「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・鈴木明子 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連…

「THE ANSWER スペシャリスト論」フィギュアスケート・鈴木明子

 スポーツ界を代表する元アスリートらを「スペシャリスト」とし、競技の第一線を知るからこその独自の視点でスポーツにまつわるさまざまなテーマで語る「THE ANSWER」の連載「THE ANSWER スペシャリスト論」。元フィギュアスケート五輪代表の鈴木明子さんが「THE ANSWER」スペシャリストの一人を務め、競技に関する話題はもちろん、現役時代に摂食障害を患った経験から、アスリートの健康問題なども語る。

 今回のテーマは「フィギュアスケートのオフシーズン」。9月から本格的に新シーズンの開幕を迎えるフィギュア界。オフシーズンの成果を見せる戦いが始まる。しかし、この数か月をどう過ごしてきたかは見えづらい。今回は、オフシーズンの裏側を掘り下げる。前後編でお届けする後編は、選手たちが出演するアイスショーの意義。活動資金、成長機会だけじゃない選手への影響を独自の視点で明かす。(構成=長島 恭子)

 ◇ ◇ ◇

 今の日本トップスケーターたちは開幕に向けて、練習・トレーニングに加え、全国各地で開催されるアイスショーにも出演。両者のバランスを取りながら仕上げていきます。

 とはいえ、ショーと競技とでは、同じフィギュアスケートでも異なるもの。そのためショーにどのぐらいの期間費やし、何本出演するかを考えることは、競技スケーターにとって非常に重要です。

 まず、競技とショーではリンクのサイズから異なります。

 アイスショーでは新プログラムを披露するよい機会でもあります。一方、リンクサイズが異なれば、同じプログラムを滑ったとしても、歩数、スピード感、ジャンプのタイミングなどすべて変わってしまう。つまり、「ショーサイズ」で滑る期間が長くなると、知らず知らず本来のプログラムの滑りができなくなる恐れがあります。

 最も気を付ける点は、競技プログラムの練習のスケジュールの進行とケガです。

 ショーに出演する期間は日々、リハーサルと本番に集中するため、新プロの通常の練習はできなくなります。そのため、リンクに上がれないその他の時間、どう取り組むかによって、開幕時に大きな差がつきます。

 また、ショーのため拠点から離れる場合、複数の選手をみているコーチは帯同できないため、練習だけでなく食事も自己管理に任されます。外に出れば食事の環境も異なるため、特に体形の変化が大きい思春期の選手はコンディショニングが難しくなります。当然、ケガをすればショーに出演できなくなるばかりか、練習がストップし、開幕に向けたスケジュールが滞ります。

活動資金、成長機会…得られるものが多いアイスショー

 私の場合は競技時代、アイスショーに出演する期間も、スケジュール通りに新プロを仕上げられるよう、まめにコーチに見てもらっていました。それでも、よいコンディションを作っていく難しさを感じていたものです。

「競技をやっている間は、常に何が一番大切なのかを考えなさい」。これは当時、コーチから、本当に口すっぱく言われていた言葉です。

 アイスショーで滑っていても、技術や体力の強化につながる練習量には届いていないこと、ケガのリスクは常に伴うことを自覚して取り組みなさい。大会で結果を残せなければ、次の年のショーに呼ばれなくなることも理解しなさいと、繰り返し言われていました。

 それでも、アイスショーに出演することで得られるものは、たくさんあります。

 アイスショーに出演することで選手たちは、活動資金を作ることができ、新たなファン層の開拓にもつながります。

 そして何よりも、新旧、国内外の現役トップ選手やプロと、一緒に滑ったり、練習をしたりできる、貴重な機会です。

 国内外のトップスケーターとの交流は単純に一緒に滑るだけでも刺激になりますし、更衣室で聞ける会話ひとつとっても、同世代の選手からは聞けない話ばかりです。特に、先輩たちから五輪シーズンはどう過ごすのかを学び、アドバイスを受けられる点は、現役選手にとってすごく大きい。

 例えば、荒川静香さん(06トリノ五輪女子金メダリスト)プロデュースのアイスショー「フレンズ・オン・アイス」も、国内外のメダリストやオリンピアンが出演するショーの一つ(今年はコロナ禍により、国内選手のみで開催)。私自身、競技選手時代から出演させていただいていますが、ここでの経験はとてもプラスになりました。特にスケートの表現、そしてトップ選手としての意識の持ち方は、非常に刺激になりました。

 それに、大会が半年以上ないなか、人前でパフォーマンスする機会があることは、開幕へのモチベーションにつながります。現役の選手たちが集まるショーでしたら、互いに意識をバチバチにぶつけ合い、新しいプログラムの状態や観客の反応をみることにも意義があるでしょう。

いつか五輪出場が「最終目標」ではなく「プロセス」になる時代に

 長い目で見れば、アイスショーに出演することで、競技引退後の道が見えてくる選手もいると思います。

 私もその一人。「引退後も、プロとしてやっていけたらいいな」。競技選手時代、アイスショーに出演するなかで感じたことが、今につながっています。

 今スケートを始める子どもたちは、「五輪に出たい」「○○選手のようになりたい」という目標を抱いていると思います。でも今後、アイスショーがエンターテインメントとしてさらに成長していけば、フィギュアスケートの世界はもっと広がると感じています。その結果、競技引退後の受け皿も大きくなり、より多くのスケーターが、長く滑る、あるいはさまざまな形でスケートに関わる人生を送れるのではないでしょうか。

 私の小さい頃は、アイスショーは海外で盛んに行われているものだと思っていました。今こうしてたくさんのアイスショーが日本で開催されるようになり、私が選手引退後にプロとして滑ることができる場所があったのは、道を切り開いてきた先輩や同じ時期に頑張ってきた仲間たちのおかげであり、そして、ファンの皆さんたちがいてくれるからこそです。

 いつか競技選手になること、五輪に出場することが、最終目標ではなく、プロセスの一つになる時代がくることを期待しています。

■鈴木 明子 / Akiko Suzuki

 1985年3月28日、愛知県生まれ。6歳からスケートを始め、2000年に15歳で初出場した全日本選手権で4位に入り、脚光を浴びる。東北福祉大入学後に摂食障害を患い、03-04年シーズンは休養。翌シーズンに復帰後は09年全日本選手権2位となり、24歳で初の表彰台。翌年、初出場となったバンクーバー五輪で8位入賞した。以降、12年世界選手権3位、13年全日本選手権優勝などの実績を残し、14年ソチ五輪で2大会連続8位入賞。同年の世界選手権を最後に29歳で引退した。現在はプロフィギュアスケーターとして活躍する傍ら、講演活動に力を入れている。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、以上サンマーク出版)、『走りがグンと軽くなる 金哲彦のランニング・メソッド完全版』(金哲彦著、高橋書店)など。