快挙達成だ。レスリングの女子57キロ級で川井梨紗子が2大会連続となる金メダルを獲得した。62キロ級で前日に優勝した妹の友香子とともに「姉妹で金」の夢をかなえた。勝利が決まると、マットの川井梨はスタンド最前列の妹を見て、両こぶしを突き上げた…

 快挙達成だ。レスリングの女子57キロ級で川井梨紗子が2大会連続となる金メダルを獲得した。62キロ級で前日に優勝した妹の友香子とともに「姉妹で金」の夢をかなえた。勝利が決まると、マットの川井梨はスタンド最前列の妹を見て、両こぶしを突き上げた。

 「もう、やったよ~、という感じでした」と、26歳の姉は思い出す。顔には安ど感があふれていた。



姉妹で金メダルを掲げる、姉の川合梨紗子(右)と妹の友香子(左)

 「昨日、(妹に)目の前であんないい試合を見せられたら、私もやるしかないなって思っていたんです。リオ(五輪)の時と比べると、1試合1試合重く感じていて。いろんな思いを抱えて、友香子と頑張ってきて、こ~んないい日があっていいのかなって」

 8月5日。幕張メッセ。無観客だが、スタンドから応援していた日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長、日本レスリング協会の福田富昭会長、東京五輪パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長らスポーツ界の幹部ら十数人がマスク姿で喜び合った。

新型コロナの感染拡大など暗い話題が広がる中での明るいニュース。橋本会長は言った。「いや、すばらしい。この間は柔道の阿部さんきょうだい、そして今日は(川井)姉妹ですから。やはりアスリートが活躍するのが、一番元気が出ますよね。価値があります」

川井梨は強かった。しっかり構えて、組み手で優位に立って、イリーナ・クラチキナ(ベラルーシ)にプレシャーをかけ続けた。相手の後ろに回って2ポイント。相手右足に鋭いタックルを決めて1ポイント。タックルをかわした瞬間、あっという間に相手のうしろに回って2ポイント。徹底研究されている中で最後まで押し、5−0で勝ち切った。

川井梨の言葉に充実感がにじむ。

「最後の1秒まで、絶対に相手から目をそらさないと決めていた。やっと終わったというより、なんというか、6分間、集中できた自分がよくやったなという感じです」

同じ金メダルとて、意味合いが違う。リオ五輪では、女王・伊調馨との争いを避け、63キロ級(現62キロ級)での優勝だった。今回は、本来の階級に戻し、57キロ級での金メダル。

しかも、日本女子レスリングを引っ張ってきた伊調と吉田沙保里が引退した後の初めての五輪だった。チームを牽引するエースの覚悟と責任があった。「今思うと、リオの時はのびのび自由にできていたなって思います」と、川井梨は漏らした。

「2連覇って誰もが目指せるものじゃないし、やっぱり経験している年数と時間の重みが違うので。やっぱり特別だなと思います。それと、今までは沙保里さん、馨さん、先輩の背中を追っていけばよかったのが、気づけば、自分が引っ張らなきゃとなっていて......。この数年、いろいろなことを経験させてもらったなと思います」

 日の丸を掲げながら、笑顔でマットを一周した。会場も回り、その後、テレビのフラッシュ・インタビューが続く。畏敬する吉田沙保里さんから連続金メダルをたたえられると、川井梨は「沙保里さんのすごさがわかりました」と漏らし、感激の涙を流した。

 この苦しい道のりを乗り越えられたのも、妹の存在があったからだろう。勝ち続けることは難しい。リオ五輪後、「今度は逃げない」と本来の力を発揮できる57キロ級に階級を戻した。もちろん妹の友香子が62キロ級だったのも無関係ではない。

 『姉妹で東京五輪』、そう川井梨は妹と決めていた。2018年秋、休養明けの伊調が川井梨と同じクラスに復帰してきた。その年、練習拠点だった愛知・至学館大の指導者による伊調へのパワハラ問題が起きた。双方の指導者間の争いに巻き込まれ、なぜか川井梨にも厳しい目が向けられた。

