来年のカタールW杯に向けて、アジア最終予選がスタートした。 その初戦オマーンに0-1で敗れ、ロシアW杯最終予選同様、黒…

 来年のカタールW杯に向けて、アジア最終予選がスタートした。

 その初戦オマーンに0-1で敗れ、ロシアW杯最終予選同様、黒星スタートになった日本代表。改めて最終予選の厳しさが感じられたが、来年3月まで続くW杯最終予選とはどういう戦いなのだろうか。

 ドイツW杯、南アフリカW杯で2つの最終予選を経験した元サッカー日本代表、中澤佑二さんは、こう語る。



ドイツW杯でキャプテンを務めた中澤佑二さんの目に、今の日本代表、Jリーグはどう映る?

「1次、2次予選とはまったくレベルの違う相手との戦いになります。どうやって勝ち抜いていかないといけないのか。チームとしても個人としても考えていかないといけない。不安や危機感が自然と高まりますね」

 ドイツW杯の最終予選の時のチームは、2002年日韓W杯でベスト16に進出し、その主力メンバーの多くが残っていたので期待値も注目度も非常に高かった。最終予選はホーム&アウェーになり、ホームは当然有利なのだが、時として思わぬ風が吹いてきたという。

「ホームは、サポーターの代表に対する期待感がすごくて、たとえば前半が0-0でも優しいんですけど、後半もその状態が続くと声がどんどん厳しくなっていくんです。こんな内容でいいのか。こんなんでW杯で勝てるのか。もっといいサッカーしろよ、みたいな声が飛んでくる。それで1-0で勝っても満足せず、3-0、4-0で勝たないといけないみたいな空気になるんです。正直、アウェーのほうが意外とリラックスして試合ができたりしましたね(笑)」

 ホームでサポーターにプレッシャーをかけられるのは、選手は相当やりにくかっただろう。だが、そういう緊張感が逆にチームを育てていくことにもつながる。中澤さんは、ドイツW杯の最終予選では、「これぞアウェー」という試合も経験している。

「アウェー感は、レフリングで感じたことはありますけど、空気感として感じたのはイラン戦ですね。確かスタジアムに入れるのが男性だけで、10万人ぐらい全員男で声援の迫力がすごかった。しかもイラン自体がすごく強くて、アジアでもひとつ抜けている国だったので、非常に戦いづらかったのを覚えています」

 イランには敗れたが、日本は中立国となるタイで無観客開催された北朝鮮戦に勝ち、フランスW杯最終予選に続いて2度目の予選突破を果たした。

 4年後の南アフリカW杯最終予選は、中澤さんにとって2度目の最終予選になった。キャプテンとなり、チームをまとめていく重責を担った。ただ、中澤さんは、自分がチームを引っ張るという意識は、それほど強くはなかったという。

「チームには、能活(川口)さん、楢(楢崎正剛)さん、俊(中村俊輔)、ヤット(遠藤保仁)とか、自分がリスペクトする選手がたくさんいたので、特にキャプテンとして何かするということはなかったです。ただ、年上の選手として代表チームに対する姿勢は見せようと思っていました。若い選手は、年上の選手の振る舞いを見ているんですよ。そこで僕らがチームよりも個人の思いを優先してプレーすると、若い選手はそれでいいんだってとらえてしまう。だから負けてもポジティブな姿勢を崩さず、若い選手が変にプレッシャーを感じないように、伸び伸びとプレーできる環境を作ろうと思っていました」

 日本代表のキャプテンの言動は、常に注目される。

 歴代のキャプテンは試合前後、大勢のメディアに囲まれて対応をしていた。中澤さんがキャプテンになってからも試合後、ミックスゾーンの一角で長い時間、メディア対応をしていたのが印象的だった。

