カタールW杯アジア最終予選特集 日本とサウジアラビアは過去に国際Aマッチを13回戦っている。通算の対戦成績は日本の8勝1…
カタールW杯アジア最終予選特集
日本とサウジアラビアは過去に国際Aマッチを13回戦っている。通算の対戦成績は日本の8勝1分4敗だが、13回中6回が中立地での対戦だ。ホーム戦は5試合。アウェー戦に至ってはわずか2試合しかない。最後に戦ったのは2018年ロシアW杯の最終予選の最終戦(2017年9月6日・アウェー)になる。
サウジアラビア第2の都市ジッダを舞台にして行なわれたこの一戦。すでに本大会出場を決めていた日本にとっては、事実上の消化試合だった。しかし、その時、オーストラリアと同じ勝ち点で競り合うサウジアラビアにとっては、突破のかかる重要な一戦とあって、スタンドは6万2165人の観衆で埋め尽くされた。当時、そこで喫した0-1の敗戦を特段、憂う気持ちにはならなかったが、再び同じジッダで戦うことになったいまとなっては、その敗戦が重く感じられる。
今回は正真正銘のアウェー戦だ。サッカーはホームが有利と言われる。他の競技よりそれは声高に叫ばれる。ちょっとした精神状態がプレーに影響を及ぼすからだ。ノリが良いか悪いかで、100の力が70しか出ない場合もあれば、120出てしまうこともある。注目は、5年前の戦いを経験している川島永嗣、吉田麻也、酒井宏樹、長友佑都、植田直通、柴崎岳、原口元気、浅野拓磨の8人だ。彼らがチームをリードできるかだ。自身が保持する100の力をどれほど出すことができるか。

サウジアラビア戦に向けて調整する吉田麻也ら日本代表の選手たち
コロナ禍ということもあり、現地に到着した選手の行動範囲は、ホテルとスタジアムの往復に限られているだろうが、それでもいまごろ、独得の違和感を味わっているはずだ。
酒井、長友、大迫、権田修一、谷晃生以外の欧州組は、欧州の各都市から直接現地に入っている。中欧州とサウジアラビアの時差は現在わずか1時間(冬時間では2時間)。日本が試合をする頻度が高いUAEやカタール、オマーン、バーレーンより1時間分、欧州に近い。欧州組にとってこの移動は、地球を南下する感覚だろう。
問題は気温差だ。おそらく日中の気温は35度を越えるのではないか。キックオフ時間の20時になれば、30度以下に下がると思われるが、日本より涼しい欧州から現地を訪れると、より暑く感じられるはずだ。
日本から見れば、同じ中東でもUAE、カタール、オマーン、バーレーンより奥まった場所に位置することになる。UAE、カタールと違い、日本からの直行便はない。だからというわけではないが、よりディープで、異文化に触れることになる。
日本代表を取材する記者たちが、最初に中東の地を訪れたのは1993年のアメリカW杯アジア最終予選の舞台となったカタールだった。ドーハのホテルに2週間、滞在しながら日本の計5試合を追いかけたのだが、ホテルの内部には、密かにアルコールが飲めるラウンジが設けられていて、夜になるとそこで、日本サッカーの可能性について、取材者同士で激論を交わしたものだった。
最初にサウジアラビアを訪れたのは、そのおよそ2年後。1995年1月に開催されたインターコンチネンタルカップだ。その後、コンフェデレーションズカップに名称を変えた大会だが、当時はFIFAでなく、サウジアラビアが主催していた。キング・ファハド・カップとは、時の王様の名にちなんで名づけられた大会名である。1992年に広島で開催されたアジアカップで優勝した日本は、アジアの代表としてこの大会に臨んでいた。
結果は2敗。ナイジェリアに0-3、アルゼンチンに1-5と大敗を喫した。アルゼンチン戦で、都並敏史が相手のエース、ガブリエル・バティストゥータに後方から蟹挟みのようなタックルを見舞い、主審からイエローカードを出されたシーンは、肩身が狭くなるような思い出としていまだ脳裏から離れない。
首都リヤドで行なわれたこの大会に日本から駆けつけたサポーターは、ほとんどいなかった。ドーハには大挙駆けつけることはできたが、サウジアラビアを訪れることは簡単ではなかった。サウジアラビアはイスラム教の戒律が厳しく、一般の入国は制限されていた。
アルコールも一切口にできなかった。2年前のカタールのように、飲酒できる場所はどこかにあるだろうと楽観的になっていたが、それは甘かった。飲酒する手段は一切なかった。サウジアラビア人に尋ねれば、週末、酒を飲むために海外に出かける人は少なくないという。
そもそも外国人の数が少ない。出稼ぎに来ている労働者を見かけないし、観光業に依存していないので、外国人が楽しめそうな場所、高揚感を掻き立てるような場所が著しく少ない。なにより街並みに色味が乏しく、華やいだ雰囲気がない。一方でスタジアム周辺はかなり男臭く、暑苦しいムードに包まれている。このなかで日本人が精神的なノリを維持し、100の力を100出すことは簡単ではない。
ちなみに、サウジアラビアの国土面積は日本の約5.7倍ある。秋田県ほどしかないカタール、北海道とほぼ同じ面積のUAE、四国とほぼ同じ面積のクウェートなどと比較すれば、その広大さはイメージできるだろう。ライバルはペルシャ湾を挟んだ反対側に位置するイラン(日本の国土面積の4.4倍)だ。
そのイランのサッカー選手と言えば、かつて、バイエルンやヘルタ・ベルリンでプレーしたアリ・ダエイを真っ先に想起するが、サウジアラビアの選手でこれに対抗する選手と言えば、サイード・オワイランになる。1994年アメリカW杯対ベルギー戦で、1986年メキシコW杯対アルゼンチン戦でディエゴ・マラドーナがマークした60メートル5人抜きシュートを5メートルほど超える、65メートル5人抜きシュートを決めた左利きのアタッカーだ。
サウジアラビアは、日本が出場を逃したこのアメリカW杯でベスト16に進出した。ドーハで行なわれたアジア最終予選の初戦で、日本が引き分けた(0-0)相手だっただけに、ロバート・F・ケネディ・メモリアルスタジアム(ワシントン)でその瞬間をじかに目撃した時、サウジアラビアとオワイランを、より眩しい存在に感じた。
対サウジアラビアの戦績を、冒頭で13戦して8勝1分4敗と記したが、日本国内で戦った試合に限れば5戦5勝だ。その5戦はすべて観戦しているが、それらの試合を通して、サウジアラビアが強そうに見えたことは1度もない。地球の自転方向に進むと、時差ボケがより辛くなると言われるが、サウジアラビアが日本でからっきし弱い理由は、それだろうか。
サウジアラビアで行なわれたアウェー戦は、日本の2戦2敗だ。10月7日に行なわれる一戦は、データ的には苦戦必至の試合と言うべきだろう。