アメリカの学生スポーツを支える団体として知られるNCAA(National Collegiate Athletic A…
アメリカの学生スポーツを支える団体として知られるNCAA(National Collegiate Athletic Association=全米大学体育協会)は、各競技の大会に関する企画運営をはじめ、学生アスリートの健全で積極的な学業・競技参加を奨励する取り組みを行っている。アメリカという世界的大国の最高学府における重要な側面を司る機関であることから、その社会的存在意義は非常に大きい。そのため、大学進学前の若者からさまざまな分野ですでに地位を築いた壮年期の成人まで、国内外の幅広い人々がNCAAのあり方に目を向けている。
こうした社会的な位置付けを認識したNCAAが、今春開催された男子バスケットボールのファイナルフォーの機会に、より良い方向に社会を前進させることを目的としてあらたな取り組みを行った。
NCAA Final Four Talks(NCAAファイナルフォートーク)。この取り組みは、昨今アメリカで大きな問題としてクローズアップされた人種や性差などによる差別や偏見などの社会的不正の撲滅をテーマとして、貴重な体験や知識を持つ活動家を招き、講演を通じてその見識を広く共有しようと試みるイベントだ。このイベントに、唯一の北米外からの登壇者として、スポーツを通じた社会変革推進活動で知られる梶川三枝(Sport For Smile/Next Big Pivot創立者・代表理事)が、スポーツビジネスでの女性活動推進をテーマに講演を行った。梶川はオハイオ大学大学院スポーツ経営学科在学中に、デトロイト・ピストンズのフロントに日本人女性として初めて採用された経歴を持つ、スポーツビジネスの知識と経験が豊かなプロフェッショナルだ。今回はまさしくその点をテーマにした講演を担当している(講演はNCAA公式サイトで閲覧可能)。

NCAAファイナルフォートークでオンライン公演中の梶川。日本で女性が直面する課題や現状をレポートする内容だった(写真をクリックすると講演映像が見られます: 写真/©NCAA Final Four Talks)
人々を一つにするファイナルフォーの存在感に着目
コロナ禍で開催された今年のNCAAトーナメントは、インディアナポリス(インディアナ州)での男子大会も、サンアントニオ(テキサス州)での女子大会も、ファイナルフォーを含めすべてがバブル開催の方式で行われた。その中でファイナルフォートークも、当初想定した形とは違うバーチャルイベントになったが、著名なスピーカーの登壇を実現させたキュレーターのニーリー・バット(Neelay BHATT)、企画運営を担当したNCAAのニコ・ロバーツ(Niko ROBERTS)らの尽力により、影響力の大きなイベントとして成功を収めた。その結果、来年以降もさらに内容・手法を発展させて継続されることが決まっているという。
ロバーツは、自身も“バスケットボール一家”と呼べる家庭環境で育ち、実はカンザス大学でウォークオンとしてプレーした実績を持つアスリート。そしてアフリカ系アメリカ人でもある。そのような背景からこのイベントに対する思い入れが強いだけでなく、ファイナルフォーの社会的な存在意義もよく知っている。「さまざまな問題で世間の人々が重苦しい雰囲気の中で生きなければいけない時間が長くなりました。その中でファイナルフォーは、誰もが何とかして開催してほしいと思える、人々の心を一つにする効果のあるイベントだったのです」とロバーツは語る。「その機会を、社会を前向きな形で変えていくきっかけにできたら素晴らしいと考えました」
一方のバットは、インディアナ州のスポーツ観光事業を支える委員会であるインディアナスポーツコープ(Indiana Sports Corp.=以下ISC)に籍を置くコンサルタントだ。前述のとおり今年の男子NCAAトーナメントがインディアナポリス周辺でのバブル開催だったことが縁となり、このイベントにおけるキュレーターの役割を担うことになったという。
