気弱な妹は、たくましい世界一のファイターへ変わっていた。8月4日。レスリングの女子62キロ級決勝で、川井友香子が初出場の五輪で金メダルを獲得した。終了ブザーが鳴ると、23歳の妹はマットで泣き、姉の26歳の梨紗子はスタンドで涙を流した。 妹…

 気弱な妹は、たくましい世界一のファイターへ変わっていた。8月4日。レスリングの女子62キロ級決勝で、川井友香子が初出場の五輪で金メダルを獲得した。終了ブザーが鳴ると、23歳の妹はマットで泣き、姉の26歳の梨紗子はスタンドで涙を流した。

 妹は涙声で漏らした。

「ほんとうに言葉にできないくらいうれしくて。ずっと、ずっと、世界の金メダルがほしかった」

 5年前のリオデジャネイロ五輪は姉の決勝戦をスタンドから見ていた。その姉から、「オリンピックの表彰台のてっぺんからの景色は違うから」と言われていた。

「どんな景色だろうと思って、今までやってきたんですけど、やっと見ることができました。すごくいい景色でした」



レスリング女子62キロ級で優勝した川合友香子。姉妹で金メダルは実現するか。

 姉妹の絆はすこぶる強い。2019年。メダル獲得で東京五輪代表権が決まる世界選手権だった。姉は優勝し、妹は3位決定戦に回った。その試合の朝、姉は友香子の練習相手を買って出た。そして、妹は勝って銅メダルを獲得した。この時も、妹はマットで、姉はスタンドで泣いた。

 川井姉妹が東京五輪の出場権をそろって獲得した時から、ふたりの合言葉は『姉妹で東京五輪金メダル』となった。まずは妹が幕張メッセの東京五輪決勝の舞台に立った。姉は試合前、こう太鼓判を押していた。「びっくりするほど、友香子は強くなっている。好きなようにやればおのずと結果はついてくる」と。

 その決勝戦。どっしりとマットに両足をのせ、最後の最後まで、2019年世界選手権覇者のアイスルー・ティニベコワ(キルギス)を攻め続けた。会心の片足タックルが決まった。「記憶がなくて、気がついたら入っていた」。終盤の相手の猛反撃をおさえ、1ポイント差で逃げ切った。4-3の判定勝ち。よく我慢した。最後まで攻め続ける気持ちが金メダルにつながった。

 石川県出身。友香子は3姉妹の次女で、小さい頃はままごとや手芸で遊んでいた。姉妹では一番、気弱だった。母の初江さんがコーチを務めるレスリング教室に、一人ぼっちにされるのが嫌で遅れて加わった。長女の梨紗子が思い出す。「(3姉妹で)一番レスリングに向いていなくて、ほんとうにとろくて、女の子という感じでしたね」と。

 友香子が変わったのは、リオ五輪前の2016年春、左肩を手術してからだった。姉のレスリングに打ち込む姿を見て自分が情けなく、恥ずかしくなった。練習パートナーとして同行したリオ五輪。優勝する姉の姿を見て、闘争心に火がついた。

 「五輪金メダルの梨紗子の妹」とずっと、言われてきた。その姉から叱咤激励され、友香子はひたむきに努力するようになった。新型コロナで実施が延長された1年。実は、妹は『肉体改造』に取り組んだ。

 それまで筋力、パワーが足りないと感じていたからだった。食生活を考え、筋力トレーニングの量を増やした。身体がひと回り、大きくなった。友香子が明かす。「この1年で通常時の体重が2、3キロ増えた」と。

 決勝戦の2時間半前の夜7時、友香子は女子57キロ級準決勝の姉の試合をスタンドから応援した。姉はポイント2-1で辛勝した。友香子の自信が膨らんだ。こう述懐する。

「ほんと僅差でもいいから勝てばいいんだ、どんなに苦しくても最後に勝てばそれでいいんだと思った」

 夜9時半に始まった決勝戦。翌日の自分の決勝戦に向けた調整もあるのに、梨紗子は試合から2時間半も会場に残って、スタンドに立っていた。途中、階段を下りて、スタンドの一番前に来て、大声をかけた。「友香子~。見てるよ~」と。

 その姉の声はマットの友香子に届いていた。妹は「(スタンドの)どこにいるのかすぐわかりました」と言った。

「もちろん、試合をするのは私なので、姉がいてもいなくてもレスリングは変わらない。でも、やっぱり、ふたりでここまで金メダルを目指してやってきたので、姉の姿を見ると、ここは絶対、勝ちたいという気持ちがより一層強くなったんです」

 姉を追いかけ、姉に追いついた。もう、だれにも「梨紗子の妹」とは言わせない。優勝が決まると、友香子は大きな日の丸の旗を持って、マットで泣きながら走った。マットを降りて、場内も回る。テレビ局の演出だろう、隅にあった大画面のモニターに両親が泣いて喜ぶ姿が映った。

 友香子は駆け寄り、何度も頭を下げた。その時の心境は?

「これまで大会では2位と3位ばかりで...。やっと金メダルを獲って家族に喜んでもらうことができた。恩返しができた。いままでサポートしてくれて、ほんとうにありがとうございました、という気持ちでした」

 世界一の姉を追い、友香子は世界一になった。繰り返すが、川井家の夢は『姉妹そろって金メダル』だ。つぎは姉の梨紗子が五輪連覇の偉業に臨む。

 妹の友香子は言葉に力をこめた。

「いい形で梨紗子につなげられた。しっかりとサポートし、梨紗子が金メダルを獲れるよう、頑張ろうと思います」

 なにやら、川井姉妹と両親のバンザイの絵が浮かんでくるではないか。