テニスの世界ランキング138位のアレックス・モルカン(スロバキア)は、5…
テニスの世界ランキング138位のアレックス・モルカン(スロバキア)は、5月の「ATP250 ベオグラード」決勝が始まる前の瞬間を鮮やかに覚えている。当時世界255位で、予選を勝ち上がって決勝まで進んだモルカンは、ウォームアップでグラウンドストロークを繰り返し打っていた。そして登場選手を紹介する場内アナウンスが聞こえた。「“ノバク・ジョコビッチ(セルビア)、世界ランキング1位、グランドスラム18回優勝”っていうアナウンスが響いた。僕がその場に(対戦相手として)いるなんて信じられなかった。鳥肌が立ったよ」【実際の写真】寺院、蓮の花、仏像などモルカンのエキゾチックなタトゥー【特設ページ】ドロー表、無料配信、練習や記者会見の映像も!「全米オープン」
残念ながらモルカンはその試合にストレートで敗れてしまったが、それは彼のキャリアにおける重要な瞬間だった。彼は自分自身に、最高の選手と戦えると証明したのだ。それは長い道のりだった。
左打ちのモルカンは現在開催中の「全米オープン」(アメリカ・ニューヨーク/8月30日~9月12日/ハードコート)で予選を突破し、1回戦で世界188位のCem Ilkel(トルコ)を、2回戦で期待の20歳、世界84位のブランドン・ナカシマ(アメリカ)を破り、初めて出場したグランドスラム本戦で3回戦に進出している。
5歳の頃に両親に連れられてテニスのレッスンを受けるようになったモルカンは、最初はサッカーやアイスホッケーもやっていたが、アイスホッケーは朝5時起きが辛くてやめてしまった。10歳の時に両親が離婚、その2年後にモルカンは母と共に故郷から400km離れたオーストリア国境の都市ブラチスラバに引っ越した。
「引っ越すしかなかったんだ、ブラチスラバ以外のところで良いテニス選手になるのはほぼ不可能だった。母はいろんなことを犠牲にした。家族はテニスのせいで一文無しだった。今は僕が大人になったから大丈夫になったけど、母は僕のために人生を変えてくれた。本当に感謝してる」とモルカン。
「お金がなかったから母は働かなければならなかった。妹は3歳ぐらいだったんだけど、母は仕事の後で保育園に迎えに行って、母が行けない時は僕が行くこともあった。母は1日中働いて、僕は1日中練習して、妹は保育園で、大変だった。母も僕も必死で、なんとかやっていった」
モルカンが15歳になった時、母親は故郷に帰り、モルカンは1年半ほど友人の家で暮らした。
「でも良くなかった、僕らは若くてバカだったから、バカなことばかりした…十代の子がやるようなことさ。それで母は戻って来た。僕が18歳の時にまた母は故郷に帰ったけど、それからは僕と兄と僕の恋人が一緒に暮らしてる」
モルカンが最初のタトゥーを入れたのは18歳の時だった。「誕生日の後にタトゥーを入れに行って、そこで思いついたんだ。母の誕生日をタトゥーにしようって」
今やタトゥーは彼の人生の一部だ。そこには虎や、寺院や、蓮の花、仏像、ギリシャ神話の英雄ペルセウスなどが描かれている。「どのタトゥーにも意味があるんだ。いろんな文化が好きだから、いろいろ違う文化のものが描かれている。反対側の腕にも始めた。時々キツい試合の時に虎のタトゥーを見るんだ、戦わなきゃいけない時にね。それから考える必要がある時には仏像を見る」
「試合中にタトゥーを見るとモチベーションが湧くのさ」
ベオグラードで初めてツアーレベルの決勝に進出し、自分のプレーに自信がついたと言う。「全米オープン」3回戦では第11シードのディエゴ・シュワルツマン(アルゼンチン)と対戦するモルカン。
「僕はファイターなんだ。コートの上で戦う。すべてのポイントを取ろうとする。お客さんが僕のプレーを見て楽しんでくれるといいな」
(テニスデイリー編集部)
※写真は2021年「ATP250 ベオグラード」でのモルカン
(Photo by Srdjan Stevanovic/Getty Images)