「最初に相談を受けたのは2020年9-10月頃。背景は社会的不正が目に見えて問題化したことでした。ジョージ・フロイドさん殺害の一件などから、我々のプラットフォームで人種的正統性の保たれた将来(racially just future)を目指し前進するために何かをしたいと思いました。プレーヤーやコーチなどスポーツの指導的な立場にある人々は、それができる地位にあります。我々は組織内にチームを立ち上げ、目的にかなうスピーカーを集めることにしました」(バット)

インディアナポリスで2021年の全米チャンピオンになったベイラー大学のプレーヤーたちが撮影した記念写真。背景の建物には今年のNCAAトーナメント男子大会のブラケットのダイナミックなプレゼンテーションが見える(写真/©NCAA Final Four Talks)
アメリカの社会的不正は国内問題の域を超えている
ミネソタ州ミネアポリスで、白人警察官が黒人市民を残虐な方法で、しかもスマホの動画機能で撮影されているのを承知で殺害するというショッキングな出来事だったジョージ・フロイド氏殺害事件。この悲劇を含め、アメリカでは社会的不正の存在をあらためて世間に強く印象付ける事件が、2020年にいくつも発生した。
構造的人種差別(systemic racism)の犠牲者は、アフリカ系市民だけではない。パンデミック下の昨今は、新型コロナウイルスが中国由来とされることから、国籍とは無関係に、日本人を含むアジア系人種を狙う卑劣かつ残虐極まりないヘイトクライムもたびたび報告されている。
性差や性的指向、身体的特徴に起因する偏見や差別も大きな問題だ。身近なところでは、男女NCAAトーナメントの開催地に顕在した待遇差をNBAスターのステフィン・カリー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)、ナターシャ・クラウド(WNBAワシントン・ミスティクス)ら有力プレーヤーが問題視し、女子バスケットボール・チームの支援に乗り出した例もある。
こうした問題意識の中、バーチャルで行われたファイナルフォートークへの反響は大きく、バットはさまざまなテーマについての問題提起を可能にするスピーカーの協力を得ることができた。「バスケットボールは世界的に盛んですし、一方でアメリカが今抱えている問題は国内だけの問題ではありません。日本からは梶川さんが力を貸してくれました。カナダからは車いすバスケットボールの著名なプレーヤーで、過去にパラリンピックで3つの金メダルを獲得し、今夏の東京2020パラリンピックにも出場予定のパトリック・アンダーソンさん。アメリカからは人権活動家のリチャード・ラプチック博士ら、複数の協力者がありました。ラプチック博士は、かつてニューヨーク・ニックスのコーチだったジョー・ラプチックさんのご子息です。NABC(National Association of Basketball Coaches=全米バスケットボールコーチ協会)の幹部を務めるクレイグ・ロビンソンさんにも参加してもらえました。この方はミシェル・オバマさんの親戚の方なんですよ」
NCAAファイナルフォートークのキュレーターを務めたニーリー・バット
次世代のリーダー生み出すきっかけを提供したい
バットがとりまとめたスピーカーたちは、上記のコメントで触れられているように、社会的な力を持つバスケットボール関係者たちであり、しかも現代アメリカ社会で提起されている問題についての議論を深めたいとの意識を共有するスピーカーばかりだ。その一人には、現役WNBAスターのエリザベス・ウィリアムズも含まれていた。ウィリアムズはアトランタ・ドリーム所属。身長190cmのフォワードだが、昨年のアメリカ女子バスケットボール・シーンで最も重大な出来事の一つを、当事者として体験した人物だ。
ウィリアムズ所属のドリームで当事共同オーナーの一人だったケリー・ローフラーが、ブラックライブズマター・ムーブメント(Black Lives Matter=「黒人の命は重要だ」と訴えるスローガンを掲げ人種差別撲滅を謳うムーブメント)を支援する立場を明確にしたWNBAを批判したのがその発端だった。
これを受け、ウィリアムズを含むドリームの所属プレーヤーたちは、自チームのオーナーグループに堂々反旗を翻す。アメリカ大統領選挙を前にしたジョージア州上院選で、ローフラーの政敵にあたる民主党のラファエル・ワーノック氏に投票するよう有権者に訴えるキャンペーンを開始したのだ。「VOTE WARNOCK」と白い文字で胸に大きくプリントされた黒いTシャツを着てメディアに登場し、デモに参加した彼女たちの行動は、やがてWNBA全体に広がっていった。
