元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説~2021年秋場所編元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は9月12日から始まり、連日白熱した戦いが繰り広げられている秋場所(9月場所)で奮闘する力…

元寺尾・錣山親方の『鉄人』解説
~2021年秋場所編

元関脇・寺尾こと錣山(しころやま)親方が、本場所の見どころや話題の力士について分析する隔月連載。今回は9月12日から始まり、連日白熱した戦いが繰り広げられている秋場所(9月場所)で奮闘する力士、親方の目についた力士について語ってもらった――。



「ひとり横綱」という状況のなかでも、安定した相撲を見せている照ノ富士

 先場所の名古屋場所(7月場所)後、第73代横綱に推挙された照ノ富士。千秋楽の横綱・白鵬との全勝対決には敗れたものの、横綱審議委員会の定例会合において満場一致で横綱昇進が決定しました。

 照ノ富士はヒザの負傷と内臓疾患の影響によって、大関から序二段まで番付を下げる苦悩を味わいました。しかし、そのどん底から"前代未聞の復活劇"を果たすことに。着実に番付を上げていって、今年の夏場所(5月場所)ではついに以前の地位である大関復帰を成し遂げました。

 さらに、その偉業はそこで終わることなく、大関を2場所で通過。最高位の横綱へと昇り詰めました。本人の努力、精神力の強さはケタ違いだと感服させられます。だいたい、このようなシナリオは描こうとしてもそうそう描けるものではありませんからね。

 そして迎えた秋場所では、この照ノ富士と、名古屋場所で復活優勝を決めた白鵬が引っ張っていってくれると思っていました。ところが、場所直前に白鵬が所属する宮城野部屋の力士が新型コロナウイルスに感染。白鵬をはじめ、部屋の力士全員が休場することになってしまいました。

 白鵬は8月後半に国技館で行なわれた合同稽古にも参加。順調な仕上がりを見せていただけに、本人もさぞかし無念だったことでしょう。次の九州場所(11月場所)で元気な姿を見せてもらいたいものです。

 さて、新横綱となって、いきなり"ひとり横綱"を任された照ノ富士。横綱土俵入りなど新しい役割をこなすことも多く、ただでさえプレッシャーのかかる場所でありながら、相当な責任を背負わされていることでしょう。

 それでも、初日から8連勝。10日目を終えて9勝1敗。攻めも速く、相手力士が付け入る隙のない相撲を見せています。

 6日目の若隆景(前頭三枚目)戦では、少々荒っぽく相手のヒジを極めていました。かつて大関だった頃の照ノ富士であれば、相手力士を極めたら、もれなく小手投げにいっていたことでしょう。

 しかし、今は腰がしっかりと降りていて、相手に自分の圧力が確実に伝わっているため、そのまま極めて前に出ることができています。加えて、この一番に限らず、前傾姿勢を保ち続けているのは「すごい!」のひと言。これこそ、盤石と言える照ノ富士の強さのポイントです。

 そんな照ノ富士に迫る存在は誰か? 序盤戦から好調をキープしている関脇・御嶽海と、大関・正代になるでしょうか。

 とりわけ注目したいのは、御嶽海。彼は相手の中に入るのが巧いし、差さなくても相撲がとれるのは強み。私は毎場所のように彼には期待を寄せていますが、特に今場所はその期待に応えてくれるのではないか、という"強さ"を感じます。

 後半戦は、自分より番付が下位の力士との対戦となりますが、そこでも気を抜かず、御嶽海らしい相撲をとり続けることができれば、今場所は俄然面白い展開になりそうです。御嶽海にはぜひ、照ノ富士と優勝争いを演じてもらいたいと思っています。

 その他、今場所で注目していたのは、初めて幕内上位に進出してきた琴ノ若(前頭三枚目)。お父さんは元関脇の琴ノ若(現・佐渡ヶ嶽親方)で、お祖父さんが元横綱・琴櫻関(先代の佐渡ヶ嶽親方)という"サラブレッド"です。

 当の琴ノ若は、埼玉栄高からお父さんが師匠を務める佐渡ヶ嶽部屋に入門して、はや6年。身長188cm、体重165kgという恵まれた体格の持ち主で、非常に魅力ある力士です。

 前半戦は初の上位戦で苦戦していましたが、それはまだ相撲が中途半端だからでしょう。突きたいのか、組みたいのか、どういった相撲をとりたいのかが見えないのです。相手力士に合わせて、相撲をとっている感じさえします。

 こうして、あえて厳しい言葉を並べるのは、少年時代から琴ノ若を見ているからです。相撲が大好きで、一生懸命に取り組んでいる彼には以前、「将且(本名)、がんばれよ!」とよく声をかけていました。今場所は負傷により10日目から休場となってしまいましたが、今後の飛躍を期待したい力士のひとりです。

 ちなみに、彼のお父さんと私は5歳違い。ほぼ同じ時代に相撲をとっていました。対戦成績は、私の10勝12敗。190㎝を超える長身の先代・琴ノ若は、とにかく体が柔らかかったので苦戦を強いられました。

 突き押しが得意の私にとって、体が柔らかく、ぐにゃぐにゃしているタイプは攻めづらいんですよ。だから、琴ノ若戦ではあえて突っ張らず、まわしを引いて、投げにいったりしていましたね。

 そういえば、琴ノ若が上位戦に向かう姿を見ていて、自らが初めて横綱、大関と対戦した時のことをふと思い出しました。

 昭和60年(1985年)秋場所、横綱は隆の里関、千代の富士関、大関は北天佑関、若嶋津関、朝潮関、大乃国関という顔ぶれだったのですが、前頭二枚目の私は、初日に大乃国関、2日目に北天佑関と、連日大関戦が組まれていました。

 だからといって、緊張することはまったくありませんでした。「負けて当然」という気持ちで挑んでいましたから、逆に相撲をとるのが楽しくて、楽しくて仕方がなかったです。

 そうして、10日目が終わった時点で6勝4敗と白星が先行していたこともあって、私は「これは、もしかしたらイケる(勝ち越せる)んじゃないか?」と浮き足立っていましたね。後半戦は番付が同等の力士との対戦が組まれていましたから、なおさらです。

 でも"勝ち"を意識しすぎた私は、かえって硬くなって、11日目から5連敗。6勝9敗の負け越しに終わりました。苦い思い出です。

錣山(しころやま)親方
元関脇・寺尾。1963年2月2日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は得意の突っ張りなどで活躍。相撲界屈指の甘いマスクと引き締まった筋肉質の体つきで、女性ファンからの人気も高かった。2002年9月場所限りで引退。引退後は年寄・錣山を襲名し、井筒部屋の部屋付き親方を経て、2004年1月に錣山部屋を創設した。現在は後進の育成に日々力を注いでいる。