世界一の観客動員数を誇るドイツのプロサッカーリーグ『ブンデスリーガ』。昨シーズンの1部と2部を合わせた総観客数は1879万9915人だったという。その人気は、ビジネス面だけではなく、「スタジアムまでの公共交通機関の無料化」「託児所」「視覚障…

世界一の観客動員数を誇るドイツのプロサッカーリーグ『ブンデスリーガ』。昨シーズンの1部と2部を合わせた総観客数は1879万9915人だったという。

その人気は、ビジネス面だけではなく、「スタジアムまでの公共交通機関の無料化」「託児所」「視覚障害者用解説」など、公共的な観点からも地道な取り組みを続けてきたところにひとつの要因がある。

しかし、「観客動員数世界一」の多様な要因は、ドイツサッカーの歴史的・文化的な背景にまで広がっている。そう指摘するのは、ドイツスポーツを研究する明治大学の釜崎太准教授だ。

「なぜブンデスリーガに観客が集まるのか。そこには、ドイツの歴史に育まれたスポーツのフェライン、つまりスポーツクラブの固有性があります。スポーツのビジネス面ばかりに注目が集まるなかで、そうした文化的背景が見えにくくなっているのではないでしょうか」

日本の状況とまず比較してみよう。

近年、Jリーグのクラブを巡っては、「スポンサー獲得のために、クラブ名に企業名を入れてはどうか」という議論がある。確かに、日本のサッカークラブの資金難を考えれば、そうした議論があることは理解できる。「飲料メーカーのレッドブルが企業色を出しにくいために、Jリーグへの参入を断念した」という報道もある。

ところが、釜崎氏によると、ドイツの場合は「企業名が入らない」ことそれ自体が投資価値を生んでいるのだという。

どういうことなのか。ドイツサッカーの歴史を振り返ってみる。

世界一の観客動員数を誇るドイツのプロサッカーリーグ、ブンデスリーガ

(次ページ:ブンデスリーガの仕組みとは)

ドイツにイギリスからサッカーが伝播したのは19世紀中頃。サッカーをプレーした当時の市民階級は保守的な階級観をもっていたため、スポーツによる金銭の授受を否定し、労働者をスポーツから排除する「アマチュアリズム」というイギリス生まれの思想を支持することになる。1900年に設立されたドイツサッカー連盟(DFB)にも、このアマチュアリズムは根強く残っていた。

プロ化の動きが本格化したのは戦後のこと。当初、地域連盟のプロ化の提案をDFBは拒否していたが、50年代も後半になると、有力選手の海外プロリーグへの移籍、国際大会での代表チームの低迷、金銭ではなく不動産を譲渡するなどの「すり抜け」が横行し、60年代にはプロ化に踏み切ることになる。

そのときに認められたのは、「ライセンス・フェラインから支払いを受けるライセンス選手」であった。「フェライン」とは民法21条に定められている非営利法人のことで、日本でいうNPO法人に近い。日本でドイツのサッカークラブと考えられているのは、このフェラインのことである。

50年以上も前からブンデスリーガは「フェライン」を中心とするライセンス方式でリーグを運営してきたわけである。

フェラインは共通の非営利的な目的をもつひとが7人以上集まれば容易に設立することができ、税制上の優遇処置が受けられる。設立目的も公益性があれば自由なため、スポーツに関わらず、多種多様なフェラインがドイツには存在する。

こうしたドイツのフェラインを、Jリーグはひとつのモデルとしてきたのだ。

「私がこうした話をすると、ドイツ人の話を聞きかじったひとから、『Jリーグのモデルとなったフェラインも既に商業主義化しているではないか』といった反論を受けることがあります。しかし、ドイツ人がフェラインの商業化を嘆くとき、『商業主義化していなかった(していない)フェライン』の存在が前提されているのです。日本とは全く異なる歴史的背景が存在することを、まずはしっかりと認識しなくてはなりません」

(次のページ:ブンデスリーガの歴史)

80年代、テニスブームの裏側でブンデスリーガの人気は凋落。逆に選手の人件費は高騰し、多くのフェラインが経営危機に陥った。

83年に象徴的な事件が起こっている。財政難に陥ったアイントラハト・ブラウンシュヴァイクに、イェガーマイスター社が「イェガーマイスター・ブラウンシュヴァイク」という企業名入りの名前を提案したのだ。これに驚いたDFBは、緊急動議によって宣伝目的でのフェライン名の変更を禁止する。イェガーマイスター社は訴訟を起こすものの、DFBの主張が認められ、フェライン名の宣伝目的での変更が正式に規約で禁止された。