 ふたりの直接対決は注目された。川井梨は2018年末の全日本選手権の決勝では敗れたが、2019年6月の全日本選抜選手権、7月の世界選手権代表選考プレーオフでは伊調を破った。その世界選手権で姉妹そろって東京五輪の出場権を獲得した。ふたりで泣いた。

 ふたりの目標が『姉妹で金メダル』に変わった。父はレスリングの元学生王者、母が世界選手権出場者のレスリング一家。母の現役の時には女子レスリングはまだ、五輪では実施されていなかった。姉妹で金メダルはいわば、家族の夢となった。

 そういえば、五輪代表に決まった時から、川井梨の携帯電話の待ち受け画面は東京五輪デザインの金メダルとなった。表彰式でまじまじと金メダルを見つめた姉は笑った。

「やっと手元に実物がきたなって」

 姉の梨紗子はオン・オフの切り替えがうまい天才型、23歳の友香子はおっとりしているけど、コツコツと練習に励む努力型。いわば「ウサギ」と「カメ」か。性格も対照的だが、レスリングにかける熱量は同等だった。

新型コロナの影響で1年延期となった東京五輪。国際大会の派遣中止が続き、実戦から1年半ほど遠ざかった。でも、姉妹はそろって外に走りにいったり、技を確認しあったり。「ひとりじゃないから、コロナの自粛期を乗り越えられた」と川井梨が述懐したことがある。

 ふたり並んでの記者会見。カメラのフラッシュに胸の金メダルが光り輝く。姉は「ほんと友香子なしではここにいられなかった」としみじみと漏らした。

「今まで、自分が姉なので、友香子のことを引っ張らなきゃとか、自分がしっかりしなきゃとか思ってきたんですけど、今回、友香子の試合が先で、気づいたら、自分が友香子の試合で背中を押されていて、あぁ自分のほうが支えられていたのかなって。感謝の気持ちでいっぱいです」

 ふと見ると、隣の妹は目に涙をためていた。「え~、泣いてる」と姉がちゃかした。

 今度は妹の友香子が言った。「やっぱり、梨紗子がいなきゃ、ここにはいられなかったと思います。"お姉ちゃんは世界一強いな"って改めて思いました」

 リオ五輪から4年と延期1年の5年間。一番大変だった時期は?と聞かれると、川井梨は「大変じゃなかった時はないです」と言って、記者を笑わせた。

「ほんと延期になってから、ケンカがちょっと増えて、ほぼほぼ殴り合いのケンカをしたこともあって。自分的には一番、苦しかったというか、しんどいなと思いました」

 けんかの原因はレスリングの技のことや練習メニューなど些細なことだった。

 妹はこう、続けた。

「梨紗子と同じで、大変じゃなかった時がないんですけど。ずっと苦しかったんですけど、それも全部、今日の日のためにあったんだなって思います」

 世界一の姉妹が一緒に笑う。ふたりは、会場近くのホテルに泊まり、テレビ観戦した両親にも感謝する。川井梨は言った。

「レスリングをするきっかけを与えてくれて、レスリングを教えてくれて、ほんと感謝しています。ここにくるまで、家族のほうが苦しいことがあったんじゃないかって思います」

 元レスラーの両親がいる。だから、五輪金メダリストの姉妹がいる。強くあり続けた姉と、強くなった妹。天賦の才に幸運が重なった。家族にとって、この日が「姉妹金メダル記念日」となった。最高の一日だ。

 どうしても、2024年パリ五輪の話題も出る。3大会連続金メダルを目指しますか、と直球の質問が出た。

 川井梨は少し笑った。

「(決勝戦が)終わった瞬間、"あぁレスリングは最高だな"って思ったんです。だから、やめられない。また帰って、練習するんだろうなって思いました」

 もうこうなったら、新たな目標は、パリ五輪でも『姉妹そろって連続金メダル』ってどうだ。姉妹の"夢物語第二章"が始まる。