10月9日、スターダムのビッグマッチ、大阪城ホール大会が開催された。女子プロレス26年ぶりの開催となる大阪城ホール。ワンダー・オブ・スターダム王座、通称"白いベルト"を懸けて、挑戦者・岩谷麻優が王者・中野たむに挑んだ。 2018年1月、ヒ…

 10月9日、スターダムのビッグマッチ、大阪城ホール大会が開催された。女子プロレス26年ぶりの開催となる大阪城ホール。ワンダー・オブ・スターダム王座、通称"白いベルト"を懸けて、挑戦者・岩谷麻優が王者・中野たむに挑んだ。

 2018年1月、ヒールユニット・大江戸隊を追放させられたたむを、STARSに勧誘したのが岩谷だった。9月、二人は鹿島沙希とともにアーティスト・オブ・スターダム王座のベルトを巻く。しかし2020年11月、たむがSTARS内に新ユニットCOSMIC ANGELSを結成すると歯車が狂い出し、12月、COSMIC ANGELSはSTARSを脱退した。

 一時はプロレスをやめようとしたたむ。そんな彼女を支え続けた岩谷。たむの岩谷への愛はあまりにも深い。試合前夜、たむはなにを思うのか――Zoomインタビューを敢行した。


大阪城ホールで、岩谷麻優を迎え撃った王者・中野たむ

 ⓒSTARDOM

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 Zoomの画面を開くと、いつになく神妙な面持ちのたむがいた。時折、笑顔を見せるも、すぐに俯いてしまう。彼女は感情が高ぶると、その感情を抑えるように俯く癖がある。今にも泣き出しそうなたむを見て、筆者も必死に涙を堪えた。

――いよいよ明日ですが、ちゃんとご飯は食べられていますか? 眠れていますか?

「ご飯は相変わらず鶏肉とブロッコリーを食べているのと、10月4日に2回目のワクチンを打ったんですよ。ちょっと熱が出て、逆にたくさん寝られました」

――心境はいかがですか?

「怖いです、正直......。岩谷麻優という存在も怖いし、この試合が持っている意味も怖い」

――どんな意味を持っている?

「岩谷麻優を目指して白いベルトの防衛戦をしてきて、ついに彼女の挑戦を受ける形になった。明日の試合が私の今までのプロレス人生の中で、一番大きなターニングポイントになるんだろうなとすごく感じています」

――岩谷選手はどんな存在ですか?

「ずっと神様みたいな人でした。岩谷麻優がいないとなにもできないと言われた時期もあったし、どうしても彼女を超えたい、同じ目線に立ちたいという気持ちでユニットも作りました。明日、有無を言わさず3カウントを取らないと、この先の"たむロード"はない。中野たむのプロレス人生は、ここから先には行けないのかなと思います。迷っていることはなにもなくて。弱かった自分をぶっ壊すためにも、岩谷麻優をぶっ壊さなきゃいけない。それだけです」

――「岩谷麻優は私の希望だったけど、いつの間にか呪いになった」というツイートをされていましたね。

「4年前に長期欠場から復帰して、それから3年間、岩谷麻優に育ててもらったので、私のプロレスって岩谷麻優がすべてだったんです。彼女みたいに、相手の技をド派手に受けきって、最後の最後まで諦めないで勝つプロレス。岩谷麻優のプロレスがしたくてずっとやってきた。私のプロレスはたぶん今でも岩谷麻優なんです。それがどうしても消せない。その呪いを消さないと、中野たむのプロレスはこれから先はない」

――明日勝ったら、消えると思いますか?

「勝ったら消えると思っています。勝つことでしか消せない」

――呪いを消すことが、闘う理由?

「岩谷麻優がいなかったら、私は絶対、プロレスやめてたし、好きになっていなかったし、こんなに楽しくプロレスできるようになっていなかった。4年弱くらい前に、『もうプロレスやめる!』ってみんなの前で泣き喚いたことがあったんですよ。その時に岩谷麻優が、普段は後輩に声をかけたりしないのに、泣きながら『やめないで、たむちゃん。あと3カ月だけ一緒に頑張ろ。一緒にベルト巻こ』って言ってくれたんです」

――プロレスをやめようと思ったのはなぜ?

「欠場から復帰したばかりで、試合も全然勝てなくて、自分の体も思うように動かないし、試合勘も全然戻らなくて。そんな時、大江戸隊にめちゃくちゃいじめられて、ひどい仕打ちを受けることにもう耐えられないし、人間不信になって、プロレスが嫌いになりました」

――岩谷選手が励ましてくれた。

「どうしようもない私に、なんでこんなに優しくしてくれるのか全然わかんなかったけど、こんな私に手を差し伸べてくれる麻優さんに恩返しするまでは、絶対、プロレスをやめられない。この人に喜んでもらうために頑張ろうって思いました」

――どうしたら恩返しできると思いますか?

