連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:レアル・ソシエダが重んじるもの サッカー上達のからくりとは――。現代は情報が溢…

連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」:レアル・ソシエダが重んじるもの

 サッカー上達のからくりとは――。現代は情報が溢れ返っているが、ミクロで見過ぎると全体を見失い、サッカーとして意味をなさない。例えば、どれだけドリブルが上手くなっても、それをいつ、どこで、どのように、誰と使うのか、その判断が適切でないと役に立たない。サッカーは集団で行い、それだけに無数の選択肢があり、繰り返される場面はなく、臨機応変さが求められる。判断、選択がモノを言う、マクロなスポーツだ。

 一方で、サッカーはフラクタルなスポーツとも言える。どの一部を切り取っても、すべてに通じる。一事が万事というのか。ワンプレーに全体を見透かす要素が詰まっていて、その点でワンプレーのディテールに迫ることもサッカーの修練につながる。名将マルセロ・ビエルサは各ゾーンに区切ってトレーニングし、それを一つにつなげる数学的アプローチをしているほどだ。

 サッカーはすべてが正解で、すべてが間違いである。単純明快なスポーツでありながら、不条理で理不尽で、多くの矛盾をはらんでいる。規則的ではないからこそ、無限の楽しみもあるわけだが……。

<サッカーを指導し、サッカー選手を育成する>

 指導や育成はサッカーの根源だが、その成功のカギは「サッカーを知っていること」にあるかもしれない。

 スペイン語では、それを「Saber jugar」と表現する。“知る”はスペイン語で大きく分け、「Saber」と「Conocer」がある。前者は英語の「Can」に近く、術を知っていて行える状態で、使える、操れるにも通じる。例えば、「他の言語が喋れる」という時にも使う。後者は単に知識や情報として入っていることを意味し、本質を知っているかどうかは問われない。

 では、サッカーを知っているとは――。

 今回スタートさせた連載「世界で“差を生む”サッカー育成論」では「知の探究」として、そこに近づくヒントを届けたいと考えている。サッカーは奥深く、果てしない。知り尽くすのは難しいが、人は解明そのものに面白さを感じるものでもある。

 スペイン、リーガ・エスパニョーラの名門レアル・ソシエダは、欧州主要リーグの1部クラブで最も下部組織出身者が占める割合が高い。例えば今年10月のヘタフェ戦では、ミケル・オヤルサバル、マルティン・スビメンディ、アレハンドロ・レミーロなど先発の11人中9人もの選手が下部組織「スビエタ」出身者だった。控えも半数以上が下部組織育ちで、今シーズンもヨーロッパリーグに出場しているだけに、瞠目すべき陣容だ。

育成部長が断言「サッカーを知るのに近道はない」

「我々の人材は限られています。精鋭集団になる必要があるでしょう。そこで大事なのはスカウティングです」

 レアル・ソシエダの育成部長であるルキ・イリアルテはそう語っていた。本拠地であるギプスコア県は人口約71万人。小さくはないが、大都市ではない。フランス代表FWアントワーヌ・グリーズマン(アトレティコ・マドリード)のように県外でスカウトする例もあるが、多くは地元で提携した70ほどのクラブから有望な選手を引き入れ、その代わりに資金や医療や施設を提供している。

「育成に秘訣はありません。まずは人材を見極め、探り当てられるか。そしてスカウトした選手たちに要求し、日々対話を重ねる。まずは、指導者が自分の仕事に確信を持つことでしょう。当然ですが、コーチ自身がサッカーの仕組みを知っていることが欠かせませんね」

 選手と向き合う指導者が、サッカーを知る、ということを求められる。そのために対話は欠かせない。やりとりの中で、指導者同士が高め合うからだ。コミュニケーションができないと、指導者としては落第。現在トップチームを率いるイマノル・アルグアシル監督も、レアル・ソシエダのBチームで実績を残してきた1人だ。

「プレーにおいて何が必要か、我々はそれを問います。サッカーを知るのに近道はないですね」

 イリアルテ育成部長は言う。

「結局は日々のトレーニングの中で少しずつレベルを上げるしかありません。そこで、目立った選手が出てきます。例えば、速さが際立つようなら、その速さを使う術を心得ているか、さらに研ぎ澄ませることを我々は考えます。そうすることで1人の選手が殻を破り、全員のポテンシャルを上げるのです。もちろん、上手くいかない日が続くこともあります。それでも自分たちのやり方に自信を持ち、軽々しくスタンスを変えません。育成は晴れの日だけではなく、曇りの日も、雨の日も、嵐の日だってありますから」

 一貫しているのは、サッカー選手としての行動規範に対する指導の部分だ。

 レアル・ソシエダでは、「共闘精神」が重んじられている。サッカーは個人戦ではなく、集団戦である。勝負を制するには、仲間同士の信頼関係を構築できないと話にならない。

オヤルサバルが18歳当時に見せていた姿

 例えば、筆者が数年前にスビエタの練習施設を訪れた時のことだ。当時、18歳だったオヤルサバルは前日、トップチームの試合に出場していたにもかかわらず、次の日のユースの試合やBチームの試合をスタンドで観戦していた。同い年のチームメイトたちとはしごし、自然体で仲間の好プレーに声援を、悪いプレーに叱咤も送った。

「ミケル(オヤルサバル)は戦いの意味を知っている。サッカーは仲間がいないと戦えない。才能だけではない選手で、必ず大物になるよ」

 チーム関係者はそう“予言”していた。

 オヤルサバルは現在24歳だが、すでに200試合以上に出場し、60得点以上を記録している。偉大なキャプテンとしてコパ・デル・レイ優勝にも貢献。スペイン代表の主力としても、EURO2020に出場し、欧州有数のアタッカーになっている。

「仲間のために戦えるか」

 簡潔なクラブ理念が、選手を正しく逞しく育て上げる。才能は儚く、危うい。しかし仲間のために戦う気持ちは、必ずよりどころになる。自らが助けたら、自らも助けられ、それは自ずとプレーを向上させる。

 格闘の中でのみ、「サッカーの知」は研ぎ澄まされるのだ。(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)

小宮 良之
1972年生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。トリノ五輪、ドイツW杯を現地取材後、2006年から日本に拠点を移す。アスリートと心を通わすインタビューに定評があり、『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など多くの著書がある。2018年に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家としてもデビュー。少年少女の熱い生き方を描き、重松清氏の賞賛を受けた。2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を上梓。