90年代に入ると、欧州全体の商業化の流れのなかで、ブンデスリーガにもVIP席、スタジアムの命名権販売などが登場する。この流れを加速させたのは、「契約が終了した選手の自由移籍」を認めるボスマン判決だった。

この判決以降、選手の人件費はますます高騰し、欧州のサッカークラブにはさらに多額の資金が求められることになる。そうしたなかで、ブンデスリーガの財務状況を好転させたのは、ペイ・パー・ビュー方式によるテレビ中継の実現であった。地上波生中継のないドイツにおいて、デジタル衛星中継の開始はスポンサー料の高騰にもつながった。この資金によってブンデスリーガは海外から代表クラスの選手を買い戻すことに成功したのだ。

その一方で、デジタル衛星放送の開始で跳ね上がった放映権料は、放映権料の「リーグ一括管理方式(現在のJリーグと同じ)」に対する各フェラインの不満を増大させ、これも訴訟問題にまで発展している。連邦裁判所は放映権の「リーグ一括管理方式」をカルテルとみなし違法判決を下したが、DFBは連邦参議院と共に例外条項を作成し、法改正によって放映権のリーグ管理を守ったのである。

このように商業化の流れはブンデスリーガにも多くの変化をもたらしたが、最大の改革は1998年の規約改正であった。ブンデスリーガには非営利法人としてのフェラインにしか加盟が認められていなかったが、この規約改正によって、フェラインから「プロサッカー部門だけを切り離して企業化」することが許可されたのだ。だが、あくまでも「切り離し企業化」であって、全ての企業に加盟が許されたわけではない。

現在の一部リーグには株式合資会社が5つ、株式会社が4つ、有限会社が5つ、フェラインが4つ所属している。(まだフェラインが4つ存在しているところが驚きだ)

プロサッカー部門だけを切り離すことが許可された理由として、経営の専門家を雇うことによる経営改善効果が期待されたことは勿論だが、ドイツの民法に、利益追求が自己目的化した場合、フェラインとしての権利が剥奪されるという規定が存在していることも理由のひとつにあげられる。つまり、DFBは、各フェラインから非営利法人の資格と優遇税制の権利がはく奪されることを恐れたのである。

「とはいえ、フェラインが資格を剥奪された例は歴史的にひとつもありません。ドイツにおいていかに強い自律性がフェラインに保証されてきたかがわかります」

(次のページ:他リーグに存在しない、ブンデスリーガの特殊ルールとは)

このプロサッカー部門の「切り離し企業化」に伴って、DFBはライセンス制度を刷新する。新しいライセンス制度の基準は6領域にわたるが、なかでもブンデスリーガの特徴は「権利基準」にある。権利基準には、次の3項目が含まれている。

1つ目は、母体フェラインから切り離された企業は、母体フェラインと同じ地域にあり、そのフェラインと同じ名称を用いなければならないこと。2つ目はマルチオーナーシップの禁止。1つの企業が2つ以上のチームに影響を及ぼすことはできない。3つ目が、いわゆる「50+1ルール」だ。この「50+1ルール」には、サッカーへの投資企業の影響力を最小限に抑えようとするねらいがある。ライセンス取得のためには、母体フェラインは投資企業に対して50%よりも多くの投票権所有者の参加が必要となる。つまり、投資企業ではなく、フェラインが議決権をもたなければならないのだ。

ちなみにこのルールには例外条項もある。通称「レバークーゼン法」。企業が20年以上同じフェラインを振興し、かつ将来的にも振興すると見込まれる場合は、企業側が100%の投票権を保有できるのだ。

この「50+1ルール」は他の欧州5大リーグ、つまりイングランド、スペイン、イタリア、フランスのリーグには存在しない、フェライン文化に支えられたドイツに独自のルールなのである。

「投資の魅力が半減し、国際的競争力の低下につながる」などの理由から、過去にはこの「50+1ルール」の撤廃が提案されたこともある。しかし、仮にこのルールが破棄されれば、フェラインの会員が投票権を失い、ファンが離れる危険がある。

ドイツ国内のアンケート調査を見ると、例えば地元意識の強いFCケルンのファンの88.5%だけではなく、企業色が強いフェラインとして知られるバイヤー・レバークーゼンのファンもその87.1%が「50+1ルール」を支持していた。

「『企業名を入れてもクラブを誇りに思う』といわれる日本とは大きな違いがあるといわざるをえません。地域の人々が守りたいものがあるドイツと、守りたいものを築けていない日本との違いであるといえるかもしれません」

こうした地域住民の思いが、2部に降格しても多くの観客が集まるようなブンデスリーガの状況を生み出してもいる。

(次のページ:ハンブルガーSVの「S」は「サッカー」という意味ではない!?)

