「THE ANSWER スペシャリスト論」女子プロゴルファー・北田瑠衣「THE ANSWER」が各スポーツ界を代表するアスリート、指導者らを「スペシャリスト」とし、第一線を知る立場だからこその視点で様々なスポーツ界の話題を語る連載「THE …

「THE ANSWER スペシャリスト論」女子プロゴルファー・北田瑠衣

「THE ANSWER」が各スポーツ界を代表するアスリート、指導者らを「スペシャリスト」とし、第一線を知る立場だからこその視点で様々なスポーツ界の話題を語る連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。女子ゴルフでツアー通算6勝を挙げた北田瑠衣(フリー)は「THE ANSWER」スペシャリストの一人を務め、ゴルフ界のトレンドやツアーの評論、自身の経験談まで定期連載で発信する。

 今回のテーマは「日本ツアーでママゴルファーが『当たり前』になるには」前編。時折目にする「ママ選手」の活躍。ゴルフ界でも「産休制度」を利用し、出産後に復帰するプロもいる。しかし、まだ少ないのが現状だ。前編では、2児のママである北田が自身の経験を通じて感じた復帰までの大変さ、現役と育児の狭間で芽生えた母親ならではの感情などを語った。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 7月、女子ゴルフ界で栄冠を勝ち取ったママがいた。2019年4月に第1子の長男を出産し、復帰後初の優勝を遂げた若林舞衣子(ヨネックス)。出産を経験して優勝したのは6人目(1988年のツアー制施行後)の快挙だった。

 33歳となって4年4か月ぶりのツアー通算4勝目。体形の変化などもありながら、子育てと両立させて再びトップ戦線に戻ってきたことは言うまでもなく素晴らしい。ただ、6人しかいないからこそ脚光を浴びる。数が少ない理由には、復帰までのハードルがいくつかあるからだ。

 北田も「ママ」として復帰した。18年2月、36歳で第1子の長女を出産。19年4月には1年10か月ぶりに1試合だけツアー出場を果たした。20年2月に第2子の長男を出産後は出場していない。復帰までの大変さは身をもって知っている。

「妊娠中は『出産後に自分がプロゴルファーとしてどこまでチャレンジできるかな』と、ずっと考えてはいたんですよ。できることなら試合に出てみたい。でも、私はもともと腰の持病もあったので、妊娠・出産・育児をする中でそれが悪化してしまいました。

 出産後はどうしても子ども中心の生活が当たり前になります。体力的にはゼロからのスタート。周りのサポートが必要です。私には育児をサポートしてくれる家族がいましたが、その中でゴルフに対しての気力、現役中の体に近づける気力が持てませんでした。だから、若林選手はほんっっとうに心から凄いと思います」

 若林は姉や会社員の夫のサポートを受けて復帰を果たした。ツアー通算23勝の35歳・横峯さくら(エプソン)も2月に長男を出産。キャディーの夫・森川陽太郎さんらの支えを受けながら5月に復帰し、米ツアー出場も果たした。

 2人に最大限の敬意を払う北田だが、自身は母親として特別な感情があったという。

「子どもを預けて練習することに変な罪悪感もありました。それは周りの目とかではなく、自分の中の責任感です。1人目の子でしたし、何もかも初めての経験。『自分がしっかり見ていなきゃ』『このちっちゃな命を私が守っていかないと、誰が守るの?』『(練習中に)今も凄く泣いているかもしれない』と思います。母性ですよね。母親は誰しもあると思います。

 もちろん、子どもを預けて練習する選手を否定するわけではありません。若林選手にとっては、恵まれた環境が『早く成績を残したい』という力になったんじゃないでしょうか。子どもができたからこそ、また一段と強くなれたと思います。並大抵の精神力ではできません。だから、復帰して出場している選手は女性として本当に強いと思います」

 アスリートに限らず、仕事復帰を目指す世のお母さんも似た想いだろう。

30代選手が答えた出産後の復帰「もう難しいと思う」

 若い時の出産なら比較的早く筋力などを戻しやすい。もっと早く産んでいれば、ママゴルファーとして活躍できたかもしれない。しかし、北田は「両立することすら考えられなかった」と20代の自分を振り返る。「現役続行or出産して引退」という二者択一の価値観だった。

「プロで成績も出るようになり、結婚はしたけど、自分の中ではなかなか決断できなかった。それはやはり産後の大変さがあったから。もしも日本ツアーの環境が整っていたら早い時に産んでいたかもしれないですね」

 現状、日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)では出産する選手を支えるため、「産休制度」が設けられている。ツアー出場には、賞金ランク上位選手に通年で与えられる「賞金シード」や「前年優勝者」などの資格が必要。だが、成績を残せなければ資格を喪失してしまう。

 そんな中、「賞金シード」「前年優勝者」の選手が申請した場合、出産日から起算して36か月の経過を限度として産休が認められ、産休前の出場資格で復帰できる。若林も18年に産休を取得し、20年にツアーに復帰した。

 ただ、現在のシステムでは復帰しやすい環境とは言い切れない。北田は結婚した30代のシード選手に「子どもがほしいけど、どうしたらいいか」と相談されたことがあるという。「仮に出産して、その後ツアーに復帰するの?」と聞くと、「もう難しいと思う」という返答だった。

「私はその時に『それだったらあと1、2年頑張って、しっかり稼げるとこまで稼いだら?』と伝えました。これが若い子で、ツアーにも復帰したいのあれば、家族のサポートなど全ての態勢を整えてから考えた方いいねと言いますね」

 復帰のハードルを下げるには、賞金シードのボーダーラインを落とすのも選択肢だという。出場者が増えれば大会開催の負担も増えるが、賞金総額が上がっていることを考えると、その分を充ててもいい。

「シード選手は入れ替わりが激しいので、『今は妊娠できない』と出産の決断をしにくい環境でもあります。シード権の順位を今の賞金ランク50位から65位くらいまで下げてもいいんじゃないかと思います。プロになるのも狭き門ですが、シード選手になるのも狭き門。それを維持するのも本当に大変。ハードルが下がれば、『やっぱり早いときに子どもを産みたい』という選手が出てくるかもしれない」

 年々レベルが上がる女子ツアー。次々と若手が台頭するだけに、長く活躍することがより難しくなっていく。現役と出産の両方を選ぶことへのハードルは、なおさら高い。

 では、どんな環境になれば両立させやすくなるのか。よく耳にするのは、ツアー会場の「託児所」の設置。米女子ツアーでは当たり前のように置かれているが、国内ツアーでは進んでいない。後編では北田にその理由、出産後も現役を続けたい女子ゴルファーへの願いなどを語ってもらった。

(26日掲載の後編に続く)

■北田瑠衣/THE ANSWERスペシャリスト

 1981年12月25日生まれ、福岡市出身。10歳でゴルフを始め、福岡・沖学園高時代にナショナルチーム入り。2002年プロテストで一発合格し、03年にプロデビュー。04年はニチレイカップワールドレディスでツアー初優勝し、年間3勝で賞金ランク3位。05年には宮里藍さんとペアを組んだ第1回女子W杯(南アフリカ)で初代女王に。06年から10年連続でシード権を保持した。男女ツアーで活躍する佐藤賢和キャディーと17年に結婚し、2児のママとして子育てに奮闘中。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)