「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#67「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカ…
「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#67
「THE ANSWER」は東京五輪の大会期間中「オリンピックのミカタ」と題し、実施される競技の新たな知識・視点のほか、平和・人権・多様性など五輪を通して得られる様々な“見方”を随時発信する。多くのプロ野球選手も加入するパフォーマンスオンラインサロン「NEOREBASE」主宰、ピッチングストラテジストの内田聖人氏は投手の“球”を独自の「ミカタ」で解説する。
日本は4日に行われた準決勝の韓国戦に5-2で勝利し、決勝進出を決めた。しかし、試合は7回まで2-2の接戦。日本を手こずらせた一人が先発コ・ヨンピョ投手。5回で7三振を奪い、2失点と力投。先発の役割を果たした。特徴的だったのは右のサイドから繰り出したキレのあるシンカー。侍ジャパンに投じた“クセ球”を分析した。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
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日本に敗れた韓国でしたが、力投したコ・ヨンピョ投手は印象に残る投手でした。
真横から投げているサイドスロー。シンカーが素晴らしかった。特に1巡目。シンカーを中心に組み立て、左打者には三振を取り、右打者のカウント球にも使っていた。右打者にシンカーを使う投手は、日本ではそう多くありません。
加えて、スライダーとカットボールがあり、3つの球種で左右に散らせる。シンカーが頭にありながら、いきなりスライダーが来る。2回先頭で浅村栄斗選手(楽天)が見逃し三振した球も真ん中でしたが、その背景があったと感じます。
カットボールも印象的で、高めは腕のアングルが低い投手特有のライズする軌道。ストレートも140キロを超え、サイドスローならではの突き刺さるような強さがあり、フォームの特徴を最大限に生かした投球スタイルでした。
特に素晴らしかったシンカーについて、お話しします。シンカーとはストレートと比べ、シュート成分が強く、かつ落差を生み出す球です。なかでも、シンカーには2つのパターンがあると、私は考えています。
1つ目はコ・ヨンピョ投手のように球の上を切ってリリースするトップスピン系のシンカー。左投手のカーブのような軌道です。ダルビッシュ有投手(パドレス)が高校時代に投げていた球。一般的にイメージされるシンカーです。
コ・ヨンピョ投手は、中指・薬指を使って球の上を切るようにしてスピンをかけているように見えました。実際、投げている本人にしか分からない感覚もありますが、映像を確認する限り、そういう印象でした。
2つ目はジャイロ回転をかけたハード系のシンカー。これはメジャーリーグの左腕ザック・ブリットン投手(ヤンキース)が100マイル(約161キロ)近くで投げるとてつもない球。最近、メジャーで増えているタイプです。
実際に投手をやっている人には分かる感覚と思いますが、スライダーやカットボールは微々たる軸のズレで逆方向に曲がることがあります。ハード系シンカーは同じ原理でシュート方向に変化させている球です。
NPBで見ることは少ないですが、黒田博樹さん(広島、ヤンキース)が投げていたフロントドアのツーシームに近いイメージかもしれません。
シンカーは関節の可動域が影響することの認識を
シンカーで個人的に思い出深い投手の一人が吉永健太朗さん(元JR東日本)です。
私が早実時代に日大三のエースだった彼と西東京大会決勝で投げ合い、その後、日大三は甲子園優勝。早大でチームメートとなり、一緒にプレーしました。彼はオーバーハンドからまさに左投手のカーブのようなシンカーを投げる。逆曲がりして、右投手としてはあり得ない軌道でした。
ただ、シンカーを投げる上では気をつけなければいけないことがあります。
ダルビッシュ投手とお話をさせてもらったこともありますが、高校生特有の関節の柔らかさが影響する可能性があり、体ができ上がって筋力がついてくると、同じように投げられないことが考えられます。ダルビッシュ投手も今は高校時代のようなシンカーは投げていない印象です。
もし中高生に伝えるなら、今は投げられても「将来、投げられなくなるかもしれない球」という認識は持っておいた方がいいと思います。
肩肘の負担も決して小さい球ではなく、関節の可動域も人それぞれ異なるもの。無理に投げようとすると、痛めてしまう可能性があります。オーバーハンドでトップスピン系のシンカーを投げるには、そういった体の作りや指先の感覚が影響していると思います。
一方で、体がある程度でき上がっていて、サイドやアンダースローの投手なら、オーバーハンドより圧倒的に投げやすい球種でもあります。もとからサイドスピンをかかりやすい腕の振りなので、そこからトップスピンを少し加えることで作りやすさが生まれます。
日本で武器にする投手は多くありませんが、国際舞台だからこそ見ることができた特徴的なシンカーでした。
■内田聖人 / Kiyohito Uchida
1994年生まれ。早実高(東京)2年夏に甲子園出場。早大1年春に大学日本一を経験し、在学中は最速150キロを記録した。社会人野球のJX-ENOEOSは2年で勇退。1年間の社業を経て、翌19年に米国でトライアウトを受験し、独立リーグのニュージャージー・ジャッカルズと契約。チーム事情もあり、1か月で退団となったが、渡米中はダルビッシュ有投手とも交流。同年限りで指導者に転身。昨年、立ち上げたオンラインサロン「NEOREBASE」は総勢400人超が加入、千賀滉大投手らプロ野球選手も多い。個別指導のほか、高校・大学と複数契約。自身も今年自己最速を更新する152キロを記録。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)