「恩返しって言いましたけど、そういう柔らかい言葉に頼りたくはないんです。リングの上で見る岩谷麻優って本当にすごくて、マジで後光が差してるんですよ。めちゃくちゃカッコよくて、目もキラキラしてて、彼女を目の前にすると、すごく弱い自分が出てきてしまう。岩谷麻優をぶっ壊すという気持ちでいないと、自分の弱さに負けちゃう」

――明日勝ったら、どんな自分になれると思う?

「岩谷麻優に勝てた時、本当にひとりのレスラーとして、ユニットのリーダーとして、スターダムのエースとして、中野たむという選手がひとりで歩いて行ける。あの頃の岩谷麻優を超えて、今度は私がだれかに施してあげられるトップの選手になれると思います」

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 大会当日、大阪の最高気温は30℃を超えた。会場に到着すると、試合開始1時間半前にも関わらず物販ブースには長蛇の列。全国に広がるスターダムの勢いを感じずにはいられなかった。

 第0試合から、会場は大いに沸いた。豪華な演出、煌びやかなコスチューム、美しく、そして強い選手たち......。観客一人ひとりの紅潮した顔が、この大会が持つ意味の大きさを物語っていた。

 タイトルマッチが次々と行なわれる。フューチャー・オブ・スターダム選手権試合(●ウナギ・サヤカvs琉悪夏〇)、ハイスピード選手権試合(〇スターライト・キッドvsフキゲンです★●)、アーティスト・オブ・スターダム選手権試合(なつぽい、ひめか、〇舞華vs上谷沙弥●、AZM、渡辺桃)。そしてついに迎えたセミファイナル。会場に張り詰めた空気が漂った。中野たむと岩谷麻優の一騎打ちが始まる――。

 ゴングが鳴る。両者、コーナーから動かない。対角線上に、真っ直ぐ見つめ合う。2人だけの空間。長い時間が流れる。

 レフェリーに促され、先に仕掛けたのはたむだった。静かなグラウンドの攻防。じっくりと2人の歴史を噛み締めるかのように、技を掛け合う。一瞬の隙を狙い、たむがジャーマン・スープレックスを繰り出すも、岩谷はすぐに立ち上がる。「岩谷! 岩谷! 岩谷!」と叫ぶたむの声が、静まった会場に響き渡る。そしてたむのプランチャ――。


場外の岩谷(下)にプランチャを見舞う中野

 ⓒSTARDOM

 2018年9月、たむは岩谷とアーティスト・オブ・スターダム王座のベルトを巻いた。しかし防衛戦でたむのプランチャが誤爆し、岩谷はケガを負った。それからたむは、ケガをさせた負い目から飛べなくなってしまう。コーナーの上で震えるたむに、岩谷は言ったという。「大丈夫、飛べるよ」――。今でもたむは、その"魔法の呪文"を唱えることがある。

 しかしそんな過去を断ち切るかのように、たむは高く飛んだ。一切の迷いは感じられなかった。続いて4連続ジャーマンを繰り出し、あの頃の弱かった中野たむではなく、チャンピオン・中野たむの強さを見せつけた。

 残り時間、5分。両者場外へ。ボロボロになりながら、カウント19でリングに戻る。残り時間、3分。岩谷がトップロープへ。驚異的な高さのフロッグ・スプラッシュ。残り時間、1分。岩谷が再びトップロープから執念のムーンサルト・プレス。残り時間、30秒。たむが強烈なスクリュー・ドライバーを繰り出した。しかし、岩谷は立ち上がる――。

 ゴングが鳴った。たむのトワイライト・ドリームが美しく弧を描いたが、わずか数秒、遅かった。

 結果はドロー。ベルトは防衛したが、岩谷に勝つことはできなかった。リングに横たわりながら、マイクを持つ。


試合後、再びリングで相まみえることを誓った

 ⓒSTARDOM

「岩谷麻優......岩谷麻優......。私は、あんたを超えるためだけに、ここまでやってきた。引き分けなんて、認めない。勝たなきゃ意味がない。絶対に、決着をつける。絶対......。岩谷麻優。あなたをめちゃくちゃにぶっ壊すのは、私だけだ。......そうでしょう?」

 そう問いかけながら、愛おしそうに岩谷を見つめる。おそらくまだ、岩谷麻優の呪いは解けていない。

 岩谷も再戦を要求した。「たむが麻優をボコボコにできるなら、麻優はたむをボコボコにする。いつか、中野たむからそのベルトを奪ってみせるから......それまで、大切にね」――。

 2人の第二章が始まった。