ボクシングのバンタム級戦線にとって重要な意味を持つ1日が間近に迫っている。 現地時間8月14日、カリフォルニア州カーソンでWBO世界バンタム級王者ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)がWBA同級正規王者ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)と…

 ボクシングのバンタム級戦線にとって重要な意味を持つ1日が間近に迫っている。

 現地時間8月14日、カリフォルニア州カーソンでWBO世界バンタム級王者ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)がWBA同級正規王者ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)と雌雄を決する。そのセミファイナルには、ゲーリー・アントニオ・ラッセル(アメリカ)vsエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)という、興味深いWBA同級暫定タイトル戦も組まれている(暫定タイトル自体は完全に不毛ではあるが)。



6連勝でリゴンドーとの試合に臨むカシメロ

 同日のアンダーカードには、元WBA同級スーパー王者のルーシー・ウォーレン(アメリカ)も登場。さらにオクラホマ州タルサでは、昨年11月にWBAスーパー、IBF同級王者・井上尚弥(大橋ジム)に敗れたジェイソン・マロニー(オーストラリア)が、ジョシュア・グリア・ジュニア(アメリカ)と復帰戦を行なうなど、この日は数多くのバンタム級トップ選手がリングに立つ。

 隔世の感がある。アメリカ各地で行なわれるバンタム級の試合が全米中継されることなど、しばらく前なら考えられなかった。井上という核になる選手の出現もあって、アメリカ国内でも一部の熱心なファン、関係者が興味を持つ階級になった。8月14日はそれを証明する1日になるかもしれない。

 中でも最大の注目が、カシメロvsリゴンドーの激突であることは言うまでもない。「正規王者」のリゴンドーはWBAのいわゆる"セカンダリー王者"なため統一戦にはならない(※)が、勝者が井上の対戦者候補として浮上することに変わりはなく、日本のファンにも見逃せない一戦になるだろう。

(※)スーパー王者がいる場合、そのスーパー王者との試合以外はWBAの統一戦と認められない。

 プレミアケーブル局『Showtime』によって4月に挙行が発表されていたカシメロvsリゴンドー戦だが、7月中に一度、カシメロとWBC同級王者ノニト・ドネア(フィリピン)による統一戦にカードが変更された。バンタム級の多くの選手や関係者が統一戦を望んでいることから、WBA正規王座という微妙なタイトルを保持するリゴンドーがはじき出された形だ。

 これは余談だが、日本の多くのファンから「リゴンドーが気の毒」という声が上がっていたものの、リゴンドーは同日程でカシメロの代わりに若手のラッセルと対戦。ほぼ同額のファイトマネーが保証されていたため、カード変更は特に気にはしていなかったそうだ。

 ともあれ、慌ただしくまとまったドネアとカシメロの試合は、約1週間後にあっさりと消滅してしまう。問題になったのは、ドネア側が望んだVADA(ボランディア・アンチドーピング機関)の薬物検査にカシメロ側の登録が遅れたことと、カシメロ陣営の度が過ぎたトラッシュトーク。すったもんだの騒ぎの中で、誰に落ち度があったのかの追求は別の機会にしたい。とにかく、一時は大きな話題を呼んだWBC&WBOの統一戦はキャンセルされ、カシメロvsリゴンドー戦が再セットされることになった。

 井上の4団体統一戦の相手を決める"準決勝"が流れたことを残念に感じるファンは多いだろう。薬物検査のタイミングを測っているように見えたカシメロに、嫌悪感を抱いた人も少なからずいたに違いない。とはいえ、"元のさや"に収まった一戦も非常に面白いカードだ。しっかりとした薬物検査が催された上で挙行されるのであれば、ボクシングファンには垂涎のマッチアップではないだろうか。

