世界各国の東京五輪総括(後編)前編を読む>>「おらが町」の選手を応援、サッカーは片隅に小宮良之(スペイン):ライター 8…
世界各国の東京五輪総括(後編)
前編を読む>>
「おらが町」の選手を応援、サッカーは片隅に
小宮良之(スペイン):ライター
8月6日、スペイン大手各紙の一面がこの国のスポーツ報道を象徴していた。スポーツクライミング男子複合でアルベルト・ヒネスロペスが優勝。空手の女子形でもサンドラ・サンチェスが決勝で日本の清水希容を破っている。それまで1個だった金メダルが、3個に増えた。この快挙にもかかわらず、2人は一面の片隅に追いやられた。
大きな写真が使われたのは、バルセロナのエースであるリオネル・メッシの正式な退団発表だった。
スペイン国内におけるスポーツ最大の関心事は、常にバルサ、レアル・マドリードである。この極端さは他の国では考えられない。メッシ以外にも、レアル・マドリードのセンターバック、ラファエル・ヴァランやマルティン・ウーデゴールの去就などが連日、厚く報じられていた。
スペインは複合民族国家で、1970年代まで独裁政権が続いていた。一体感は薄く、今もお互いに遺恨がある。「おらが町」というよりは、「おらが国」というのか、カタルーニャ、バスク、ガリシア、アンダルシアなど、各地方で言語も文化も異なり、その民族構造がスポーツ報道の背景にもあるのだ。
たとえばポルトガルの北に位置するガリシア州では、ガリシア人カヌー選手のテレサ・ポルテラが地元一般紙の一面を席巻している。ポルテラは、スプリント女子カヤックシングル200メートルで銀メダル。39歳となるまで何度も五輪に挑戦してようやく勝ち取ったメダルに地元は湧いたという。
一方、サッカー人気は滅法高いにもかかわらず、民族的なねじれのせいで、スペイン代表サッカーには関心が薄い。なかでも五輪サッカーのネタは"売れない"ようだ。

異例の豪華メンバーを招集も、決勝でブラジルに敗れたサッカーのU-24スペイン代表
東京五輪の男子サッカー準々決勝でコートジボワールを延長戦の末に5-2と勝利した翌日も、サッカー記事はトップではなかった。国内最大のスポーツ紙『マルカ』は、射撃の混合トラップで優勝したファティマ・ガルベス、アルベルト・フェルナンデスの2人が金メダルをかむ姿を一面に掲載。また、男子テニスで銅メダルを獲ったパブロ・カレーニョの写真のほうが、サッカーよりも大きかった(時差による締め切り都合上の問題もあるのだが)。
準決勝で開催国の日本を下しても、やはり話題の中心からは外れていた。『マルカ』は一面で「さよなら、我々のスーパーヒーロー」という見出し。英雄的なバスケットボール選手であるパウ・ガソルの代表引退を大々的に報じていた。
大手スポーツ紙の比較でいえば、『アス』のほうが『マルカ』よりも五輪サッカーについて報じていた。
それでも『アス』はテコンドー女子49キロ級でスペインのメダル第一号となったアドリアーナ・セレソイグレシアスの銀は大きく報道していた。「英雄的」と銘打つレースを見せ、マウンテンバイク男子クロスカントリーで銅メダルを獲ったダビド・バレロセラノも一面。体操男子ゆかでライデルレイ・サパタが銀、陸上女子三段跳びでアナ・ペレテイロが銅と、ダブルメダルを獲得した時は「スペインが跳ぶ!」という見出しで報じた。
カタルーニャ州、バルセロナに本拠を置くスポーツ紙『エル・ムンド・デポルティーボ』は偏りがあり、バルサの機関誌に近い。セーリング男子470級でジョルディ・ハマル、ニコラス・ロドリゲスガルシアパスのペアが銅メダルを勝ち取った翌日は、バルサがプレシーズンマッチでザルツブルグに1-2で敗れた試合が一番大きな扱い。雨の中で憔悴したメンフィス・デパイが座り込む姿が載っていた。
一方、『エル・ムンド・デポルティーボ』の地方版は、徹底して「おらが町」の色合いを出す。たとえばバスク州のギプスコア県版は、一面が必ずレアル・ソシエダ関連となる。日本を下した翌日の一面は、レアル・ソシエダのミケル・オヤルサバルとマルティン・スビメンディの2人が抱き合う姿だった。
ギプスコア県出身でバスク人カヌー選手のマイアレン・シュローがスラローム女子カヤックシングルで銀メダルを勝ち獲った翌日は、堂々の一面。ちなみにマイアレンはSportivaのサッカー記事でもおなじみの元バスク代表監督ミケル・エチャリのいとこの娘だそう。出身地であるラサルテはお祭り騒ぎだったという。
結局、スペインは金メダル3個、銀メダル8個、銅メダル6個の合計17個を獲得。前回のリオ五輪から金メダルは減ったが、全体では同じメダル数を勝ち取っている。