ドイツの「フェライン」は、日本語の「クラブ」に直訳できない歴史的な背景をもつ。ドイツのフェラインでは、サッカーだけでなく複数の種目が実施されており(複数種目型は全体の3分の1程度といわれるが、ブンデスリーガに所属するような大きなフェラインには複数種目型が少なくない)、老若男女、様々な世代の人々がまじわる社交の場ともなっている。

この独特の文化は、多くの地域住民のボランティアによって支えられている。しかし、90年代以降、フィットネスクラブやスポーツイベント会社などの台頭によって、フェラインの活動が成立困難になっているという状況もある。

「スポーツに限らず、あらゆる文化が商業化している現代において、若者たちのボランティア離れは深刻です。しかし、そうした状況にも関わらず、ドイツにはまだ90,000のフェラインが存在していることに注目してもらいたいですね。この数には多くのサポーターズクラブも含まれていますが、サポーターズクラブのような組織を誰でもが簡単に設立できるところに、フェラインの良さのひとつがあるのです」

ちなみに、ベルリンSC、ハンブルガーSVの「S」は「サッカー」ではなく「スポーツ」を指す。VfLヴォルフスブルクやVfLメンヒェングランドバッハの「VfL」は「身体運動」のフェラインを意味している。つまり、サッカーだけで成り立ってきたわけではないフェラインの歴史が誇りとされているのだ。

ハンブルガーSV

こうしたフェラインのアイデンティティには、3つの要素が存在すると釜崎氏は指摘する。

1つ目は“神話”だ。

例えば、内田篤人選手が所属するFCシャルケには、「炭鉱労働者のフェライン」という神話がある。ナチス時代にはヒトラーのイメージ作りに利用された過去もあるが、現在でもシーズンのはじめには選手全員が炭鉱労働を経験する。

「炭鉱労働者のフェライン」としての神話を持つFCシャルケ。選手も炭鉱労働を経験。

香川真司選手も所属するボルシア・ドルトムントには「反骨のフェライン」という神話がある。かつてサッカーを足癖の悪い遊戯とみなした地元のカトリック司祭が、ゴールを解体したことに反発し、若者たちが自らの信念のために社会参加し、意思表明の場としてフェラインを設立したというのである。反ファシズムの中心地といわれるボルシア広場は今でもサポーターの聖地である。

ちなみに「ボルシア」は「プロイセン」という地名を指す言葉であるが、19世紀の学生組合に好まれていた名前であり、学生たちによって結成された歴史が暗示されている。

宮市亮選手が所属するFCザンクトパウリにも、「反商業主義」という神話がある。2部の下位にいながらも、スタジアムの稼働率は99.4%という驚異的な数字を示している。地元は港の貧困街で、左翼思想の強い地域。反商業主義を掲げているため、マスコットも存在しない。

財政危機に陥ったときには、救済者Tシャツ、救済ビール、ジャズなどの取り組みを通して数多くの寄付金を集めた過去がある。FCザンクトパウリのファンはドイツ国内だけで約200万人、反商業主義への共感者は1900万人にのぼるという。だが、この反商業主義の支持者の数こそが、FCザンクトパウリの商品販売部門での多額の売上につながっているという逆説もあると釜崎氏は指摘する。

「フェラインの物語は、歴史ではなく神話なのです。しかし重要なことは、歴史的に実証できなくても、仮に政治や経済に利用される側面があるとしても、神話という自己規定が彼ら自身のアイデンティティを形成しているのです。そして、このアイデンティティが、企業の投資価値につながっているわけです」

(次のページ:フェラインの「固有性」って?)

