ヨーロッパでは、各国の顔となる数クラブが国内リーグをけん引する構図が通例となっている。さらに厳然たるヒエラルキーは欧州…
ヨーロッパでは、各国の顔となる数クラブが国内リーグをけん引する構図が通例となっている。さらに厳然たるヒエラルキーは欧州全土へと広がり、頂点への長い坂道を形成している。
その図式の中で、イタリアでは長年にわたり、ユヴェントスの1強ぶりが目立ってきた。世界最高峰リーグと呼ばれた時代は遠い昔。セリエAは落ち込みが続いていた。
しかし、W杯予選敗退というどん底を前後して、「開き直りの挑戦」への機運が高まり、リーグの競争力が激化。リードする存在はなくなったものの、リーグ全体の底上げ、さらには代表チームのEURO制覇へとつながった。
拮抗したリーグでのクラブ間の競争の活性化、新戦力の台頭と代表チームへの還元…。現在のセリエAには、やはり世界でも珍しい「超拮抗リーグ」Jリーグが学ぶべき点が透けて見えてくる。
■イタリア代表のメインを占めた「セブンシスターズ組」
上位勢の競争が増し、一部のプロヴィンチャ(地方の中小クラブ)が中堅として立場を確立すれば、リーグ全体と代表の地力も高まる。その恩恵で、マンチーニはバランスよく、様々なクラブから選手を呼ぶことができるようになった。EUROに招集した26人のうち、「セブンシスターズ」在籍は16名。チェルシーとパリ・サンジェルマン所属が4名、デ・ゼルビのサッスオーロの主力が3名だ。
リーグの力が拮抗し、複数クラブからバランスよく選手が集まれば、その国の代表は大きな成果を残せる――もちろん、そんな保証はない。
近年のW杯やEUROを制した国をみても、スペインやドイツ、フランスには、それぞれ頭ひとつ抜け出たチームがいる。ラ・リーガでレアル・マドリーやバルセロナ、ブンデスリーガでバイエルン・ミュンヘン、リーグアンでパリ・サンジェルマンが別格なのは確かだ。
一方で、EURO2016を制したポルトガルは、ポルト、ベンフィカ、スポルティングの3強が競うリーグだ。今回のEURO決勝をイタリアと戦ったのが、高レベルのトップクラブを複数抱えるプレミアリーグを擁するイングランドだったことも、偶然ではないかもしれない。
1リーグ制に戻ってからの4年間、Jリーグは川崎フロンターレが3回優勝した。その4シーズンでは上位の顔ぶれが変わり続け、トップ5に名を連ねたのは鹿島アントラーズだけだった。今季も川崎が首位を独走したが、シーズン中盤には横浜F・マリノスが川崎を猛追し、一時は勝ち点1差にまで詰め寄った。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権をめぐる3位争いなど、上位でも拮抗した展開が続いている。一方で、躍進したチームが翌年には1部リーグ残留危機にあえぐことも珍しくないという、恐ろしいほどに気の抜けないリーグである。
サッカーにおいて、優勝という正解を必ず導き出せる式は存在しない。ただ、上位勢がしのぎを削り、リーグ全体の競争力が高まることは、ひとつの解となる可能性はある。ユーヴェ1強から戦力の拮抗へと移り、代表チームの強化にもつなげたイタリアの変遷は、現在のJリーグと日本サッカーにとって参考となるかもしれない。
■伝統への回帰か、慣習への固執か
いずれにしても、大切なのは継続力だ。リーグが拮抗してレベルアップを成し遂げても、長続きしなければ、現在世界トップのプレミアリーグには追いつけない。その意味で興味深いのは、「欧州型」を意識しても、イタリアらしさが完全に失われてはいないことだ。
例えば、昨季のインテルで一時期導入を目指したハイプレスを断念し、ロメル・ルカクを軸とした速いカウンターに専念することを選んだアントニオ・コンテは、国内を制覇してもCLでは早期敗退に終わった。その姿勢と戦い方に対する批判も少なくない。
改革に失敗したユヴェントスは、マッシミリアーノ・アッレグリを呼び戻し、守備第一を重視したスタイルに戻りつつある。インテンシティーよりも展開に応じた対応力で結果をもぎ取ることを最優先するのは、よく言えば伝統への回帰、悪く言えば古き慣習への固執だ。
だが実際、アッレグリが5連覇を遂げたユヴェントスは、リーグ最少失点だった。昨季の王者インテルも、今季首位に立っているナポリもまた、リーグ最少失点だ。現在2位のミランも、リーグ2位の失点数に抑えている。カテナッチョはなくなったが、守備重視のDNAが消滅することはない。
「欧州型」を取り入れつつも、らしさが残るリーグとなりつつあるイタリアサッカーが、完全復活を遂げるのか、衰退していくのかは、時間だけが教えてくれる。ただ、様々なスタイルのクラブが高レベルで競っていくのは、単純に見る者を魅了するはずだ。少なくとも、国内外におけるカルチョへの熱は、数年前より高まっているように感じる。
カルチョ界が進む先に待つのは、さらなる栄光なのか。それとも、再び下り坂を迎えるのか。
ある意味で、イタリアサッカーは終わった。だがすでに、新しいイタリアサッカーは始まっている。