「THE ANSWER スペシャリスト論」女子プロゴルファー・北田瑠衣「THE ANSWER」が各スポーツ界を代表するアスリート、指導者らを「スペシャリスト」とし、第一線を知る立場だからこその視点で様々なスポーツ界の話題を語る連載「THE …

「THE ANSWER スペシャリスト論」女子プロゴルファー・北田瑠衣

「THE ANSWER」が各スポーツ界を代表するアスリート、指導者らを「スペシャリスト」とし、第一線を知る立場だからこその視点で様々なスポーツ界の話題を語る連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。女子ゴルフでツアー通算6勝を挙げた北田瑠衣(フリー)は「THE ANSWER」スペシャリストの一人を務め、ゴルフ界のトレンドやツアーの評論、自身の経験談まで定期連載で発信する。

 今回のテーマは「日本ツアーでママゴルファーが『当たり前』になるには」後編。時折目にする「ママ選手」の活躍。ゴルフ界でも「産休制度」を利用し、出産後に復帰するプロもいる。しかし、まだ少ないのが現状だ。プレー環境について掘り下げる後編では、2児のママである北田が日本ツアーで託児所の設置が進まない理由、現役選手への願いなどを語った。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 クラブハウスで愛する我が子に見送られ、一打に想いを込める。上手くいった時、そうではなかった時。いずれにしても、無邪気に迎えてくれる存在がいつもそばにいる。海外ママゴルファーは広い米国各地を転戦しながら、子どもと一緒に旅をしている。

 支えているのは、米女子ツアーの「LPGAチャイルド・ディベロップメント・センター」という託児所だ。始まったのは1993年。米大手食品会社がスポンサーを務め、「無料」で実現している。選手はラウンド前に子どもを預け、終われば迎えに行く。安心して預けられる環境があるのだ。

 出産後にツアー復帰するには、体力、気力、技術力が必要なのもさることながら、一般企業と同じく復帰しやすい環境という要素も大切だ。日本社会全体でも、会社内の託児所設置や男性の育児休暇など徐々に進んでいる。しかし、米女子ツアーで30年近く前に託児所が設けられた一方、国内トップのレギュラーツアーの会場にはない。

 北田は「設備や保育士さんにお金がかかるし、環境作りは凄く難しい」としつつ、「賛同してくださる企業はたくさんあると思う。年間で託児所を運営していただける企業を探すのは難しくないでしょう」と資金面のハードルは高くないという。

なぜ、国内ツアーでは託児所設置が進まないのか

 では、なぜ国内ツアーでは進まないのか。一つは「メリットが少ない」ことがある。現状、出産後にプレーしているレギュラーツアーの選手は数人。日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)の「産休制度」を利用して出産、育児に励んでいる最中の選手も数えるほどしかいない。もし、託児所があっても利用者が少なければ“赤字”になってしまう。企業も、協会もボランティアではできない。

 実際、ママゴルファーが比較的多い下部ツアーでは、テーマパーク企業のスポンサーで託児所が設置された大会もあった。しかし、20代前半の選手が多いレギュラーツアーでは現実味に欠ける。

 少しずつ変化しているとはいえ、「出産=引退」という価値観を持つ選手も多い。北田も20代の頃は「(現役と育児を)両立することすら考えられなかった」と振り返る。だからこそ未来を想像し、願いを込めた。

「会場に託児所があれば、若い時に出産しようと思う選手も増えるはず。でも、今は躊躇している選手もいると思います。だから、『ママゴルファーが増えてきたから作りましょう』ではなく、『託児所があるから安心してね』というサポート体制にしてもらえると、いろいろな選択肢が生まれる。

 やはり女性には何にでもリミットがあります。女性の組織ですから、女性目線で考えていくことも必要になってくるのではないでしょうか。今すぐは無理かもしれない。少し長い目で見て5年後、もしかしたら10年後になるかもしれない。それでも、『今』ではなく『これから』を考えて、準備だけでもしておくことが凄く大事だと思います」

 理想論かもしれないが、理想を掲げなければ前に進まない。

北田が「自分に子どもができたからこそ思うこと」とは

 自身は18年2月、36歳で第1子の長女を出産。19年4月には1年10か月ぶりに1試合だけツアー出場を果たした。出産前は復帰後に「自分がプロゴルファーとしてどこまでチャレンジできるかな」と継続的な出場も頭の片隅にあったが、「現役中の体に近づける気力が持てませんでした」と壁に直面。出場は1試合に留まり、20年2月に第2子長男を出産した。

 託児所の設置など、ツアー会場の環境改善を願うのは「自分に子どもができたからこそ思うこと」だという。

「子どもがいなかったら、まず思わなかったでしょうね。『別に必要なくない?』と思うのもわかります。私個人の考えですが、(出産経験のない人に)託児所の必要性を理解してもらうのは本当に難しいでしょうね。

 でも、私はそれ(託児所設置)をスポンサーに丸投げするのは反対なんです。これからの選手が働きやすい環境を作るために、女子プロの中で話し合って声を上げたほうがいい。選手の年会費から払ってもいいですよね。もちろん、否定的な選手もいるかもしれない。でも、できることなら協会、選手から動き出すべき。ダメなら何がダメなのか、選手から聞くべきです」

 一般社会に比べ、ゴルフ界は「遅れていますよね」と語る。理想は出産後も仕事を続けられる環境。ママゴルファーが「当たり前」になれば、女子ゴルフの価値を高めることにもなるだろう。北田は未来のツアーへの想いを明かした。

「昔は結婚しているゴルファーも少なかったので、出産したママゴルファーも少なかった。これからの時代、出産後に復帰できるツアーというのも魅力的。女子プロゴルフの世界もそういう時代になっていってもらいたいなと思います。ゴルフもやりたい、結婚もしたい、子どももほしい。全て望んでいる選手には叶えてもらいたい。そのためにも環境作りに向けて、長い目で見て、そろそろ動き出してもいいと思います」

 1998年度生まれ、今年で23歳の「黄金世代」と呼ばれる学年が中心となって、今の女子ツアーを盛り上げている。若い選手ほど、世界を目指す選手ほど、先のことより目の前の一打に全身全霊だろう。

 でも、もし将来的に子どもを持ちたいと思うなら、ほんの少しだけ未来に目を向けて動いてみてはどうだろうか。

■北田瑠衣/THE ANSWERスペシャリスト

 1981年12月25日生まれ、福岡市出身。10歳でゴルフを始め、福岡・沖学園高時代にナショナルチーム入り。2002年プロテストで一発合格し、03年にプロデビュー。04年はニチレイカップワールドレディスでツアー初優勝し、年間3勝で賞金ランク3位。05年には宮里藍さんとペアを組んだ第1回女子W杯(南アフリカ)で初代女王に。06年から10年連続でシード権を保持した。男女ツアーで活躍する佐藤賢和キャディーと17年に結婚し、2児のママとして子育てに奮闘中。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)