鈴木勇斗(すずき・ゆうと)
●守備 投手 ●身長・体重 174cm・83kg
●生年月日 2000年3月17日 ●所属 創価大
●球歴 鹿屋中央高→創価大
●出身地 鹿児島県 ●投打 左左


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 3年秋に取り入れたクレイトン・カーショー(ドジャース)を参考にした二段モーションのフォームがピタリとハマり大飛躍を遂げた。最速152キロのストレートに加え、変化球もスライダー、カーブ、チェンジアップを制球良く投げられる。さらに今年からツーシームも習得して、相手のバッドの芯をズラすことに成功。場面によっては打たせて取り球数を減らすこともできるようになった。まさに柔と剛の両面を併せ持つ本格派左腕となっており、ドラフト上位での指名も期待されている。

 鹿児島県日置市に生まれ、父と兄が野球をしておりメジャーリーグもよく観ていたことで自然と野球を始めた。最初に覚えた野球選手は豪腕左腕のチャップマン(ヤンキース)。それでかどうかは分からないが、野球のみ左利きで日常生活は右利きだという。

 小中学時代はフレッシュリーグ(九州硬式少年野球協会)の串木野黒潮でプレー。早生まれなこともあってか足も遅く、そこまで目立つ選手ではなかったようだが、鹿屋中央高校進学後に急成長を遂げる。寮に入り「夕食では3合のご飯を食べていました」と振り返るように、体がひとまわりもふたまわりも成長したことで球速も上がり、入学当初に130キロも出なかった球速は最速148キロを計測するまでになった。甲子園には届かなかったが、3年夏に鹿児島大会4強入りした。

 ただコントロールは悪く、堀内尊法監督(当時コーチ)が「三振を10個獲っても同じくらい四球を出すようなイメージでした」と笑って振り返るほどだ。それでも鈴木のひたむきな姿勢と、創価大で出会った人々によって、さらに成長を遂げる。

 小川泰弘(ヤクルト)や石川柊太(ソフトバンク)らを育成してきた名伯楽・佐藤康弘投手コーチ(1992年バルセロナ五輪銅メダリスト)の技術指導や、2学年上の先輩である杉山晃基(ヤクルト)望月大希(日本ハム)小孫竜二(鷺宮製作所)から野球に取り組む姿勢に刺激を受けて着実に成長を続けた。彼らの後を継いでエースになった頃には、制球に苦しんでいた過去の姿は微塵も見えなくなっていた。

 そして秋には東京新大学リーグで4勝1敗と優勝に貢献しMVPに輝くと、関東大学選手権でも全3試合16イニングに登板し6失点という好投で準優勝に貢献し敢闘賞を獲得した。  

 この秋も開幕戦で自身も「記憶にない」という無四球完封勝利を達成するなど、最後の秋に4年間取り組んできたことの成果を大いに見せつけている。

 プロ入り後の目標については、「自分の投げている姿を見て、少しでも元気や勇気を与えられる選手になれたらと思っています」と使命感も強いだけに、球界や社会に活気を与えるような存在の投手になって欲しい。

文・写真=高木遊