「メディアに発信する際に気をつけていたのは、チームの不平不満や選手について評価をしないことです。そこで自分が言ってしまうと、他の選手もいいんだって思うし、メディアを通じてそういうことを聞いてしまうのは、自分も嫌だし、そもそも気分がよくないじゃないですか。そういうところに気をつけていましたね。でも、メディアの人は、もっとズバッと言ってほしかったんだと思います。あの手この手で聞いてきましたけど、僕はまわりくどく、濁して、包んで確信にたどりつけない感じで話をしていました(笑)」

 南アフリカW杯最終予選は、ドイツW杯最終予選の時ほどの苦戦はなく、乗りきることができた。2試合を残して世界最速でW杯出場を決めるなど、チームとしての完成度は高かった。もっともチームが早くに一度ピークを迎えてしまったことで、その後は低調な状態が続き、W杯前はチームに対して厳しい声が飛んだ。

「ウズベキスタン戦でW杯出場を決めてからW杯本番までは長く感じました。その間、チームもうまくいかないことが増え、苦しみましたけど、その時に支えになったのがドイツW杯の経験です。ドイツではチームよりも個の思いが先にきて、レベルが高い選手が集まったいいチームだったのに勝てなかった。それを繰り返してはいけない。ドイツを経験していない選手は、複雑な思いを抱いていたと思うけど、僕らドイツ経験者は個よりもチーム、チームの勝利を優先ということでまとまっていた。それを若い選手も理解してくれたので、バラバラになりそうでも意外と選手は結束していました」

 岡田武史監督が大会前にシステムや選手を大幅に変更する事態にも選手は柔軟に対応して、初戦のカメルーン戦に勝ち、その後ベスト16まで進んでいった。

 森保一監督率いる日本代表は、来年のカタールW杯でベスト8を目標として掲げ、最終予選がスタートした。

 中澤さんは、森保監督の指導に首尾一貫したポリシーが見えると言う。

「基本的に戦い方を変えない。2次予選の8戦全勝は、相手に合わせるというよりも自分たちのいい守備からいい攻撃という戦いを貫いた。それに選手たちが従って出した結果です。ひとりでも『えっ』という選手がいたらこういう結果にはならないでしょうし、森保監督はそういう選手を呼んでいないでしょう」

 中澤さんが、ポイントとして見ていたのがコミュニケーションだ。

「森保監督は、選手に対して気遣いができるので、それを選手も感じとっている。だから、素直にいろんな話をすることができていると思うんです。それはポリシーを浸透させ、チームを作るうえで非常に大事なことですね」

 森保監督のチームで象徴的なのが海外組の選手の多さだ。今回、カタールW杯最終予選の初戦のオマーン戦、続く中国戦の代表メンバーにかぎっていえば、24名中6名しか国内組はいない。フィールドプレイヤーでは21名中4名のみだ。その中には酒井宏樹(※9月2日にオーバーワークを考慮し、離脱)、大迫勇也もおり、彼らはちょっと前まで海外でプレーしていた選手なので、実質的には山根視来(川崎)と佐々木翔(広島)だけになる。

「海外組、すごいですよね。ひと昔前なら考えられない状況です。でも、所属クラブとかを見ると、全員がトップリーグで、トップクラブでプレーしているわけではない。ただ、海外でプレーしていることで日常的に海外の選手と戦えているので、いざ世界と戦ってもギャップは感じなくなってきているかなと思います。やっぱり国内でプレーしていて、国際試合に出ると相手のテクニック、スピード、フィジカルに違いを感じるんですけど、海外組の選手は、それらが日常なので、想定内で戦える。それはすごく大きいと思いますね」

 今後も海外を目指す選手が当然出てくるだろうし、実際に田中碧と三笘薫は、東京五輪が終わったあと、海外に飛び出して行った。そうして個々のレベルが上がり、選手層が厚くなるのは森保監督にとってはもちろん、日本サッカー界にとっても大きい。だが、海外組ばかりが代表に入るとJリーグにとって望ましい事態ではないと中澤さんは語る。