「この試合で、私がタフな相手にも勝てることを示したい。リゴンドーに勝てば、バンタム級で最高レベルの選手であることがわかってもらえるはずだ」

 相変わらず威勢のいいカシメロはそう息巻いているが、現在6連続KO 勝利中の暴れん坊にとって、リゴンドーは実力を証明するためには申し分ない相手。数年前までは「荒削りな脇役」という印象だったカシメロだが、近年は派手なKO勝利とトラッシュトークで一気に商品価値を上げてきた。

 ドネア戦の交渉でまたイメージは悪くなったものの、いい勝ち方をすれば多くのことが忘れられてしまうのがボクシング界だ。40歳になってもテクニックが高く評価されているリゴンドーを倒すようなことがあれば、井上をはじめとする同階級の猛者たちも無視をするのが難しくなるだろう。

 ただ、絶好調のカシメロをもってしても、キューバの拳豪はやはり厄介な相手に思える。2000年、2004年の五輪で連覇を飾ったリゴンドーは、プロでも楽々とバンタム級、スーパーバンタム級の2階級制覇を達成。「試合が退屈。面白くする努力もしない」という評価が定着しているものの、2013年4月には、全盛期だったドネアをほぼ完封。それ以降も第一線で戦う、レジェンドという呼称が相応しい選手である。

「カシメロのパワーや他の武器は心配していない。私はこれまで3階級で戦い、多くの挑戦を乗り越えてきた。カシメロに関して心配することはないよ」

 リゴンドーはそう自信を見せているが、上の階級でも実績がある"ディフェンスマスター"は、カシメロのパワーにも面食らうことはないはずだ。

 2017年12月、現在より3階級上のスーパーフェザー級でワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)と戦い、唯一の負けを喫してからは3連勝。リゴンドーがいい状態でリングに上がれば、卓越した技巧にカシメロが空転する姿を想像するのは難しいことではない。

「最近のリゴンドーがそうしているように、ガッツを持って向かってきて、エキサイティングな試合にしてほしい。そのほうがファンは喜ぶし、誰がベストかはっきりする」

 カシメロがそう話すとおり、加齢でフットワークが衰えたからか、ここ数戦のリゴンドーは以前よりも足を止めて打ち合うようになっている。

 2019年6月のフリオ・セハ(メキシコ)戦でのリゴンドーは誰もが驚く打撃戦を展開し、8回TKO勝ち。2020年2月に行なわれた、前戦のリボリオ・ソリス(ベネズエラ)戦では序盤に左をもらってピンチを迎え、2-1と僅差の判定勝ちだった。

 それから約1年半。そのブランクは短くないが、リゴンドー自身は「リングから遠ざかり、ダメージを溜めていないことは(年齢を考えると)プラスに働くと思う」と意に介していない。とはいえ、公には40歳と発表されていても、「実際には何歳なのかは不明(関係者・談)」というリゴンドーの衰えがさらに進んでいた場合、試合はわからなくなる。

 カシメロにとっての勝負はやはり前半。序盤の数ラウンドでその後の趨勢(すうせい)が見えてくるような試合になるのではないか。

 今戦の勝者と井上の統一戦にまで思いを巡らせた場合、リゴンドーとの試合のほうがまとめやすいかもしれない。 現在のカシメロ、リゴンドーは、井上が所属するトップランク社のライバルであるプレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC) と関係が深く、その面での条件は同じ。ただ、カシメロはドネア戦が話題になった際にドーピング絡みで紛糾しただけに、薬物検査の方法を含め、井上との交渉はより難しくなることが予想される。

 ともあれ、冒頭で述べたように、世界的に見てもホットな階級のひとつになりつつあるバンタム級が、4団体統一の方向に動いていることは間違いない。その戦線の歯車が、今週末、再びゴトりリと音を立てて動き始める。
 
 ここで勝ち残り、井上との戦いに大きな一歩を踏み出すのはカシメロか、リゴンドーか。その内容と結果次第で、同階級の戦いがアメリカ国内でさらに大きな話題を呼ぶことになるかもしれない。