地球の外からやって来た生命体に、サッカーの試合についてこう聞かれたらどう答えよう。「その白い四角い枠に囲まれた空間にボー…

地球の外からやって来た生命体に、サッカーの試合についてこう聞かれたらどう答えよう。「その白い四角い枠に囲まれた空間にボールを通すことにはどういう意味があるのですか?」と。だが、われわれもこう思っているのだ。「なんでサッカーゴールは白い長方形の置き物なんだろう」と。さらに、「そこに手を使わずにボールを入れあうゲームは、なんで人類をこんなに熱狂させるんだろう」とも。本稿では、永遠の疑問に限界まで迫った――。

■ビーチサッカーは黄色いゴール

 ロシアで開催されているビーチサッカーのワールドカップで日本が準々決勝進出を決めた。2018年のワールドカップといい、ロシアという国は、日本のサッカーにとって縁起のいい国らしい。

 その初戦、パラグアイに0-3から第3ピリオドに6得点して7-4の大逆転勝利を収めた試合を見ながら、私は少し驚いた。ゴールポストが黄色に塗られていたのである。フットサルとほぼ同じ大きさのピッチで、5対5で行われるビーチサッカー。ゴールの大きさは、サッカーよりひと回り小さい5.5メートル×2.2メートル。といっても、フットサルの3メートル×2メートルよりだいぶ大きい。

 ビーチサッカーのルールを見ると、ゴールの色は単色でなければならないが、「好ましくは蛍光黄色」とされている。白っぽいピッチの砂と明確に区別がつくようにしたのだ。ちなみに、フットサルのゴールは「ピッチの色と異なるものでなくてはならない」ということになっている。ほとんどが白のビーチサッカーのピッチと違い、室内で行われるフットサルのピッチはさまざまな色だからだ。2016年にコロンビアで行われたフットサルのワールドカップでは、青いピッチに赤白の縞模様のゴールが使われていた。

 だが、サッカーではゴールは「白」と決められ、ルール第1条に明確に書かれている。以前はルール本文にはなく、「公式決定事項」に入れられていたが、それでもはっきりと「白でなくてはならない」と書かれていた。サッカーのピッチは基本的には芝生の緑なので、白がいちばんよく目立つ色とされてきたのだろう。

■サッカー誕生から不変の数字

 サッカーは「最もシンプルなゲーム」と言われるほどルールは少なく、それも競技誕生の19世紀半ばからあまり変わっていないように思われている。しかし19世紀の間に何回も大きなルール改正があって競技の整備が進み、さらに20世紀にはオフサイドルールの改正(3人制から2人制)があり、21世紀にはいるとゴールラインテクノロジー(GLT)やビデオアシスタントレフェリー(VAR)の導入など、けっこう変わっているのである。

 そのなかで唯一といっていいほど変わっていないのが、ゴールの幅である。1863年12月に書き上げられた最初のルール(これによって近代スポーツとしてのサッカーが誕生した)の第1条に、「ゴールはピッチに直立した2本のポストで区切られ、その間隔は8ヤードとする」とされている。

 8ヤードとは7.32メートルのことで、現在もゴールの幅はまったく変わらない。興味深いことに、当時はゴールに上限はなく、両ゴールポストの間であると確認できれば、どのような高さでもよかった。現在のラグビーと同じである。

 だが、高くけられたボールがゴールかどうか紛糾するようになり、数年後には両ゴールポスト間にテープが張り渡され、その下を通過したものだけをゴールと認めるようにした。1866年、イングランドサッカー協会は「両ゴールポスト間、ピッチから8フィート(2.44メートル)の高さにテープを張ること」という規則をつくった。ここに、ゴールの大きさが完全に今日と同じものとなったのである。

■ゴールの大きさを変えようとした男

 1996年、当時まだ国際サッカー連盟(FIFA)の事務総長だったゼップ・ブラッター(1998年~2015年会長)がドイツの雑誌のインタビューに応え、「ゴールの幅をボール2個分(約45センチ)、高さをボール1個分大きくすることにする」という考えを表明した。ゴールの大きさが決められた19世紀の半ば当時の英国の成年男子の平均身長は、20世紀末のプレミアリーグのGKの平均身長(約190センチ)より30センチも低かったからと、彼はルール改正の必要性を力説した。

 だがこのルール改正案は本決まりになることはなかった。少し考えてみればわかる。サッカーは世界の隅々にまで浸透した「人類のスポーツ」であり、世界中にはおそらく数百万対ものサッカーゴールがある。ルール改正でゴールを大きくしたら、その多くを廃棄し、新しくつくり直さなければならない。そんなことは不可能に近い。

 ちなみに、日本でゴール一対を購入するのにどれくらいかかるか見当がつくだろうか。もちろん「ピンキリ」だが、「ピン」は埼玉スタジアムなど第一級の競技場で使われている「埋め込み式」で、1対で100万円以上する。しかもゴールを安全に設置するための地下構造の造作費は別である。工事まですべて含めると400万円にもなるという。そして簡易式のゴールを除き、一般の競技場や学校のグラウンドに設置する「据え置き型」(背後に支えの構造がついているもの)でも、一対で数十万円はする。おいそれと取り替えられるものではないのである。

■「中国こそがサッカーの母国」なのか?

 近代スポーツとしてのサッカーの誕生以前、すなわち中世から英国各地で行われていた「フットボール」では、最初からポストで区切られたゴールがあったわけではない。「村対村」で何百人もが参加し、ボールを投げたりけったりしながら相手村に攻め込む、半ば「暴動」のようなイベントだったフットボール。そのゴールは、相手村にある砦の門だったり、相手村のシンボルである教会であったりした。

 ポストは17世紀にはその最初のものが見られるというが、19世紀を迎えるまでは、特別なポストを立てるより、元来そこにある動かないもの、家や巨木などがその代わりになり、ゴールの幅も数メートル程度のものばかりでなく、ときには数キロ(!)に及ぶものもあったらしい。

 19世紀のはじめに2本の棒を地面に突き刺してゴールにするという例が見られるようになる。そこからサッカーが誕生するまで約半世紀の間に、パブリックスクール(私立中高等学校)の校庭で教育の一環として盛んに行われるようになり、人数やピッチの広さが限定され、ポストで区切られた明確な「ゴール」が設けられるようになったのである。

 ただ、「世界最古のゴールポスト」としては、まったく別の歴史も主張されている。中国では紀元前から2チームで1個のボールを争って相手ゴールに入れる競技が行われていたという記録があり、2004年、FIFA会長となっていたブラッターは、アジアカップの決勝戦に合わせて北京を訪れた際、「中国こそ、サッカーの母国である」と持ち上げた。

 ブラッターの真意は、急速に経済成長しつつある中国をFIFAにとっての21世紀の最大のマーケットと考え(その予測は正しかった)、その歓心を得ようしたことにあった。そこでこんな「リップサービス」をしたらしい。そしてそのとき、紀元前32年、前漢の成帝の時代に、2本の竹の棒を地面に突き刺し、その間に絹の薄い布を張ってゴールとしていたという話を持ち出したのである。

いま一番読まれている記事を読む