ネイマールの危機(前編) 後編を読む>> これまでネイマールの引き起こした数々の騒動が伝えられてきた。ピッチ内での諍いや…

ネイマールの危機(前編) 後編を読む>>

 これまでネイマールの引き起こした数々の騒動が伝えられてきた。ピッチ内での諍いやファウルを受けた時の大袈裟なパフォーマンス、ド派手なパーティー、脱税や暴行疑惑......。しかし、今回の問題はこれまでになく深刻そうだ。

 サッカーが宗教にもたとえられるブラジルでは、選手のプレッシャーは半端ではない。しかし、幸いにもブラジルにはいつも数多くのスター選手が存在していた。だから、ペレが不調であればリベリーノが、ジーコが失敗すればソクラテスやファルカンが、ロマーリオがゴールをミスしてもベベットが、ロナウドが本調子でなくてもロナウジーニョがどうにかしてきた。

 しかし、2010年以降、ブラジルからスターが消えた。その年の南アフリカW杯ではドゥンガがチームを率い、ベスト8で敗退した。そのことは覚えているが、誰がプレーしていたかはほとんど印象がないだろう。そんなブラジルのたったひとつの希望がネイマールだった。

 


パリ・サンジェルマンでトレーニング中のネイマールとリオネル・メッシ photo by AP/AFLO

17歳でプロデビューすると、U-20南米選手権で得点王となってブラジルを優勝に導き、ロンドン五輪で4得点をあげて銀メダルの推進力となり、フル代表ではデビュー戦でゴールを決める。そんなネイマールに誰もが大きな期待をかけた。それ以来、約10年にわたって期待はネイマールの双肩にかかり続けてきた。

 その間にも優秀な選手は数多く生まれたが、彼とスターの座を分け合うまで成長した選手はいなかった。今日でもネイマールはブラジルの一枚看板だ。そのことは彼のプレッシャーとなると同時に、免罪符ともなってきた。

 10代後半でネイマールの名が世界に知られ始めた時、彼は本当の意味でスターダムにのし上がる準備ができていなかった。技術は一流でも、精神的にはまだ子供だった。それなのに皆からもてはやされた結果、彼の内面はそこで成長を止めてしまった。その後、唯一のスターである彼が引き起こした数々の問題を人々が許してきたことも、ネイマールの勘違いを増長させてきた。

 だが、30歳まであと数カ月の今、ネイマールは四面楚歌の状態に陥っている。

 かつて愛されたバルセロナのサポーターは彼を裏切り者と呼び、現在のパリ・サンジェルマン(PSG)のサポーターは彼を無能扱いし、ブラジル人はいつまでも大人になれないネイマールに愛想をつかしつつある。スポンサーのナイキに契約を打ち切られ、カタールW杯のアンバサダーからも降ろされた。たび重なるトラブルや子供じみた言動に、誰も我慢しなくなった。

 9月に行なわれたカタールW杯南米予選第10節のペルー戦で、彼はゴールを決め、セレソン(ブラジル代表)の公式戦のゴール数がペレと同じ70台となった(ペレは77)。それ自体はすばらしいことだ。ただこの時、ペレはかなり体調が悪くちょうど入院中だった。そんなペレに「メッセージを」と請われると、ネイマールはこうコメントした。

「ペレが早くよくなるように、そして僕が早く得点記録のトップになれるように」

 この無神経な発言にブラジルの世論は炎上した。

 PSGでは今シーズン第10節までのネイマールの成績は1ゴール、2アシスト。これといった活躍は見られない。テレビのコメンテーターには「ネイマールはベンチに残すべきだ」と言われ、PSGのOBエドゥアール・シセはネイマールのことを「甘やかされた子供」と非難。第8節モンペリエ戦ではチームメイトのキリアン・エムバペから「ネイマールがパスをくれない」と苦言を呈された。

 セレソンで10月10日に行なわれたW杯南米予選のコロンビア戦がスコアレスドローに終わり、連勝が9でストップしたのはネイマールのせいだと言われている。ネイマールはこの試合で30回近くもボールを失っていた。試合後にはグローボTVの国民的コメンテーター、ガルバオ・ブエノがぼそりと「愚か者だ」と呟いたのをマイクが拾った(これにネイマールの家族がかみつき「愚か者はお前のほうだ」と反撃したので、騒ぎはより大きくなってしまった)。

 いまや非難はネイマール中心のチームを作り続けるチッチ監督にまで及んでいる。

 先に述べたペルー戦では、ネイマールは1ゴール1アシストの活躍を見せた。しかし試合後にマイクを向けられた彼の表情は晴れなかった。

「みんなからリスペクトされるために、これ以上、何をしたらいいかわからない。こんな状態が日常化して、ずっと続いている。ときどきインタビューにも答えたくなくなる」

 ネイマールは生中継でそう嘆いた。

 またDAZNのインタビューではこんな発言をして皆を驚かせた。

「たぶん2022年のカタール大会が自分にとって最後のW杯になると思う。それ以降も顔を上げてサッカーを続けられるか、わからないからだ」

 こうした発言から、ネイマールが精神的にかなり疲弊していることがうかがえた。

 FIFPro(国際プロサッカー選手会)は最近になって、プロ選手のメンタルをケアする活動を開始している。彼らが出した統計によると、プロ選手の23%に睡眠障害、9%に鬱、7%に不安障害があるという。キャリア途中で選手を辞めた者の13%は心の問題が遠因だともいう。

 選手のメンタルヘルスの問題といえば、最近ではテニスの大坂なおみ選手や東京五輪を途中棄権したアメリカの体操女王シモーネ・バイルズ選手の例もある。ネイマールがそこまで追い込まれているのかどうかはわからないが、なんらかのダメージを負っているのは確かだろう。
(つづく)