「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#80「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信す…
「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#80
「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。陸上はスプリント指導のプロ集団「0.01 SPRINT PROJECT」を主宰するアテネ五輪1600メートルリレー4位の伊藤友広氏と元400メートル障害選手でスプリントコーチの秋本真吾氏が、走りの新たな視点を提案する「走りのミカタ」を届ける。
第6回は「走る時は『靴』と『裸足』どっちがいいか」。第3回で掲載した「走る時は『グー』と『パー』どっちが速いのか」は大きな反響を呼んだ。今回はもう一つの疑問、運動会や体育祭の短距離走で必ずいる“裸足で走る人”。東京五輪に出場するトップ選手は高機能なスパイクで走り、長距離選手には厚底シューズも浸透している。日本人の“指”の問題とともに疑問をひも解く。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
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走る時は「裸足」でもいいのか。土のグラウンドの小学校では、運動会で靴を脱いで走る男子がよくいた。靴を脱いだ方が足が軽くなって、なんとなく速そう。そんなイメージがあったかもしれない。
「まず、本番はどちらなのか、裸足で走ってもOKかという問題があります。結論から言うと、本番は靴を履いた方が速い可能性が高いです」(伊藤)
ただ、実は裸足もメリットは多くあるという。背景にあるのは日本人の足の問題。ランニングを例にすると、課題が分かりやすい。最近、カーボンプレート入りの厚底シューズが流行しているが……。
「厚底シューズは反発力が高く、おかげでスピードが上がる半面、反発が高いために体への負荷が高くなり、怪我リスクが高まるというデータが出ています。特に、一般ランナーはファッション的な感覚で入り、厚底の機能を詳しく知らないまま履いていることも多い。ですが、実はトップランナーですら、場合によって履き替えているんです。例えば、ジョギングは柔らかいシューズ、タイムを狙いに行く練習や試合本番は厚底というように。
一般ランナーの怪我リスクを高める背景には、以前からシューズの進化が絡んできています。1970年代以降、ランニングシューズの機能が高まったことで、足裏の筋肉や指が使えない人が増えたと言われています。さらに、『Leg(レッグ=足首からももの付け根まで)』と『Foot(フット=足首からつま先まで)』でいうところの、フットの方の機能が弱まっている人が多いというデータもあります」(伊藤)
加えて、日本人は5割以上が「浮き指」といわれる。立っている時などに指が地面や靴底に接地せず、指に体重をうまく乗せられない。そのため、指をうまく使えないという問題がある。
「これによる健康への影響もありますが、走りにとってはアキレス腱がうまく作用しないという影響があります。走りで上手くアキレス腱を作用させるためには、つま先寄りに体重をかける必要があります。この体重のかけ方を習得するトレーニングとして裸足で走るというのは凄く良いと思います。自然に体重の乗せ方が変わり、姿勢やその他の動作まで変わりやすくなります。足で走ると足裏の筋肉が活性化され、指が使えるようになる、かかとから着地していた人の走りがつま先寄りの着地に変化するというデータもあるくらいです。
靴の過剰なクッションがなくなるため、痛くてかかとから接地できず、自然とリアフット(かかとから接地する)走法を回避できます。足が遅い人の特徴の一つとしてかかとから地面につき、『よいしょ』という感覚で時間をかけて地面を踏む走り方がありますが、それができなくなる。そういう理由から、トレーニングには裸足を織り交ぜると良い。ただし、本番は靴が持つ反発力やグリップ力の機能を利用した方が速く走れるというのが個人的な考えです」(伊藤)
練習は裸足を試し、本番は靴で挑む。それが、足を速くする上で、一つの選択肢になる。
日本のトップスプリンターもアップでは薄底スパイクを使用
秋本氏も日本人の“指”の問題を指摘する。
「浮き指は本当に良くなくて、僕もタオルギャザー(指でタオルを引くトレーニング)をしないと、レッグで走ってフットが使えない。なので、日本のトップスプリンターがいまだに薄底の靴でウォーミングアップする割合が圧倒的に多いのは、そういう背景があります。やはり、底が厚いと地面との距離が生まれ、指が使える感覚が鈍くなってしまいます」(秋本)
前述のランニングの厚底シューズについても、一般ランナーには注意を促す。
「厚底にすると怪我のリスクが減るデータもありますが、それはカーボンがないことが条件。カーボンは反発が大きく、足の負担が大きくなります。今は靴のクッション性が良くなり、カーボンなしのちょうど良いランニングシューズはひと昔前より遥かに増えています。それなら、ゆっくりしたペースで距離を踏むことができる。本番ではカーボンが入りの軽くてクッション性のある靴との使い分けが理想だと思います」(秋本)
「クッション性が高い靴は、アキレス腱のバネを補ってくれる。裸足で走ると、その役割を果たすのは自分の腱と筋肉しかありません。自分の脚でアキレス腱の作用を引き出せるかが重要。その前提を整えた上で最新のシューズを履くと、さらにテクノロジーの力が加わり、良くなる。なので、まずは自分の状態をしっかりと整えるために裸足や薄いシューズで走ることがオススメできます。
アスリートですら日常的に厚底を履いてトレーニングはしておらず、一般の方が話題性やファッション性で厚底だけを履き続けてしまうと、実は体の負荷がかなり高いので、状況に応じて履き分けながら使用すべきだと思います」(伊藤)
あまり知らない日本人の指とシューズの進化。正しく、速く走るためには知っておきたい知識だ。
■伊藤友広 / Tomohiro Itoh
1982年生まれ、秋田県出身。国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体少年男子A400メートル優勝。アジアジュニア選手権日本代表で400メートル5位、1600メートルリレーはアンカーを務めて優勝。国体成年男子400メートル優勝。アテネ五輪では1600メートルリレーの第3走者として日本歴代最高の4位入賞に貢献。現在は秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01 SPRINT PROJECT」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。
■秋本真吾 / Shingo Akimoto
1982年生まれ、福島県出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルで五輪強化指定選手に選出。200メートルハードルアジア最高記録(当時)を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人を指導。また、延べ500人以上のトップアスリートも指導し、これまでに内川聖一(ヤクルト)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和)、神野大地(プロ陸上選手)、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)