夏の甲子園が終わり、どの野球部も新チームづくりが始まっている。なかでも広島県立祇園北高校は、とりわけモチベーションが高…
夏の甲子園が終わり、どの野球部も新チームづくりが始まっている。なかでも広島県立祇園北高校は、とりわけモチベーションが高い一校だ。今夏の広島大会では、ノーシードから創部39年目で初の決勝進出を果たした。
中学時代は控えだった選手が多く、実力的にはいわゆる"普通"のチームと言える。進学校で平日の練習は1時間から1時間半程度。グラウンドはサッカー部や陸上部などと共有で、ライトは"存在しない"。傾斜のあるマウンドもなく、投球練習もままならない環境に置かれている。

今年夏の広島大会で快進撃を演じた祇園北高校
そんなチームが広島で"旋風"を巻き起こした裏には、祇園北ならではのアプローチがあった。野球ゲーム分析ツールの「ベースボールゲームトラッカー」を導入したことだ。
「監督が聞く耳を持ち、選手たちは自分たちで考える土壌がある。そこにツールという"アクセント"が入り、うまく噛み合いました。さらに落とし込んでもらえれば、秋、冬にかけての伸び幅が変わってくると思います」
そう話したのは、ベースボールゲームトラッカーを開発したトレーナーの高島誠氏だ。もともとラプソードを駆使して山岡泰輔、杉本裕太郎(ともにオリックス)などプロ野球選手に身体動作を指導してきた高島氏は、高校野球こそもっとゲーム分析を取り入れてトレーニングとかけ合わせれば、伸びしろが大きいのではと考えてきた。
ベースボールゲームトラッカーでは、「一球速報」のようなイメージで試合中の配球をエクセルに入力していく。ストライクゾーンの9分割に加え、上下左右にボールゾーンが5マスずつあり、コースと球種、さらに打球方向と結果をボタンでクリックする。野球好きなら誰でもできる作業だ。
データを入力した翌日以降、打者なら<得意な球種・コース>、<苦手な球種・コース>、<打球方向>、投手は<球種ごとのストライク率&被安打率>が<走者の有り・無し>でデータ化される。計150以上の項目を算出できるという。
「自分たちの分析にすごく生きました。うちのキャッチャーは『このカウントならこの球種を要求している』とクセがわかり、ピッチャーについては『意外とこの球種のストライク率が高いから、このカウントで使おう』と、映像とデータを見ながら客観的に戦略を立てていくことができました」
そう語ったのは、今年4月に赴任した篠原凡副部長だ。大学時代から高島氏に指導を受けていた縁で、ベースボールゲームトラッカーの導入を提案。同い年の藤本伸也監督もこれに賛同した。
ただ本格導入するにあたり、ネックとなったのが資金面だ。それについては、3年前まで野球部の顧問を務め、現在は科学研究部を担当する西武宏先生が動いてくれた。普通科理数コースで主任を務める西先生が、科学技術の振興と青少年の健全育成に取り組むマツダ財団の助成に応募し、5月下旬、支援を受けられることが決まった。
実際、使用してみると想定外の効果があったと、藤本監督は振り返る。
「部内戦で出たデータをもとに練習し、次の週の部内戦に臨む。そうしたサイクルで生徒自身がよく考えてやってくれました。パワプロ(実況パワフルプロ野球)みたいに『A、B、C』と能力値が出るのが楽しいみたいです」
祇園北は野球の実力的には"普通"だが、学力的には広島県の進学指導重点校に指定されている。じつは今夏の躍進には、そうした土壌も関係がある。
「これはすごい!」
2年前に野球部で学生アナリストを務めた大学生がボランティアに来ると、驚きの声をあげた。以前は手作業で行なっており、データを整理するだけで膨大な時間を取られたが、ベースボールゲームトラッカーでは入力翌日に各項目がデータ化される。コロナ禍で対外試合をできなかった6月、祇園北は紅白戦を繰り返してデータを集め、各選手の特徴を明らかにした。
ともすればデータは採取しただけで満足してしまいがちだが、いかに現場に落とし込むかが肝になる。篠原副部長は普段から高島氏のオンラインサロンで学んでおり、データとパフォーマンスアップを融合できたのが大きかったと語る。
