10月8日に行われたワールドカップアジア最終予選、日本代表はサウジアラビア代表と対戦したが、痛恨のミスから失点し、0-…

 10月8日に行われたワールドカップアジア最終予選、日本代表はサウジアラビア代表と対戦したが、痛恨のミスから失点し、0-1で敗れた。3戦が終わって、ここまで1勝2敗と負けが先行。グループBでは日本をはじめ6チームが属しているが、日本は現在3位となっている。しかし、1位のオーストラリアとサウジアラビアはともに3連勝で、日本とはすでに勝ち点差が6となっている。

 9月に行われた2試合では、初戦のオマーン戦でまさかの黒星発進。続く中国戦では大迫勇也のゴールを守り切り、1-0でなんとか勝ち点3を手にしたものの、1勝1敗でグループでは4位スタート。

 この10月の2試合は是が非でも勝利が必要だったが、8日のサウジアラビア戦でも0−1で黒星を喫し、日本は依然として勝ち点3のままである。サウジアラビア戦後、不甲斐ない結果にサッカーファンやサポーターは怒り心頭で、ネット上では様々な議論が飛び交った。

 今回のアジア最終予選は合計10試合が行われる。すでに3試合を終え、およそ3分の1を消化した状態だが、過去の日本代表のワールドカップ予選において、予選のスタートからここまで負けが先行したことはあったのだろうか。

 そこで、様々な年代におけるワールドカップ予選において、初戦からの3試合の戦績を調べてみた。

 無論、年代が異なれば、苦戦を強いられることはよくあることで、どの国においても代表のレベルには差が出てくる。また、時代背景やレギュレーションの変更、参加国数の推移など、様々な側面も考慮しなければならないため、一概に比較できるものではない。また、現在の日本代表においては監督交代、戦術、先発メンバー、交代カードの使い方など、議論すべきことはあるだろうが、ここではそうした要素は別な機会での議論としたい。

 今回はあくまでも、それぞれの年代のワールドカップ予選において、熱戦の記憶とともに、序盤から3試合までの戦績を振り返ってみたい。まずは、前回大会のロシア大会から、日本が本大会初出場を決めた1998年のフランス大会の予選までを見てみよう。

■2018年・ロシア大会~2010年・南アフリカ大会

【2018年・ロシア大会】

■予選開催時期:2016年9月~2017年9月

■最終戦績:6勝2分2敗 勝ち点20 最終予選1位通過(10試合中9戦目で本大会出場決定)

■監督:ヴァヒド・ハリルホジッチ

■予選時の主力選手:大迫勇也、原口元気、本田圭佑、香川真司岡崎慎司山口蛍遠藤航吉田麻也長友佑都酒井宏樹など

■参加国数:6カ国(最終予選グループB)

■予選スタートから第3戦までの戦績:2勝1敗(勝ち点6)

 前回大会の最終予選も波乱の幕開けだった。初戦の相手はアラブ首長国連邦(UAE)。ホームで行われた試合では本田圭佑のゴールで先制するも、逆転を許し、1-2でまさかの敗戦。当時はホームでの敗戦やベテラン依存の攻撃力が不安視された。

 最終予選が黒星スタートとなったのは、現在の日本代表と同じ。しかし、2戦目のタイ戦はアウェーの地で2-0で完封。さらに、ホームで行われた3戦目のイラク戦も2-1で勝利し、3戦を終えて勝ち点6と、なんとか持ち直した。その後も安定して勝ち点を積み上げ、9戦目のオーストラリア戦を2-0で終えて、本大会出場が決定した。しかし、出場決定後にハリルホジッチ監督が解任され、本大会では西野朗監督が指揮を執ることになった。

 ちなみに、本田圭佑は今回の日本代表のサウジアラビア戦の敗戦を受けて、10月8日に、

日本代表の戦士たちよ。
俺からはこの一言だけ伝えたい。
大いにこの逆境を楽しめ。

 とツイートしている。

【2014年・ブラジル大会】

■予選開催時期:2012年6月~2013年6月

■予選での最終戦績:5勝2分1敗 勝ち点17 最終予選1位通過(8試合中7戦目で本大会出場決定)

■監督:アルベルト・ザッケローニ

■予選時の主力選手:本田圭佑、香川真司、岡崎慎司、遠藤保仁長谷部誠内田篤人、吉田麻也、長友佑都、川島永嗣など

■予選参加国数:5カ国(最終予選グループB)

■スタートから3戦までの戦績:2勝1分(勝ち点7)

 ザッケローニ監督時代は、国際親善試合でリオネル・メッシ率いるアルゼンチン代表に1-0での歴史的勝利を果たすなど、国際大会で安定した戦績を積み上げ、ワールドカップ予選が始まる前から期待度も高かった。

