向正面から世界が見える~大相撲・外国人力士物語第9回:豊昇龍(1)名古屋場所(7月場所)で10勝5敗の好成績を挙げ、初めての三賞、技能賞を受賞したモンゴル出身の豊昇龍。元横綱・朝青龍の甥として、2018年1月のデビュー時から注目を集めている…



向正面から世界が見える~
大相撲・外国人力士物語
第9回:豊昇龍(1)

名古屋場所(7月場所)で10勝5敗の好成績を挙げ、初めての三賞、技能賞を受賞したモンゴル出身の豊昇龍。元横綱・朝青龍の甥として、2018年1月のデビュー時から注目を集めているが、モンゴルで過ごした少年時代は、相撲ではなく、柔道やレスリングに打ち込んでいたという。

当時の目標は、レスリングでオリンピックに出場すること。東京オリンピックが行なわれた今年、戦いの舞台を土俵に変えた豊昇龍が大活躍を見せると、叔父・朝青龍はツイッターで激励のメッセージを発信した。秋場所(9月場所)で初の横綱戦に挑むまでに成長した、22歳の若者の横顔、叔父とのエピソードに迫る――。

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 7月に行なわれた名古屋場所は、久しぶりに地方都市で開催された本場所だったんです。新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、無観客で開催された昨年3月の大阪(春場所)以来、中止を含めて、(本場所は)すべて東京・両国国技館での開催でしたから。

 両国国技館が東京オリンピックのボクシング会場に指定されていることもあって、僕らは名古屋に行きましたけど、大きな混乱もなく、無事に場所が終えられたことはよかったと思います。

 名古屋場所、前頭五枚目で臨んだ初日は、阿武咲関(前頭六枚目)と対戦。重心が低いうえに重くて、これまで勝ったことのない相手です。立ち合いから突き合いになりましたが、それを受け止めて、相手の引きに乗じて押し出すことができたんです。

 押し相撲の人に立ち合いで押し負けなかったことは、うれしかったし、何より自信になりましたね。テレビ解説の北の富士さんからも、「阿武咲を押し出せるなんて、立派な相撲だね」と誉めていただいたんですよ。エへへ(笑)。

 集中できていたことも、勝てた要因だと思っています。そして、白星でスタートできたことで、その後もいい感じに体が動いていってくれました。

 実はこの場所から、僕、締め込み(本場所で使用するまわし)を新調したんですよ。それまでの青から、明るめの赤に変えました。モンゴルの国旗は青と赤がメインなので、僕は青も赤も好き。

 叔父さん(元横綱・朝青龍)も青い締め込みのイメージがありますが、なんかちょっと雰囲気を変えたかった。生まれ育った街、首都のウランバートルは「赤い英雄」という意味がありますから、原点に戻って......という気持ちもありました。

 新しい締め込みの効果もあってか、10日目を終えて、僕は7勝3敗と好調でした。迎えた11日目は、夏場所(5月場所)9日目に勝つことができた、大関・正代関との対戦です。

 立ち合いから低い体勢をキープ。正代関の引きに乗ずる形で出ながら、右上手をつかんで、大関が上手投げにきた瞬間、右外掛けで崩して寄り倒すことに成功! この相撲で、勝ち越しを決めたことは大きかったですね。

 大相撲の世界は、とにかく勝ち越さなければ、なにも始まらない。夏場所は、大関2人(朝乃山、正代)を倒しながら、7勝8敗と負け越してしまったので、名古屋場所前の目標は「とりあえず、勝ち越し」だったんです。ひとつ目の目標をクリアしてホッとしましたね。

 前頭五枚目のこの場所は、横綱・白鵬関との対戦もあるんじゃないかな? と思って楽しみにしていたんです。でも、終盤に入って、優勝争いが白鵬関と大関・照ノ富士関に絞られてきた時点で、対戦がなくなってしまったのは残念でした。

 白鵬関は、僕の叔父さんと横綱同士で戦ってきた力士でもあります。僕が幕下だった頃も、出稽古先で胸を出してくださったり、声をかけていただいたり......。天下の横綱が幕下のペーペーに胸を出すなんてことは、普通、考えられないことですよ。

 そのうえ、僕が十両に上がってからも、横綱はぶつかり稽古の時にこう囁いてくださって......。

「オレももう長くないから、早く(上位に)上がって来いよ」

 もう、この言葉は忘れられないっすよ。

 名古屋場所の話に戻りましょう。

 13日目に9勝目を挙げたんですが、14日目は関脇・御嶽海関に完敗。勝ち越しの次の目標はふた桁、10勝だったし、「10勝したら、三賞(受賞)もあるかな?」なんてことも考えていたんですが、この一番に負けたことで、ほとんど諦めていました。

 それが千秋楽、会場のドルフィンズアリーナに着いて、トイレから帰ってきた時に「今日はご自身の取組が終わっても、最後まで残っていてください」と関係者の方から言われたんです。「エッ??」と思っていたら、「技能賞が決まった」と知らされて......。

 もう、ダメだ......と思っていただけに、本当にうれしかったですね。それで気分も高揚して、最後の相撲も北勝富士関に叩き込みで勝利。ふたつ目の目標である10勝を挙げることができました。



元横綱・朝青龍の甥として注目されている豊昇龍

 初めての三賞受賞に、ふた桁勝利も達成。いつもは手厳しいメッセージを寄せる叔父さんも、ツイッターで「豊昇龍、2桁勝ち。今場所目標達成!」と、祝福してくれました。

 本場所中は、日々いろんなプレッシャーがありますけど、僕の場合、叔父さんのツイッターが一番のプレッシャーかもしれません(笑)。

「負けたら、また怒られそう~」と、対戦相手よりも、叔父さんの反応を考えてしまうくらい(苦笑)。ただ、すごく怒られると、次の日は意外に勝てたりするんです。いつも気にかけてくれるのは、本当にありがたいことですね。

 1999年、僕がモンゴル・ウランバートルで生まれるちょっと前の1月、叔父さんは大相撲に入門しているんです。

 入門から4年、2003年春場所(3月場所)、22歳の時に横綱に昇進していますから、僕が物心ついた頃には、叔父さんはすでに"横綱"でした。

 僕の父は、男4人、女1人兄妹の長男です(朝青龍は四男)。叔父さんがモンゴルに帰省した時は、一緒にお祖父ちゃんの家で過ごしたり、草原のほうまでドライブしたり......。

 確か2004年の夏に、叔父さんがモンゴルで結婚披露宴をした時にも、会場の草原まで行ったことを覚えています。数え切れないほどのテーブルに並べられた、たくさんのご馳走。有名な歌手が歌を歌ったりして、そこにはとても華やかな世界が広がっていました。あとで聞いたところによると、1000人以上は集まったみたいですね。

(つづく)

豊昇龍智勝(ほうしょうりゅう・ともかつ)
本名:スガラグチャー・ビャンバスレン。1999年5月22日生まれ。モンゴル出身。立浪部屋所属。抜群の身体能力と多彩な技で相撲ファンの期待を集める。第68代横綱・朝青龍は叔父にあたる。好きな食べ物は肉。2021年秋場所(9月場所)の番付は東前頭筆頭。