身もふたもない言い方をすれば、実力どおりの妥当な敗戦。より勝つ確率が高いほうが勝った。そういう試合だ。 東京五輪準決勝…

 身もふたもない言い方をすれば、実力どおりの妥当な敗戦。より勝つ確率が高いほうが勝った。そういう試合だ。

 東京五輪準決勝、日本はスペインに0-1で敗れた。90分をスコアレスで終え、延長を含めた120分を戦った末の結果である。



準決勝のスペイン戦。日本は強豪相手に奮闘したが、最後は力尽きた

 試合展開は予想されたものだった。

「我慢強い戦いで、ある程度守備の時間が長くなることは予想していた」

 森保一監督がそう語ったように、立ち上がりからスペインがボールを支配し、日本ゴールに迫った。日本は攻撃に転じる機会を見出せず、自陣に閉じ込められる展開はしばらく続いた。

 だが、日本は序盤の劣勢をやり過ごすと、20分を過ぎたあたりから、徐々に攻撃の形を作り始めた。30分以降は、逆に日本がボールを支配する時間が長くなり、その流れは後半立ち上がりも続いた。

 56分、DF吉田麻也のスライディングタックルがファールの判定を受け、一度はスペインに与えられたPKがVARによって取り消されたことも、日本ペースをうかがわせた。

 だが、試合が終わった今になって振り返ってみれば、この30分ほどの時間が、日本にとっては勝負だった。ここで1本決めなければいけなかった。

 その後の日本は、単発の攻撃こそ繰り出すものの、主導権を握る時間は作れずじまい。時間の経過とともに、打つ手を失っていった。

 対照的に、交代投入のMFカルロス・ソレール、FWマルコ・アセンシオらが、日本への圧力をじわじわと強めていくスペイン。こうなってしまうと、PK戦まで持ち込む以外に、日本の勝機はなかったのかもしれない。

 延長後半の115分、そのアセンシオに美しいゴールを決められ、勝負は決した。

「全部が後手だった。スキを突かれた」

 失点シーンをそう振り返ったのは、DF中山雄太である。

 アセンシオに加え、FWミケル・オヤルサバルともマッチアップを繰り返し、必死の守備を見せていた左サイドバックは、「その(失点の)前から、スローインからほころびが出そうなシーンがあった。失点に関してもそうだが、その前にもう少し気を引き締められるものがあったら......」と悔やむ。

 だが、A代表にも名を連ね、レアル・マドリードで活躍するほどのタレントが、試合終盤に満を持して登場するのだから、手駒の差は質量ともに大きかった。スペインが地力で勝った結果だと認めるしかない。

「できることはやった。でも、勝てないものは勝てないんで。もう負けを認めるしかない」

 スペインの実力を誰よりもよく知る、MF久保建英はそう話し、うつむいたまま口を開く。

「相手のほうがチャンスはあったが、自分たちの時間帯でシュートを打って、それを決め切れず、逆に向こうに一瞬のスキを突かれて決められた。それが試合の総括じゃないかなと思う」

 公式記録によれば、シュート数はスペインの18本に対し、日本は9本。枠内シュートに至っては、スペインの6本に対して、日本はわずか1本だった。

 久保が続ける。

「できることをやって、守備もやって『あわよくば1点』という戦いを自分たちは選択した。その『あわよくば1点』が、すごく遠かったかなと思う」

「あわよくば1点」。久保が口にしたその言葉は、日本の戦い方――どうしたらスペインに勝てるのか、を端的に示している。

 あわよくばの1点を取り、それを勝利につなげるためには、大前提として相手をロースコアに、できることなら無失点に抑える必要がある。

 そのための手段として考えられるのは、自分たちの時間を作るか、相手の時間を作らせないか、のふた通り。ふたつは同じことのようで、アプローチが異なる。

 例えば、2012年ロンドン五輪。日本はグループリーグ初戦でスペインに1-0で勝利したが、この時の手段は後者である。日本は高い位置からのプレスでスペインの攻撃から自由を奪い、相手の時間を作らせなかった。

 そして、あわよくばの1点がCKから決まったのは前半なかば。立ち上がりはスペインに主導権を握られたが、徐々にプレスがハマり、流れが変わり始めた時間帯で生まれた得点だった。

 決して日本にチャンスが多かったわけではない。だが、リズムを失ったスペインはその後、退場者を出すなど、次第に日本の術中にハマっていった結果である。

 対して、自分たちの時間をより長く作ろうと試みたのが、今回のスペイン戦だった。

 森保監督は試合前日、「大切なのは我慢強く粘り強く、相手がやりたいことを食い止めながら、攻撃につなげること」だとしながらも、こんなことを話している。

「ボールを握る時間を長くして、より高い確率で相手ゴールに迫って結果を出すことに、これまでもトライしてきた」

 スペインにボールを保持され、守備に回る時間が長くなることは覚悟のうえで、いかに自分たちの時間を少しでも長く作り出すか。そうしたアプローチを選択した。

 なぜなら、それが「あわよくば1点」の発生確率を少しでも高める方法だと考えたからだ。実際、スペインを完全に押し込む時間も少なからず作ることができていた。

「プランとして、奪ったボールを(クリアで逃げずに)前につけて、逆サイドからカウンターを狙っていた。それを、みんなが怖がらずにやれたのが一番よかった」

 キャプテンの吉田はそう語り、「そこでのクオリティを出さないといけないし、いい形が出ただけじゃなくて、そこで仕留めたかった」と悔しがりながらも、「狙いとしては悪くなかったなと思う」と振り返った。

「あわよくば1点」。日本とスペインの力関係を考えると、それが日本の戦い方にならざるを得ないことは、9年前も今も基本的には変わっていない。

 だが、勝ったロンドンと、敗れた東京。どちらが「あわよくば1点」の確率は高かったのか。

 最後は力尽きたが、悪くない負け方だった。