2つ目にあげられたのが“社交性”だ。

「スポーツフェラインに参加している高齢者がフェラインに来る主な目的は、『スポーツではなくお喋りなのよ』と話す方もいらっしゃるくらいです」

会話だけではなく、BBQ、クリスマスパーティーなどもフェラインでは頻繁におこなわれる。スポーツではなく社交が目的である会員も多いという。あるアンケート調査では、「フェライン活動とは社交のことである」に85%のひとが賛成し、「スポーツフェラインには社交的な交流がある」に3分の2のひとが賛成している。

この社交性の由来にも、歴史的な背景があると釜崎氏は指摘する。

「19世紀のドイツにはドイツ体操と呼ばれる土着の文化がありました。彼らはイギリス生まれのスポーツを敵国文化として排斥したわけですが、その強力な排斥運動にもかかわらず、スポーツが定着した背景には、スポーツが社交の手段として広く認知された経緯があったのです」

当時は、ドイツ体操の内部においてだけではなく、社会全体においても、階級と集団(性別や国籍など)の分裂が深刻な社会問題になっていた。そのため、多数の一般むけ雑誌で社交性がテーマにされるなど、社交はメディアにも支持されたひとつの時代精神になっていたのである。その社交の手段として大きな力を発揮したのがスポーツだったわけだ。

なかでもサッカーは、ドイツに住むイギリス人と地元ドイツ人の交流の場として、さらには教養市民(教師や司祭)と経済市民(ジャーナリストやエンジニア)の交流の場として、定着していったという。

3つ目にあげられたのは“自律性”。

そもそもフェラインは、同業者組合とキリスト教の信心会を前身としながら、「結社の自由」を求める政治運動のなかで結成された。そのフェラインという言葉がドイツ語のなかで明確な位置づけを与えられたのは、愛国主義的な団体が多く形成されたナポレオン戦争の時代であった。そのため、フェラインは、クラブや連合といった言葉よりも政治的な意味合いをもつといわれる。

戦後、ドイツの民法21条や基本法9条には、フェラインの結成が国民の「権利」と明記され、その「自律性」と「自己決定権」が保障されてきた。こうした法整備に支えられながら、スポーツフェラインは50年代以降の公的なキャンペーンと公的な支援によってその数を倍増させてきたのである。

商業主義化が嘆かれる近年でも、ボランティアで運営に関わるひと、社交的な催し物のみに参加するひと、そうした非活動会員は、2700万人の全会員のうち、旧西ドイツ地区で50%、旧東ドイツで30%近くにのぼるという。

「現代のドイツ人の観念のなかにあるフェラインは、『伝統』と『商業主義』がせめぎ合う『場』なのです。その『伝統』に含意されている神話、社交性、自律性、ボランタリーが、歴史的に形成されてきたフェラインの『固有性』を構成しています。つまり、フェラインに独自な性格です。この『固有性』というドイツ語が、同時に『財産』も意味しているように、それらの固有性こそが、ドイツのサッカークラブの価値になっているのです」

(次のページ:我々はドイツサッカーをどう見るべきか)

FCバイエルン・ミュンヘンは、幅広い年齢層の人々が参加している7つの市民スポーツ部門を所有している。プロサッカー部門はそのフェラインを筆頭株主とする株式会社だ。

企業がもつフェラインとして有名なバイヤー・レバークーゼンも、5つのプロスポーツの他に、乗馬、カヌー、釣りなど30の市民クラブを有している。その会員数は実に4万8千人を超える。

市民部門へのバイヤー社の負担は年間1500万ユーロから1700万ユーロ。これはプロサッカー部門への支出とほぼ同額である。こうした市民への支援と市民からの支持があるからこそ、バイヤー・レバークーゼンには「50+1ルール」の例外措置が認められてきたのである。逆に企業の視点からいえば、地域と密接に結びついたフェラインには、それだけの投資価値があるのだ。

Jリーグのお手本ともなったドイツサッカーの表面だけをなぞるのではなく、歴史的、文化的背景を踏まえる必要性を指摘してきた釜崎氏は、次のように締めくくった。

「原点回帰しますが、あるフェラインでおこなわれたボランティアによるケーキ販売が、週末の2日間だけで1000ユーロ(約130万円)を売り上げたという、近年の実例が伝えられています。フェラインの固有性が生み出す財産が、また固有性へと還元されるのです。私たちがドイツに学ぶべきは、こうした固有性を育むことの重要性なのではないでしょうか。Jリーグ百年構想といわれますが、問題はその百年の間に私たちが何をなすべきか、を考えることです。だからこそ、ドイツの何に私たちは学ぶことができるのか、その社会的な文脈も踏まえ、ドイツが経験してきた百年の過去について、確かな認識をもつ必要があるのです」

ブンデスリーガ・参考画像(c) GettyImages

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