連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:ブラン監督がフランス代表で実施した実験 スペインサッカーに精通し、数々のトップ…

連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:ブラン監督がフランス代表で実施した実験

 スペインサッカーに精通し、数々のトップアスリートの生き様を描いてきたスポーツライターの小宮良之氏が、「育成論」をテーマにしたコラムを「THE ANSWER」に寄稿。世界で“差を生む”サッカー選手は、どんな指導環境や文化的背景から生まれてくるのか。2回目となる今回は、かつてフランス代表を率いたローラン・ブラン監督の興味深い実験を例に、トップ選手が備える“遊び心”に迫る。

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 サッカーは、アンビバレントなスポーツである。例えば、サッカー監督は「確固たる信念を貫くべきだ」と言われる一方、「決して頑固にならず、柔軟でなければならない」とも説かれる。相反する考え方によって成立しているのだ。

 結局、その場に応じて最適解を示すしかない。正解はどのようにでも導き出される。答えは表裏一体だ。

 選手に問うべきモラルに関しても、例に漏れない。

 例えば、ステレオタイプのサッカー選手としての適性はあるだろう。挨拶ができる、人の話を聞ける、約束やルールを守れるなど一般的な真面目さも、それらの一つかもしれない。秩序の中で、しっかりときちんと暮らせるか。真面目さや勤勉さは集団生活において亀裂を倦まず、協調性に通じるものだからだ。

 しかしながら、品行方正な選手だけで勝てるのか。あるいは従順で決まりを守る選手が、必ずトッププロで活躍しているのか――そこは検証の余地があるだろう。

 ローラン・ブラン監督が選手に対し、ある実験を行ったことがあった。ブランはフランス代表センターバックとしてワールドカップ、EUROで優勝し、バルセロナ、マルセイユ、マンチェスター・ユナイテッドなどでも活躍した。監督としてもボルドー、パリ・サンジェルマンで多くのタイトルを獲って、EURO2012でフランス代表も率いている。

 その実験でブランはミーティングと称し、「12時から13時の好きな時間に集合」と選手たちに伝えた。トレーニングと伝えなかったのは、それだと体のケアで事前に来てしまう選手がいるからだった。選手の行動パターンを検証するものだったが、結果、ほとんどの選手が13時、5分前にどかどかと部屋へ入ってきたという。余裕をもって、ミーティングの準備をする選手はほとんどいなかった。ギリギリに滑り込んだ選手は主力で、間に合わなかった選手は定位置をつかむ力がないのは、興味深い検証結果だった。

サッカーは「品行方正が尊ばれる世界ではない」

「サッカー選手というのは“大きな子供な部分”があるんだよ」

 ブランはそう説明している。

「この実験は、『選手が時間にルーズ』という結論には直結しない。彼らの多くは、ギリギリの時間に到着するという切迫感を、心のどこかで楽しんでいるんだよ。一般の人には信じられないことだろうが、人生がまるでゲーム感覚。その点で、彼らはまさに子供と言えるだろう。しかし自分もプロのフットボーラーだったから分かるけど、“遊び心”が根っこにあるものなのさ。品行方正が尊ばれる世界ではない。指導者は、まさにそこを理解すべきだ」

 サッカー選手は、人生そのものをどこかで遊んでいるという。時間ギリギリに到着できるか、という日常のどうしようもないことに自然体で賭けをし、その勝負に一喜一憂する。その感覚は幼稚とも言えるが、サッカーという不規則なスポーツで勝ち抜くのに、「遊び心」という余裕は必要な要素かもしれない。余白がないと強くストレスを感じてしまうからだ。

 言うまでもないが、一般生活では規律正しく、真面目であることは美徳と言える。サッカーでも「仲間を思いやる」という精神は求められる。はみ出し者のほうが良いということはない。しかし優等生であることが不可欠なキャラクターではないのだ。

「能力の高い選手というのは、たいていは複雑な性格の持ち主だよ。そういう選手こそ、チームに必要とされる。善良さは悪いことではないが、必須ではない」

 そう説明したのは、オランダ人監督フランク・ライカールトだった。かつてバルサを率いてアンドレス・イニエスタ、リオネル・メッシを抜擢し、ロナウジーニョ、サミュエル・エトー、カルレス・プジョル、ビクトール・バルデスのような個性的選手の力を最大限に引き出し、サッカー史に残るスペクタクルなチームを作り上げた。

優秀な指導者の条件は知識をため込むことではない

「監督は、善良な選手を探してチームを作るべきではない。いろんな性格の持ち主を融合させることを考えるべきだろう。例えば1人はリーダーシップを発揮し、1人は寡黙で従順でコツコツと仕事をし、1人は反発心がありながら実行力があり、1人はとにかく芸術を極める、という具合にね。そんな個性の集まりにダイナミズムを与え、集団にまとめるのが監督の役目さ。だからこそ、指導者は選手個人の振る舞いに気を配る。練習中、みんなむすっとしているのは良くないが、全員が笑っているのも良くない兆候さ」(ライカールト)

 ダイバーシティがパワーを生み出す――。重要なのは選手の性格そのものではなく、指揮官がその特性を許容し、一つに束ねられるか。優秀な指導者の条件は、サッカーの知識をため込むことなどではなく、まずは人を知り、マネジメントできるかにある。

 一方で選手はピッチで戦うため、まずは自らの個性と向き合うべきだろう。自分は何者で、味方に何を与え、与えられるのか。そこに辿り着くことで、サッカーが見えてくる。

 個性とは何か?

 それは次回のテーマにすることにしよう。(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)

小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。