「よく『ピッチャーは困ったら低めに投げろ』と言われますが、低めに投げるのが不得意な子もいます。逆に右投手が右打者に対してストライクを取りやすく、強いボールを投げられるのは内角高め。そうやって口で言うだけでなく、データが出ているとピッチャーは自信を持って投げ始めます。コロナの活動自粛期間が明けて対外試合で試したら、効果てきめんでした」
日本の野球界では伝統的に「配球の基本は外角低め」とされ、そう命じる指導者も少なくない。だが身体動作的に考えると、右投手が右打者の外角低めに投げるのは、股関節が柔らかくないと難しい。技術的に外角低めに投げられず、中に甘く入ったり、力が伝わらずに弱い球になったりすると、打者にとって"チャンスボール"になる。
対して、祇園北がこの夏に快進撃を見せた裏には、固定観念にとらわれない配球があった。篠原副部長が振り返る。
「データを見ると、意外と高めの球が打たれていませんでした。高めには強い球がいっているからだと思います。高めの球を使いながら、どのカウントで変化球を投げるか。コロナで時間ができたからこそ、バッテリーと話しながら自分たちの分析に特化できました」
この夏に主に登板した、エースの山本優貴、同じく3年生の青木翔吾、2年生左腕の岡森壮汰ともに平均球速は120キロ代前半から中盤だ。それでも2回戦でシード校の山陽を破り、3回戦では打力の高い武田を下し、勢いに乗って決勝まで進んだ。とりわけ山本が決勝まで19イニング連続無失点の好投を見せた背景にあったのが、"シュートホップ"するストレートだった。
ゲリット・コール(ニューヨーク・ヤンキース)やジャスティン・バーランダー(ヒューストン・アストロズ)が武器とするように、シュート成分とホップ成分が多いフォーシームは打たれにくいとメジャーリーグでは言われている。
対して日本では「ストレートのシュート回転はよくない」と指摘する声が少なくないが、祇園北がデータを集めると、山本のこの球は有効と判明した。篠原副部長が説明する。
「相手には『シュート』と言われますが、うちの考えでは"強いストレート"です。今までキャッチャーは困ったら外の真っすぐを要求していましたが、コースはざっくりでいいから『思いきって高めに来い』と変わりました。『配球の概念が変わった』と楽しそうに言っています。ピッチャーも2ボールから『打てるもんなら打ってみろ』と高めに思い切って投げられるようになったのは、配球の意図が明確になったこともあると思います」
そうして起こした旋風の裏には、創意工夫もあった。自校のグラウンドにマウンドもない環境を嘆くのではなく、どうすればできるかと発想して始まったのが"道場破り"だ。
4月下旬から週に1回ほど平日に投手陣を他校に派遣し、実戦形式の練習で投げさせてもらった。バックを守るのは相手の選手で、ストライクを投げられなければ「何をしに来たのか」となるため、勝負度胸がついたという。
祇園北ならではの"援軍"も見逃せない。西先生が担当する「理数探求」の授業では、2年前からスポーツデータの解析を行なっている。理科や数学が苦手の生徒にも、自分で興味を持った探求活動に意欲的に取り組んでほしいという狙いだ。
スポーツ班の生徒たちは野球部の対外試合に同行、データを取り、理数探求の授業のなかで分析する。それが野球部にフィードバックされ、パフォーマンスアップに活用される。ノーシードから見せた今夏の快進撃の裏には、スポーツ班の貢献も大きかった。
「うちが決勝まで勝てたことで、みんなが希望を持てたと思います。夢を与えることができたかもしれません」
藤本監督は、この夏の成果についてそう話した。秋以降、データ分析で明らかになった得手、不得手を練習やトレーニングで改善していけば、さらにチーム力を高めることができるだろう。
一方、西先生は俯瞰的な視点からこう話した。
「校内でベースボールゲームトラッカーについて知っている人が増えてきました。たとえば、科学研究部でスポーツの分析が好きな人に関わってもらったら、生徒の活躍の場が広がると思います。野球だけでなく、いろんな部活動に科学研究的な視点を広げていきたい」
強豪私学では、進学コースと体育コースの生徒が別部隊のように文武両道を実践するケースも少なくない。対して祇園北では、生徒たちが文字どおり一緒になって文武を融合させ、高みを目指している。こうした"探求"は、未来の日本社会で求められる人材とも重なるところだ。