「今、Jリーグで首位を争っている(川崎)フロンターレと(横浜F・)マリノスの中からもっと代表に選ばれてもいいかなって思いますね。首位争いをしてチームで活躍しているのに代表に入れないのであれば、じゃあどうやったら代表に入れるのかってなるじゃないですか。海外に行ったら代表に入れるということになれば、そういう方向に選手の目が行きます。Jリーグから代表は選ばれない。海外に行かないと代表で活躍できない。そうなると、やっぱり海外組すごいよねってなるだろうし、Jリーグを見なくなってしまう可能性もある。Jリーグの選手にもっと頑張ってほしいなって思いますね」

 中澤が心配するこれからのJリーグだが、リーグ戦はマリノスが首位のフロンターレを猛追している。

「いいですねぇ(笑)」

 古巣の急上昇に満面の笑みを浮かべる中澤さんだが、好調の要因についてどう分析しているのだろうか。

「(ケヴィン・)マスカット監督に代わったからというよりも、むしろ継続してきたサッカーの質が上がってきたと思いますね。優勝した時のベースを作った喜田(拓也)、扇原(貴宏)、松健(松原健)らが新しく入ってきた選手とうまく融合しているんですよ。あと、昨年は一昨年優勝したのでだいぶ研究されたうえにケガ人も出て苦しんだけど、今年は補強がうまくいって、攻撃の3人のユニットを2パターン作れるぐらいの選手層になった。さらに90分間、自分たちの判断でゲームをコントロールできている。それらが今の好調の要因かなって思います」

 一方、今年もぶっちぎりで優勝かと期待された川崎フロンターレだが、東京五輪明けのリーグ再開後、2勝2分1敗で福岡に今季初黒星を喫するなど、五輪前ほどの勢いがなくなった。

「フロンターレは、ACLでケガ人が出て、東京五輪後に三笘と田中碧がいなくなったことで鬼木(達)監督は選手のやりくりにちょっと苦労していますね。あと、昨年は縦に早いサッカーをしていて、それがハマったけど、今年はボールを大事にしているところもあって昨年のような強みが薄れた感があるかなと。とはいえ、まだ首位だし、1敗しかしていないので強いんですが、優勝するには三笘と田中碧が抜けた穴を既存の選手と外国人選手の補強でどれだけ埋めていけるかだと思います」

 現在2位のマリノスと3位の鹿島アントラーズの勝ち点差は15。優勝争いは、フロンターレとマリノスの2チームに絞られるだろうが、最終的に優勝するためのポイントは、どういうところになるのだろうか。

「守備の安定と選手層だと思います。これからケガ人が出てくる可能性があるなか、その時に出場してきた選手がそれまでの選手と同じレベルのパフォーマンスを発揮できるか。チームとしての総合力を落とさずに戦えるか。その点でいうとマリノスは、サブに入っている選手の顔ぶれはかなりすごい。後半戦、2チームの競り合いが面白くなるなと思います」

 中澤さんは引退して3年になるが、サッカーだけはなく、今やスポーツ番組のコメンテーターを始め、さまざまな番組に出演し、活動の範囲を広げている。「いろんな世界を知りたいし、たくさん学びたい」と意欲的だ。9月12日に開幕する女子サッカーのWEリーグについても積極的に発信していくようだが、とりわけ今、力を入れているのが「ラクロス」の普及だ。

「娘がラクロスをやっているのもあるんですが、将来、五輪種目になる可能性を求めて、関東関西だけではなく、全国にラクロスが広がればいいなと思います。このラクロスをはじめ、これからもマイナーで困っているスポーツに力を注いでいきたいですね」

 今も見た目は、現役時代とまったく変わらない。サッカーだけではなく、マイナースポーツの普及という新しいチャレンジにストイックに取り組む姿は、2010年南アフリカW杯でベスト16に進出した時のプレー同様に、かなり頼もしい。