 最終予選の初戦では、先月に行われた初戦でも対戦したオマーンを相手に、この時は3-0で快勝。続くヨルダン戦も、本田圭佑のハットトリックなど6得点で圧勝した。3戦目はオーストラリアの敵地で1-1で引き分けたが、初戦からの3戦で勝ち点7に積み上げ、順調なスタートダッシュを見せた。 

【2010年・南アフリカ大会】

■予選開催時期:2008年9月~2009年6月

■予選での最終戦績:4勝3分1敗 勝ち点15 最終予選2位通過(8試合中6戦目で本大会出場決定)

■監督:イビチャ・オシム→岡田武史

■予選時の主力選手:中村俊輔玉田圭司田中達也、遠藤保仁、長谷部誠、阿部勇樹、内田篤人、田中マルクス闘莉王、中澤佑二、楢崎正剛など

■予選参加国数:5カ国(最終予選グループA)

■スタートから3戦までの戦績:2勝1分(勝ち点7)

 オシム監督は若手選手の発掘と育成に力を入れ、世代交代を図った。しかし、最終予選を前にオシム監督が脳梗塞で倒れたことにより退任し、岡田武史監督が2度目の代表監督に就任。

 最終予選の初戦、バーレーン戦では相手に追い上げられるものの、3-2で逃げ切り、白星スタートとなった。2戦目はウズベキスタンをホームに迎え、先制される展開になるものの、玉田圭司のゴールで追いつく。アウェーで行われた3戦目はカタールと対戦し、3-0で快勝している。

■2006年・ドイツ大会~1998年・フランス大会

【2006年・ドイツ大会】

■予選開催時期:2005年2月~2005年8月

■予選での最終戦績:5勝1敗 勝ち点10 最終予選1位通過(6試合中5戦目で本大会出場決定)

■監督:ジーコ

■予選時の主力選手:中田英寿、中村俊輔、柳沢敦、福西崇史、稲本潤一、中田浩二、川中澤佑二、宮本恒靖、川口能活など

■予選参加国数:4カ国(最終予選グループB)

■スタートから3戦までの戦績:2勝1敗(勝ち点6)

 ジーコ監督が指揮を執ったドイツ大会の最終予選は、北朝鮮が初戦の相手だった。先制しながらも相手の猛攻を受けて同点に追いつかれ、迎えた後半アディッショナルタイムに大黒将志の劇的ゴールによって2-1で辛くも勝利した。2戦目はアウェーでイランと対戦したが、1-2で敗れる。3戦目はホームにバーレーンを迎えるが、得点はオウンゴールのみで1-0で勝利。スタートの3戦はいずれも苦しい試合となったが、それでも3戦を終えた段階では勝ち点6を積み上げている。

【2002年・日韓大会】

開催国のため、予選免除

【1998年・フランス大会】

■予選開催時期:1997年9月~11月

■予選での最終戦績:3勝4分1敗 勝ち点13 最終予選2位でプレーオフ進出(予選7試合中最終戦でプレーオフ進出が決定)→プレーオフの結果、初の本大会出場決定

■監督:加茂周→岡田武史

■予選時の主力選手:三浦知良、中山雅史、中田英寿、呂比須ワグナー、北澤豪、名波浩、秋田豊、名良橋晃、相馬直樹、井原正巳、川口能活など

■予選参加国数:5カ国(最終予選グループB)→プレーオフではイラン代表と対戦

■スタートから3戦までの戦績:1勝1分1敗(勝ち点4)

 初戦のウズベキスタン戦では6-3で快勝したが、2戦目のUAE戦では1-1で勝ち切れず、さらに3戦目の韓国戦ではホームで1-2で敗れた。

 以上から分かるとおり、開催国出場だった日韓大会を除き、日本が本大会に出場した6大会の予選において、初戦からの3試合で2敗を喫した最終予選はひとつもない。苦戦を強いられながら、初の本大会出場を決めたフランス大会であっても、序盤の3試合を終えた段階での勝ち点は4で、森保ジャパンの現在の戦績を上回っている。

 それでも、フランス大会出場までの道のりが険しかったことは、旧来のサッカーファンなら誰もが記憶しているところだろう。その後も引き分けが続いた日本代表は勝ち点を伸ばすことができないなか、最終予選の期間中に加茂周監督の解任が決定し、当時、コーチだった岡田武史監督が就任。過去に最終予選の期間中に監督が交代したのは、この時だけだった。

 8試合が行われた最終予選のラスト2試合、韓国にアウェイで2-0で勝ち、最終節でカザフスタン代表を5−1に勝利したことで、日本はプレーオフに進出。プレーオフのイラン戦も先制しながらも追いつかれ、延長戦に突入するという厳しい戦いになったが、延長後半13分に岡野雅行の劇的ゴールが決まり、初の本大会出場を決めた。待ちわびた瞬間に日本中が湧いた「ジョホールバルの歓喜」である。

 現在の日本代表のように、予選の序盤から負けが先行した年代はあったのだろうか。

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