その問題意識と行動力に教育の観点から意義を感じたバットは、直接的につながりのなかったウィリアムズの協力を得るために、インディアナにゆかりのあるWNBAレジェンドのタミカ・キャッチングス(元WNBAインディアナ・フィーバー)に相談を持ち掛けた。キャッチングスは意図を汲みアトランタ・ドリームのジェネラルマネジャーに打診。最後はバットが自らトルコにいるウィリアムズと連絡を取り、快諾を得ることができた。
2020年にジェームス・ネイスミス記念バスケットボール殿堂入りを果たしたキャッチングスが協力を惜しまないこと一つをとっても、WNBA、あるいはアメリカのバスケットボール関係者の多くが、社会的不正の撲滅に積極的であることが感じられる。

カンザス大学でプレーした経歴も持つロバーツ「バスケ一家で育ったアフリカ系アメリカ人なので、NCAAファイナルフォートークに特別な思いがあります」と話していた
こうしたさまざまな難しい問題に直面しているアメリカ社会において、ファイナルフォートークは最低でも3-4年は続けていきたい、そうするべき企画だと、バットもロバーツも意欲的だ。「いろんな見方や概念を、いろんな人の物語を通じて、将来に伝える場として発展させたいです。世界中の大学の学長や体育局長など、社会的地位の高い人びとに、この場を介してそれが響いていくかもしれません。その人々の心を動かすことができれば、その人自身のビジネスや学生とのやり取りの中で、それが伝わっていくかもしれません。将来どんな形になるかはわからないとしても、前向きなきっかけになることができると思っているのです」(ロバーツ)。その言葉から、NCAAが社会正義に対してこれまで以上に敏感に反応しながら発展していこうとしている姿勢も感じられた。
どの国の若者たちにもこうした知識や現状について知り、考えるきっかけがもたらされるようにとの意図で、このイベントの一部はNCAA公式サイトで公開されている。その手法と影響力の大きさにNCAAが価値を見いだしたことが、前述のとおりNCAAファイナルフォートークを来年以降も継続する判断につながった。
来年の男子ファイナルフォー開催地となるニューオリンズでは、イベントの手法をリアルとバーチャルのハイブリッドにする意向だという。「コロナが終息しているよう願い、来年はぜひ現地の会場に来場者を招き入れて講演を実現して、同時にライブストリーミングをやりたいです。さらに改善して複合的な手法を模索していくつもりです」
NCAA関係者の胸の内には、日本のバスケットボール・チーム、大学やさまざまな学校の人々に、このイベントを活用してほしいとの願いもあるとのことだ。「梶川さんの講演を見れば、日本ではまだまだ性差や性的志向に起因する偏見や差別(ジェンダーイクイティー[=gender equity]とジェンダーイクオルティー[=gender equality])に関する課題が山積しているように感じます。アメリカではサッカーの女子アメリカ代表プレーヤーが、実績として足元にも及ばない男子アメリカ代表と同じ報酬を得られていないことなどが課題として語られていますが、日本はどうでしょう? そうした課題への取り組みを前進させるきっかけに、NCAAファイナルフォートークを活用してほしいと思っています」とバットは熱っぽく語る。
「これからの世代に、そうした議論ができる世界を作るのがこの企画のねらいです。『自分がリーダーになったら、ジェンダーイクイティーが達成され、誰にも同じように機会が与えられる世界を作るんだ』と考える若者が出てきてくれるように願っています」

バット(左)と対談している右側の人物はNABCのクレイグ・ロビンソン。ロビンソン氏のような人物から、問題意識がさらに広がっていくことを、NCAAは期待している(写真/©NCAA Final Four Talks)
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取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)