「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#75「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信す…

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#75

「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。陸上はスプリント指導のプロ集団「0.01 SPRINT PROJECT」を主宰するアテネ五輪1600メートルリレー4位の伊藤友広氏と元400メートル障害選手でスプリントコーチの秋本真吾氏が、走りの新たな視点を提案する「走りのミカタ」を届ける。

 第5回は「リレー種目のバトンが走りに与える影響」。5日に男子4×100メートルリレー予選を38秒16の組3着で予選突破し、6日に行われる決勝でメダル獲得が期待される日本。リレー種目といえば、運動会のリレーでもバトンには一般人も馴染みがある。勝負を分けるバトンパスの奥深さに迫り、重さのある物を持って速度は落ちないのかなど「バトン」が走りにもたらす影響について分析する。(THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 日本にとって、4×100メートルでメダルが期待されるリレー種目。注目されるのが、バトンパスだ。アテネ五輪4×400メートルリレーで第3走を務め、日本史上最高の4位入賞している伊藤氏は、こう解説する。

「バトンパスの上手さは4人の合計タイムからリレーのタイムを引き算し、どの程度、短縮されているかで見ていきます。一般的に日本が採用しているアンダーハンドが最強であると思っている方が多いと思います。しかし、オーバーハンドでも日本と同程度のタイム短縮を実現している国もあります。イギリス、中国などです。

 そのメリットは渡す選手ももらう選手も腕を伸ばし、2人分のリーチを最大限に使ってパスすることで、物理的な距離が稼げること。半面、リスクは、もらう選手が不自然な体勢を取るので、失敗リスクが高まることや加速段階でスピードに乗りづらい側面もあります。デメリットが大きいように感じるかもしれませんが、この方法でも精度を高められると大きなタイム短縮が見込めます」(伊藤)

 どちらが良い悪いということではない。大切なことは多様な作戦から気付きを持つこと。
 
「ジュニアレベルで最初に多く採用されるのはオーバーハンド。なので、この基本の形でも極めたらここまでいけるという気付きにもなります。一方で、アンダーハンドは走者同士が凄く接近して渡しますが、日本は少し距離を広げてオーバーとアンダーの中間くらいを狙うことや、バトンゾーンのどの位置で受け渡しするかなど細部にこだわりどの国もやっていない形にも取り組んできました。各国が戦略を持ってやっています」(伊藤)

 陸上ファンには常識かもしれないが、バトンパスにはあるルールがある。

「4×100メートルリレーは1走が右手、2走が左手、3走が右手、4走が左手と決まっています。なぜかというと、例えば、1走が左手に持ったとしたら、コーナーのバトンパスでぶつかってしまう可能性が高まるからです。よって1~4走の持ち手が定まります。ボルトも右手で持って走りたいのでしょう。いつもアンカーで左手でもらい、必ず右に持ち替えていました。

 持ち方に得意・不得意はあると思いますし、握るのではなく指と指で挟む人もいます。ただ、それによって腕の角度が固定され、振りやすくなって走りが変わることがあります。なので、全員バトンを持って100メートルや400メートル決勝を走ったらどんなタイムが出るのか実験してみたら……という想像が膨らみます」(秋本)

バトンを持つと走りの動作に与える影響とは

 そもそも、バトンを持つと走りの動作にどう影響を与えるのか。

「バトンを持つと肘から先だけで振ったり、腕が横振りになったりすると違和感が出ます。自分の体(胸付近)の近くでコントロールしやすいところに収め、コンパクトに振るという動作につながる。そもそも、腕振りが体から遠くなると力が入りづらくなります。結果、バトンを持つことで矯正され、腕振りのタイミングが合いやすくなると考えられます。

 バトンに限らず、何かを持って走ることで動作が変わり、それがピッチやストライドに影響し、スピードにも影響が出るという可能性がある。なので、練習で日常的に右手だけ持って走ってみたり、両方に持って走ってみたり。ちょっと工夫を加えてみると、走りの感覚が変わることがあるので、子供たちもかけっこで取り入れてみてもいいと思います」(伊藤)

 国際大会で使われるバトンの重さは80グラム程度とされる。80グラムとはいえ、重さのあるものを持つことにデメリットはないのか。

「今、話したタイミングの現象は重さが影響しているとも考えられます。振り子をイメージしてもらえれば、分かりやすい。足の着地と腕振りの力を入れる瞬間はパチンと合わせたい。下半身は脚で地面を踏むところはコントロールしやすいのですが、上半身は腕振りのタイミングを掴めない人は多いもの。そこで重さがあるものを持つと、腕が下に来た瞬間、力を入れるタイミングが分かりやすくなることもあると思います」(伊藤)

 実は手に持って走ることで、むしろ好影響を及ぼすことがあるバトン。速さを競う裏に、深さがある。

■伊藤友広 / Tomohiro Itoh

 1982年生まれ、秋田県出身。国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体少年男子A400メートル優勝。アジアジュニア選手権日本代表で400メートル5位、1600メートルリレーはアンカーを務めて優勝。国体成年男子400メートル優勝。アテネ五輪では1600メートルリレーの第3走者として日本歴代最高の4位入賞に貢献。現在は秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01 SPRINT PROJECT」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。

■秋本真吾 / Shingo Akimoto

 1982年生まれ、福島県出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルで五輪強化指定選手に選出。200メートルハードルアジア最高記録(当時)を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人を指導。また、延べ500人以上のトップアスリートも指導し、これまでに内川聖一(ヤクルト)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和)、神野大地(プロ陸上選手)、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)