですね(苦笑)。日本代表の選手は何人も輩出していますが、フェンシング部がある高校は2校、大学は1校しかない。でも、逆にそれだけ開拓の余地があるということです。フェンシングパークで高校生を集めた講習会を開いたり、新たにフェンシング部を作る学校のサポートをしたり、協会からコーチを派遣したり。その費用を部費から出していただくといった形も可能だと思います。

――それらを実現するための、資金を集める方法や枠組みはどう考えていますか?

武井 自治体や企業、個人事業主、保護者の方々などから、出資者として資金を提供していただくことを考えています。もちろん出資金の額には大小がありますが、例えば小口の出資者の方であれば月に1000円を出資してもらう。そのリターンとして、先ほど言ったように無料でフェンシングパークを使えるようにする、といった形です。パークを利用する方々には年間のフェンシング協会への登録費だけをご負担いただいて、全国のパークを無料で利用できる権利、選手として試合にも出てもらえる権利も手にしていただければと考えています。

 企業などに大きな支援をいただいた場合には、フェンシング協会に所属する金メダリストや私などが参加する、社員向けの「年1回の講習会と年4回イベント」といったパッケージをいくつか用意する。そうして利用者、出資者、協会すべてに"WIN"があるようにできればいいですね。

――選手のセカンドキャリアにもつながりそうですね。

武井 そうですね。選手はパークの事業主として活動する想定です。選手たちがプレーやコーチングだけでなく自ら営業もすることで、街の人たちや経済界の人たちとのつながりができる。そうすれば、選手を知る企業側から「雇いたい」というオファーがあるかもしれない。また、現役を離れたあともフェンシングを生業にした仕事がしやすくなると思います。協会としてはそれを実現して、"財産"の還流ができるようにしなければいけないと思っています。

――それはどういったことでしょうか。

武井 日本のフェンシングの競技人口は約6000人と少ないにもかかわらず、世界一になった選手が4人も生まれている。そのコーチングのメソッドや技術体系が優秀じゃないはずがないんです。でも、そのメソッドを知る選手が引退後にコーチをしたいと思っても、教える対象の人数が少なくてビジネスが成り立たないから、フェンシングから離れて別の仕事をすることになってしまう。

 結果として、現在は外国人コーチを雇っています。もちろんそこから学ぶことも多いですし、クオリティも高いですが、これはサスティナブル(持続可能な発展)じゃないですよね。そこで重要なのが、3つ目のシステム「コーチング・スクワッド」です。

――スクワッドは「部隊」「一団」という意味がある言葉ですが、どういったシステムを考えているのでしょうか。

武井 現役選手も含めたトップクラスで活躍した選手たち、コーチ経験者に「コーチング・スクワッド」に登録してもらい、月に1、2回でもいいから日本代表の選手や各世代のトップレベルの選手を指導する時間を持つようにする。自分の成長につながったと思う練習方法を共有することで、"ジャパンメソッド"を確立していこうということです。

 メソッドを国内に広めていくことはもちろん、そのメソッドが海外に買われ、たくさんの日本人コーチが世界中の国で指導できる状態になればと思っています。選手のセカンドキャリアを確保でき、日本協会への信用も高まり、海外から外貨を獲得することもできる。システムさえ作れたらその先はスムーズに流れていくでしょうから、協会の理事の方たちにそれを伝えて、進めていってもらおうと思います。

(後編:スポーツとスポンサーの関係は「認識を改める必要がある」>>)

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