ちなみにサッカーは決勝でブラジルに延長の末に0-1で敗れ、銀メダルに終わった。ユーロ2020を戦った6選手を引き連れての銀メダルは、失敗も同然。「金を失ったのではない、銀を得たのだ」というルイス・デ・ラ・プエンテ監督のコメントはあまりにむなしく、『アス』は小さな記事で「銀と失望」と報じている。
そして五輪閉会式の日は、メッシが退団会見を行なったことで、各紙は再びそれ一色に染まるのだった。
最大の話題は試合後の公開プロポーズだった
了戒美子(ドイツ):ライター
開幕前はドイツであまりにも話題にならず、少々不安にさえなったが、始まってみればそれなりの盛り上がりを見せた東京五輪。今回、ドイツでは視聴環境が充実しており、公共放送ARDとZDFが共同で約140時間の地上波の放送と、約1500時間のインターネット放送を行なったことで、多くの競技を無料で見ることができた。また、ドイツと関係のない、たとえば日本の試合なども、有料のEUROSPORTSのサブスクリプションサービスで視聴することができた。
ARDの五輪放送マネージャー、ゲルト・ゴットロブ氏は自社サイトでの大会を振り返るインタビューで、「視聴者の関心が高かった競技は?」と聞かれ「五輪のクレイジーで美しいところは、人々が何にでも興味を持つことにあります。例えば、(あまり知られていない競技である)アーチェリーと(メジャー競技である)サッカーが、視聴率30パーセントでほとんど肩を並べているんです」と答えている。
男子サッカーでは、ブンデスリーガの強豪チームが招集に協力しなかったため、22人の登録メンバーを集められず、18人プラス横浜FCのGKスベンド・ブローダーセンで編成。シュテファン・クンツ監督が「いくつかのビッグクラブが支援をしてくれなかった」とクラブ批判を展開したことが話題に上った。
しかし、大会が始まると、あっという間にグループリーグで敗退したため、五輪競技としての存在感は薄かった。
そんななかで、ウニオン・ベルリン所属のマックス・クルーゼが、ドイツが勝利した第2戦サウジアラビア戦後、フラッシュインタビューを通じて公開プロポーズを"敢行"し、一躍注目の的に。もともと五輪報道に熱心な高級紙だけでなく、『ビルト』紙や『キッカー』誌という大衆紙、スポーツ紙も大きく扱っていた。
プロポーズをなぜ第2戦の終了後という中途半端な時期に行なったのか、不思議に思ったものだが、第3戦はコートジボワールに引き分けてグループリーグでの敗退が決まったため、結果的にはベストタイミングだったということになる。
ドイツ選手団全体を見渡すと、男子テニスのアレクサンダー・ズベレフの優勝や、女子走り幅跳びのマライカ・ミハンボの金メダルなど、華々しいシーンも多くあった。とはいえ、金10銀11銅16、合計37個のメダル獲得は、東西ドイツ統一以来、最低の記録となった。
また今回、ドイツは大会中に頭の痛い問題を抱えてしまった。
ひとつは自転車男子ロードレースで、コーチを務めるドイツ自転車連盟のスポーツディレクター、パトリック・モスターが、ドイツのニキアス・アルントの前を走るアルジェリアとエリトリアの選手を指して「あのラクダ乗りを追い越せ」と差別的な言葉を叫んだこと。モスターはただちにドイツ自転車連盟により帰国を命じられ、さらに年内資格停止、無期限の国際大会からの排除などの処分を受けた。
もうひとつは、大会終盤に行なわれた女子近代五種の馬術での動物虐待問題だ。近代五種の馬術では、選手は抽選で選ばれた馬に騎乗するのだが、アニカ・シュロイの騎乗したセントボーイが暴れて制御不能に陥った。すると、近くにいたキム・レイズナー監督が馬の臀部を叩いたのだ。この模様はテレビで中継されており、すぐさまSNSで大騒ぎに。レイズナー氏は国際近代五種連合から資格を剥奪され、五輪を追われた。
また、スポーツの枠を超えて大きく報道されたのは、女子陸上200メートルに出場予定だったベラルーシのクリスティーナ・ティマノフスカヤのポーランド亡命。現在、欧州ではベラルーシ情勢が大きな話題になっており、注目のトピックとなった。
開催地である東京の雰囲気について、前述のゴットロブ氏は「パンデミックのために開催国の人々が大会を祝えなかったのは残念なことでした。いつもは感じられる街の高揚感や喜びのムードはなく、温かい出会いも少なかった。むしろ、五輪のゲストは基本的に歓迎されていないのではないかという不安感のほうが強かった。日本は大会を受け入れざるを得なかったが、無事に実現してよかったと思います」と、話している。
コロナ禍にもかかわらず、開催できたことは喜ばしいが、手放しで100点満点だったとは誰も言わない。そんな複雑な大会だった。