勝負の神は細部に宿る。競技の枠を超え、スポーツの世界に伝わる言葉だ。サッカーにおいては、例えばセットプレーがその細部に…

 勝負の神は細部に宿る。競技の枠を超え、スポーツの世界に伝わる言葉だ。サッカーにおいては、例えばセットプレーがその細部にあたる。そのディテールを掘り下げることで、大局が動くことがある。サッカー取材歴50年以上のベテランジャーナリスト・大住良之が、セットプレーを深掘りする。セットプレーの専門コーチ、山内智裕さんに話を聞いた。

 山内さんの「ミッション」は、リスタートの攻撃だった。まずCKのときに誰がどうポジションを取るのか、それまで選手たちがなんとなくやっていたものを、それぞれの能力や個性に応じて厳密に決め、それを徹底させた。

 通常、CKでは、図1のように、ニアポスト側から1番、2番、3番、4番、5番と配置する。その役割を明確に視える化し、的確に人を配するようにした。

図1

 1番と2番は、ニアポストに走る選手。このふたりは、背が高い必要はない。ただ、勇敢で、相手の前に体を投げだし、つぶれ役になれる選手、背は低くても、ボールを頭に当てる能力をもった選手が必要だ。

 この選手は、「ストーン」と呼ばれる守備側のチームがニアポスト側のゴールエリアの角に配置する選手に簡単にクリアさせないという役割ももっているので、とにかく頭に当てる勇気が必要だ。

 3番と4番は、ジャンプしてボールを叩きつけられる選手。走り込んでではなく、その場で垂直跳びして叩きつけることができなければならない。ただ大柄だからといってセンターバックをもってきても、頭には当てられるが叩きつけるヘディングが得意でない選手もいるので、安易に選んではいけない。

 そして5番には、フリーマンで、嗅覚のある選手を置く。1番や2番の選手がニアポスト前でつぶれながらかろうじて触ったボールがどこにくるか、読み、瞬間的な反応で動ける選手でなければならない。これも背が高い必要はない。

「ペナルティーエリア内でボールに合わせようとする選手は、この5人だけでいい」と、山内さんは言う。よく小さな選手をGKの前に置き、GKの動きを制限させようというチームがあるが、山内さんのCKの原則中の原則が「GKにキャッチされてはならない」ということなので、意味がないという。これをやるくらいなら、「こぼれ球要員」としたほうがいいいというのだ。そしてこの「こぼれ球要員」の考え方こそ、「山内理論」の真骨頂だ。

■セカンドボールにも約束事

「CKやFKなどのセットプレーはチャンスではあるけれど、その一方で、センターバックをゴール前に上げるなど、守備のポジションは大幅に崩れています。そのためカウンターを受けやすい。そのカウンターで失点してしまったら、それこそ2点分の損失になってしまいます。私が岐阜でリスタートのトレーニングを始める前、岐阜はCKのチャンスから何度もカウンターアタックを受けてピンチになっていました。それを防止すること、攻撃のリスタート時の『リスク管理』は、トレーニングの重要なテーマでした」

「だから、CKでは、とにかく『やり切る』ことを意識させました。シュートを打つ、ゴールキックになっても、相手のスローインになってもいい。最悪の場合は、ファウルが必要なときもあるかもしれない。絶対に相手にカウンターアタックを許すような状況をつくってはいけない。だからセカンドボールを大事にしました。エリア内でボールに合わせようとする選手を5人に限定したのは、まさにそのためです」

 具体的には、ペナルティーエリア外、相手のクリアがきそうなところに2人か3人選手を配置する(図2)。そしてこぼれ球(セカンドボール)を拾う確率を高める。

山内さんは、このセカンドボールをどうするかの約束事もつくった。

図2

「セカンドボールは、できればワンタッチで、多くてもツータッチ目でファーサイドに入れると決めました。これがチームの共通理解になれば、いちばんヘディングでゴールを決める可能性が高い3番、4番の選手がファーポスト側に回ってボールに合わせようとします。

 その動きに対応して、つぶれ役の1番、2番も動き直して、またニア側に走って相手の注意を引きつけます。うまくファーサイドにボールがはいったら、この1番と2番をマークすべき相手チーム選手はボールとマーク相手を同一視野で見ることができず、『ボールウォッチャー』となっているので、大きなチャンスができるはずです」

■自主性を引き出す練習法

「いちばん変わったのは、ボールに合わせようと走り込むタイミングです」と話すのは、監督として指導しているローヴァーズ木更津の練習に山内さんを特別コーチとして招いた片山博義さんである。

「それまでは、みんな自分のタイミングではいっていたので、全然合わなかったのですが、キッカーのアプローチや踏み込み、キックモーションを見てはいってくるようになった。練習を重ねるたびにどんどん合うようになっていった。CKの練習をするとき、山内さんがまったく笛を吹かないのに驚いたのですが、それも関係していますか」

 その質問に、山内さんはこう答える。

「セットプレーの練習をするときは、最初に『笛は吹かないでやるよ』と伝えます。練習というのは、極力試合に近い形にして、緊張感をもってやらないと意味がありません。コーチの笛でタイミングを合わせるのでは意味がありません。選手同士が仲間の特徴を理解し、はいるタイミングを決めなければなりません」

いま一番読まれている記事を読む